346:【TRI-PLETTE】「その男」が行動で告げたのは、あまりに無情な現実で
前回までの「DYRA」----------
マイヨは倒れた。DYRAは倒れたRAAZを助けるべく、すべてなげうち、力尽きる。このタイミングでどこからともなく、二人の男女が現れた。DYRAとそっくりの女性に「影」がないことにタヌは困惑する。女性は周囲など目にも入っていないのか、RAAZに愛と感謝を伝えると、光りの粒子の霧となり、倒れたDYRAをそっと包み込んだ。そして、もう一人──
「──ドクターの遺言は、聞いての通りだ」
そう告げたのは、もう一人の、その場から動かなかった方の男だった。
「ホログラフィックで、AIがテキトーに……」
ハーランが呟いた。
「──違う。あれは、超伝送量子ネットワークシステムが起動する際、特定条件で作動、再生されるメッセージだ」
タヌは『遺言』、『メッセージ』という単語で、今さっきまで起こっていたのが実は置き手紙の遺書が読まれただけだったのかと驚いた。同時に、『文明の遺産』が技術であることを思い出す。
男の言葉に水を打ったようにその場が静かになった。
もう一度、今度は先ほどより大きな音で、柱時計が時間を知らせるような、ボーンという低い音が鳴り響いた。そして、巨大な柱らしきもの全体がキラキラと輝き出す。空間全体が夜から昼になったように明るくなり、タヌにも全景がハッキリと見える。
「あれっ!?」
DYRAそっくりの女性に続き、マイヨとそっくりな人物もない。タヌはキョロキョロとあたりを見回す。やはりいない。あれは一体何だったのか。しかし、それを考えることはできなかった。身体の右半分に一瞬、突風のようなものが伝わってきたからだ。
次の瞬間、鈍い音が響く。誰かを殴るか蹴るかした音だ。それも自分のすぐそばで。タヌは反射的に音がした方に目をやった。そのとき、アントネッラやルカレッリも同じ方を見ていることに気づいた。二人が見ているのは──タヌ自身の方だ。
タヌは、今、何が起こっているのか皆目理解できなかった。
「えっ……」
ほんの少し前までRAAZを追い詰めていたはずのハーランが何故か自分の前に立って、相手が持っている刃物だか棒を左肘下につけた板のようなもので受けている他。上京が呑めないタヌは口をぽかんと開けて、立ち尽くす。
「タヌ君。下がって!」
ハーランが言った。タヌはその声で我に返ると、一歩だけ下がり、ハーランのさらに向こう側にいる人物を彼の肩越しに見た。
見知った人物──マイヨ──のはずだった。けれども、雰囲気が全然違った。タヌは反射的にアントネッラたちがいる方を見た。マイヨは彼女の傍らに倒れたままだ。
ハーランの肩越しに見える人物はというと、長い髪をお団子ヘアーにして一つにまとめている。三つ編みもない。格好も黒一色でまとめられたそれと違い、黒と銀のツートーン。頭部にもヘアーバンドとは思えぬ見た目の、耳元まで覆うリングバンドや片目だけの眼鏡がついている。手には細身の黒光りする棒。を持っており、刃のように光っている。ここで、黄金色の粒子が部屋全体に均一に、霧のように広がっていることにも気づいた。全景を見回すと、それまでになかったものも視界に入る。部屋の外周に何か所か、噴水のように大量の黄金色の粒子が噴き上がる箇所ができているではないか。
「だ……誰……」
タヌは動揺を露わにしつつも、ハーランと対峙する位置にいる人物をもう一度よく見る。瞳の色が薄い色素の金色だ。マイヨのような金銀で左右の色が違うこともない。
「汚いニムローテが、まだ邪魔をするのか?」
男の口から直接、ハッキリと聞こえた言葉、いや、口調にタヌはビクリとした。自分がよく知るマイヨとは思えぬ冷たさと、口調の端々から伝わる凄まじい憎しみにも似た感情に、今にも心臓に鳥肌が立ちそうだ。
ここで、男はハーランと間合いを取り直す。
「俺もRAAZも、アンタがロクでもないことを仕掛けて超伝送量子ネットワークシステムを乗っ取ろうとしていることくらい、わかりきっていた。だから起動する前の段階でセキュリティキーを充てさせた。要は、最悪の結果になった場合でもアンタだけは絶対勝たせないってな!」
「……! マイヨ・アレーシ……!」
「悔しいよなぁ? ああ?」
ハーランは確かに、あの人物を『マイヨ』と呼んだ。でも、彼は倒れている。一体どういうことなのか。タヌは目の前に現れた方の人物が実は生体端末なのではないかと疑った。少なくとも自分が知るマイヨはこんな荒っぽくないし、もっと学者のような雰囲気だ。
タヌは倒れているマイヨを見てから、次にRAAZへ目をやった。片膝を落とし、意識のないDYRAを抱き留めたまま、件の人物をじっと見ている。だが、その表情はどこか余裕があるというか、口角を僅かに上げている。今度は自分の父親がいる方を見る。立ったまま、動いていない。さらに奥にも目をやる。クリストも同じように、立っているだけだ。タヌは結局、今、何が起こっているのかさっぱりわからずじまいだった。
「悔しいって、言ってみろよ?」
マイヨと同じ姿の男がハーランへそう言うと、勝ち誇ったような表情で彼を見て、告げる。
「アンタが底なしのバカで、本当によかった」
「何?」
「なら、一つずつ教えてやる。この間の借りも返したいしな」
そう言った瞬間、片目だけの眼鏡がキラキラと光り、レンズの色が変わったように見えた。
「──!」
突然、奥の方からこの世のものとは思えぬ、悲鳴と呼ぶにも悍ましい声が響いてきた。子どもの声だ。
「クリスト!?」
タヌは反射的に声を上げた。
「役立たずどころか、害にしかならないパーツは用なしだ。システム安定のためにも、壊れたものの処分は当然だろ?」
言い終えたのとほぼ同時に、悲鳴は聞こえなくなった。
「……えっ」
具体的にはわからないが、クリストの身に恐ろしいことが起こった、これだけはわかる。タヌは怯え、震えた。
「次」
そう言った事務的な口調はやっぱりマイヨだ。
「──ぐっ……!」
タヌはその声を聞いて誰が苦しんでいるのかすぐにわかった。
「……父さん!?」
「タヌ君!」
反射的にハーランが自身の腕を後ろに回し、タヌが飛び出したりしないように牽制する。
「お父さんは大丈夫だ!」
この人は一体何を言っているのだ。タヌはハーランを振り切って飛び出そうとするが、抑える力があまりにも強く、動けない。
「──!」
それがハッキリ見えたとき、タヌは声にならない声をあげた。
父親が文字通り、砂のように、消えて行く──。
「え……」
この現象が意味することをタヌは知っている。そうだ。マイヨと同じ姿をした生体端末がこうやって消滅していった。
「どうして……」
タヌは、自分の中で何かがごそっと削られた音を聞いた。
「あ……」
そうだ。
メレトでDYRAから聞いた言葉を、モラタで一瞬ではあったものの、父親が二人いたことを思い出す。ハーランが言った「お父さんは大丈夫」はそれでいけば正しい。だけど、それはそれで違う問題が出てくる──。
今起こっていることとDYRAから言われたことを頭の中で突き合わせ、これまで考えが及ばなかった部分に思い至る。
(ボク、そもそも生まれたときから本当の父さんを知らなかったのに、父さんをさがしていたって……)
一体、自分はこれまで何をやってきたのだろうか。
自分の父親捜しとはそもそも何だったのだろうか。
目の前が真っ暗になるとはこのことかも知れない。タヌは全身から力が抜け落ち、膝から崩れた。
そのときだった。
「丁度いい。二人まとめて、ニムローテは死ね。そうすれば、あと一人」
マイヨとそっくりの男が呟いたときだった。
「タヌ君!」
「止めてよっ!」
アントネッラだった。ハーランより早くタヌを助け起こすと、彼から引き離し、倒れているマイヨの傍らで守るように庇う。
「あなたも! もう止めてっ! マイヨと同じ姿なのに、どうしてそんなに……!」
「お嬢さん。退いてくれないかな」
その冷たい口調と共に男が右手を軽く胸の高さに上げ、手首をひねるような仕草をした。すると、近くにいたルカレッリが何の前フリもなく吹っ飛ばされた。そのまま数メートル向こうへ飛ばされると、背中から床に倒れた。
「お兄様っ!?」
アントネッラに構わず、男は続ける。
「アンタに渡すものがある。けど、暴れられても困るからな」
男が次にハーランへそう告げると、今度は胸の高さに上げていた右手を、手のひらを下に向けて、軽く押し潰すような仕草をする。
「ぐっ!」
ハーランが顔色を変えた。みるみるうちに表情は苦しげなものに変わっていくと、そのまま膝を落とし、四つん這いのような体勢で倒れた。
「ちょ……超伝送……量子ネットワーク……!」
「起動したら勝ちとか思っていたアンタに、馬鹿さ加減のほどをその身に教えてやるよ。俺からのアンタに渡すものは、その後だ。色々、タネ明かしもしないといけない頃だしな」
聞こえてくる声が会話として耳に入ってくる。タヌは、動揺が少しずつではあるが、収まりつつあった。
「ったく、俺のエイリアスボディを『ネズミの親玉』だの、好き勝手言ってくれたじゃないか? え? 貴重な俺の身体から作った、プライマリーボディのエイリアスなんだがね」
「プライマリー……エイリアスだと?」
RAAZだった。DYRAを抱きしめたままだが、顔を上げ、こちらを見ている。
「中佐。あ、今はRAAZか。……手はず通りにやってくれて大感謝だ。時間もそれなりに稼げた。やってなかったら、コイツが仕掛けたウィルスプログラムに入られて、システムが『陛下』に乗っ取られるか、メチャクチャにされるかで散々な目に遭うところだった」
自分に敵意を向けている者が動けないと判断したのか、男がRAAZの方を見る。ハーランは彼をマイヨと言ったが、どういうことなのか。タヌはじっと見つめる。
「セキュリティキー、二本目はどうやって入れた?」
RAAZが問うた。
「ああ、そこにいる犬だよ。エイリアスの俺が、動かなくなったときはその子犬がセットするようやっつけで練習させていた。保険は打っとくもんだよ」
その言葉を聞いたアントネッラが周囲を見回した。タヌのそばにいた子犬が彼女に近寄ると、彼女は膝を落としてから子犬を抱きしめた。
ハーランは重力に抗うようにゆっくりと首を動かし、アントネッラと子犬へ蛇蝎でも見るような視線を向けた。子犬の歯に耳飾りが挟まっていた。
「それ……は!」
「アンタ、ドクターの部屋からこれをパクッたまでは良かったが、これが何か、知らなかったってことか」
「ぐっ……」
「そうだよなぁ。知っていたら絶対に自分で持っているはずだからなぁ。アンタは自分が送り込んだエスから、こいつのことだけは情報を取れなかったってワケだ」
ここで、男が少しではあるが、冷笑をこぼした。
「何の、話……?」
絞り出すような声でアントネッラが問う。タヌもこくこくっと頷いた。
「ま、部外者もいるみたいだけど、関係者は揃っているし、話すか」
質問に答える気はないとばかりに、男はRAAZがいる方へと移動した。タヌはその後ろ姿を見ながら、彼が歩く周囲の床に、光の線が何本も彼を追い掛け、幾何学的に、だが彼を常に囲むように引かれていることに気づいた。
「エイリアスからは必要最小限しか情報同期ができていないか、まぁ、それはそれだ。足りない分はアンタや彼女から少し確認させてもらうさ」
男がそう言って、RAAZの肩に手を置く。その手の周囲から黄金色の粒子が広がっていき、DYRAとRAAZを包んでいった。
「ドクターにそっくりの子に、ドクターの心臓を入れたのか、アンタ」
「悪いか?」
「ドクターの遺言がすべてだ。彼女が許したんだから、問題ないさ」
男はそう言って、手を離した。
346:【TRI-PLETTE】「その男」が行動で告げたのは、あまりに無情な現実で2026/03/02 23:08
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4月下旬みたいな暖かさから雪とかもうハチャメチャでビックリですが、いかがお過ごしでしょうか。
改めまして、ここまで読んで下さってありがとうございます。
また、今回初めて読んだよ、という皆様も、せっかくのご縁です。是非ブックマークなどで応援よろしくお願いします。
その存在が逆転の一打。「彼」がついに来ました。そして、皆が見ていた「彼」の正体を語りました。
物語のすべては次回、明かされる……
唯一無二のゴシックSF小説、残り僅か。
Web版はあとn回。一層の応援をどうぞよろしくお願いいたします!
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Webで連載中のゴシックSF小説「DYRA」は文庫本で頒布(校正校閲しています。プラス! Web未収録シーンがあります!)。
今回の新刊は何と、最終巻です!! しかも、Web版とはまったく違うというビッグサプライズ。
こちらは、物語の核心に迫る前日譚にして、反響大きい「DYRA SOLO」(Web公開ナシ)と一緒に読むと面白さ一万倍です。
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