88) 経営は大変そうなのね。
眠い、非常に眠い。
普段よりかなり早く起きたので、身体がその時間を取り戻そうとしているようだ。
「この状況で、うたた寝できるんですか……」
「ナナシノだもん。」
「なるほど、ナナシノさんですよねぇ。」
何やら失礼な会話の中、オイラはウトウトと微睡んでいる。
今、駅馬車の荷台でガタゴトと揺られている。もちろん、魔法と敷いてあるクッション兼背負い袋で体に掛かる負担は最小限になっている。
この状況で揺れを軽減していなかったら、流石に寝ることは出来ないと思う。
駅馬車はアールスが統治する予定という、前領主代行の土地へ向かっているところだ。
だいたい約2時間の場所らしい。同乗者はオイラ達以外にも数人居る。
“統治する”という話は、前領主代行の抜けた穴に嵌まる地位やらシガラミ等を考えるとアールスが適当……もとい適任だったらしい。
そういえば、どこかの継承権が何とか言ってたな。その辺の話が判断材料だったのかも知れない。
「ああ、もう……」
オイラは何度目かのアラートで目を覚ます。仮面レーダーに魔物の反応が表示されている。
新しく貰った仮面レーダーは、検知した魔力パターンを解析して魔物の種類まで特定する。超便利機能だ……
立ち上がり、袖から小石を取り出して投げる。そして椅子に座る。
投げた小石は宙に描かれた3枚の魔方陣を通過、斥力による加速、重力無効化、質量増大の3点セットだ。
ふぉん、ガサッ。ばすん。
再び横になる前に魔物の反応が霧散するのを確認する事は怠らない。
「これって、アレよね?絶対何か倒してるよね?」
「まぁ、ナナシノさんですから。単純に遊んでるだけかも知れませんよ?」
そういえば、この駅馬車は幌が無い。雨が降ると道が泥で運行できなくなるので元々付いてないとの事。
小雨ならそのまま運行、土砂降りなら近場の村で停車し酷ければ運休という、南の島の大王並みの仕事振りだ。
なので、荷台の上から“投石”という芸当が可能だったりする。幌付きなら毎回面倒だけど外に出る必要があったね。
陽射し除けは備え付けの変な臭いのするシートか持ち込んだ道具で対応するようだ。オイラの場合はローブなので問題無し。
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「今日は全く魔物と遭遇せず、ツイてましたね!」
「あぁ、路銀分の働きが出来なくて残念でしたよ。」
現地に到着し、御者に声を掛けられた。まぁ、気にしていないので適当な挨拶を返しておく。
冒険者ランクC以上は基本的に駅馬車等の護衛として就く場合に限って運賃が発生しない。
なので“ツイていた”と言われたのも、道中で全く魔物に襲われなかったのでタダで乗れたと思われたからだろう。
また、遭遇した魔物と戦って華麗に勝つことは冒険者にとっても良い喧伝となるらしい。オイラ的には名声を稼ぐと不味いので、穏便に対処したけどね。
そういえば、夜の演習場で魔術師がバンバン魔法を無駄撃ちするのも、自己アピールの一環だったよな。
「えっと、こっちですねぇ。」
アールスが地図を片手に道案内を始める。
任された地域は3つの村と1つの街で構成されており、今は街にある地主邸宅へと向かっている。
まだ、日は頭上に来ていない。昼食にはまだ早いようだ。
「まーた、凄いモノが建ってるねぇ。」
「うわぁ、真っ白~」
到着時の素直な感想だ。領主邸と殆ど変らない大きさだ。正面の両脇に警備員詰所を携えた大きな鉄柵門、奥へ続く幅10メートルの舗装された道と街路樹。
最奥には真っ白な壁が眩しい洋館が見える。この街と不釣り合いな違和感しかない建物だ。
ちなみに、街は赤い煉瓦や木造の平屋が多く、大きな店やギルドなどの拠点くらいが2階建てだ。
「ようこそ、いらっしゃいませ。」「長時間の移動、お疲れ様でした!」
門番に認識票を渡し、身分を証明すると手厚く迎えられた。
敷地内に入り、舗装された道を歩く。既視感がある……エドマーとか言う小太りオッサンに会いに行った時だな。
この建物も元持ち主は小太りオッサンなので、似たような作りになってるんだろうね。
「ねぇ、ナナシノ……何か、ほら前にもこんな感じで歩いたよね?」
「そだね。また悪魔に憑りつかれる地主が居たりして。」
「ナナシノさん、それは笑えない話ですよ……」
どがん!
玄関に着き、アールスが扉を開けようとした瞬間、勝手に勢いよく扉が開いた。自動扉か?
「お?おおお?」
「あっ!若!?」
扉で横殴りに飛ばされたアールスをシュウが抱え起こす。
小脇に分厚い表紙の本を抱えて扉を開けたままの状態で、まだノブに手を掛けたままの女性が硬直している。
「え?えっ!?あ!すみません!大丈夫ですかっ!?」
「あぁ、オイラには問題は全く以て無い。」
しかし、声を掛けるべき相手は扉の向こう側で彼女の死角に居る。オイラは視線誘導を行うべく、ゆっくりとアールスの方へ顔を向ける。
「あっ!すみません!大変失礼致しました!大丈夫ですか!?」
「えぇ、大丈夫です。急な出来事で驚いただけです。」
アールスに気付いた女性は慌てて駆け寄った。
額の左側に見て分かるレベルのタンコブを作っているアールスがゆっくりと起き上がる。
「初めまして、後任に就きましたアールス・アッシュ・アーキス・アクアマリナと申します。以降、アールスと呼んでください。」
「は、初めまして。私も先日就任したばかりの執事長のノタニと申します。アールス様、直ぐに治療を行いますので、失礼します。」
ノタニと名乗った女性はアールスのタンコブに手を当てて治療の魔法を唱え、手を放すと額の左側は赤くなっているだけだった。
「あ、ありがとう。ところで、ここの責任者は居られますか?」
「えっと、資料にはアールス様が責任者となっておられますよ?」
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「あぁ、駄目な感じがします……」
只今、絶賛昼食中だ。
「贅沢過ぎる、何もかも……」
そして、豪華な夕食もご期待下さいってか?
昼だというのにコッテリした重い食事を勧められ、食後の運動とばかりに邸宅の中を案内された。
内装というと、フカフカの絨毯に艶やかな装飾、高い天井に連なる客室。維持費が洒落にならない気がする。
今は、無駄に広い会議室のテーブルの端の方にアールス一行と執事長のノタニさんを含めた6人が寄り添うように座っている。
「ナナシノさん、どう思いますか?」
「いや待て、オイラが処理できる質問じゃないでしょ?」
帳簿を見て、どうしようもない虚脱感に見舞われたアールスがオイラに助けを求めてきた。
「若……この建物の運営費だけで、殆どの税金が使われています。」
「うわー、うわー!ナナシノ!うわー!!」
「ミューさんや、よそ様のお財布事情に首を突っ込んではいけませんよ?」
書かれている金額に、ミューが少し壊れたようだ。




