世界が滅亡してくれと、私は真剣に期待していた。
「どう思われました?」
「うーん、また風俗に行けるぞ、ってぐらいですかね」
風俗通いが、滝村さんの唯一の趣味と言って良かった。
「石部さんは行ったことないんでしたっけ、風俗」
「ええ」
「奥さんがいますからねえ。羨ましいなあ」
「若い頃に行っておけば良かったな、なんて思いますよ。あいつと出会う前、月給取りだった頃に」
私は遠い記憶を思い出していた。
「石部さんには、奥さんがいらっしゃって、スーツを着てサラリーマンをやっておられた経験がお有りになる。どちらも私にはないものです。風俗なんか経験しなくてもいいですよ」
と、滝村さんは自嘲的だかなんだか分からない調子だった。
「いえ、ブラック企業ですよ。就職氷河期でね。せっかく就職できたと思っても、こんなところで働くくらいなら、できない方が良かったかな、と今になって思います。あのとき身を粉にして働いた経験は、その後なんの役にも立っていません。でも、当時はそんなこと考えませんでした。こんなところでも、職があるだけマシだ、なんて本気で思っていたんですから。まったく、社会に洗脳されていました」
私は喋り過ぎたかな、なんて思いもしたが、もうどうでもいいや、という感じがしたので、続けることにした。
「私は、期待してたんですよ」
「何を?」
と、少し間を置いてから返事があった。
「今でも鮮明に覚えています。1999年の7月31日のことでした。処理しても処理しても終わらない書類の山に囲まれて、13階の会社の窓から東京の夜空を眺めていました。時計の針はもうじき深夜を回るところでした。どうすんだ、もう7月が終わっちゃうぞ、と。世界が滅亡しないまま、8月になっちゃうぞ、と。ノストラダムスの予言が、当時の私の唯一の希望だったんです」
「それはそれは」
「この世界が滅亡してくれと、私は真剣に期待していたんです」




