それは彼が社会からドロップアウトしているからだ。
「やあ、石部さん」
食堂で焼きそばを食べていると、声をかけられた。
同時に、ドンとテーブルにビール瓶が置かれる。
「滝村さん」
と、私は応じ、顔を上げて声の主を見た。
彼はそのまま向かい合わせに私のテーブルに座った。
「今日は、あれ?」
「少しですけどねえ」
と、滝村さんは、毛むくじゃらの顔をくしゃっとさせて笑顔を作った。
滝村さんとは、ここの競艇場で知り合った人だった。
彼は私より一回りほど年上なだけだが、一度もまともな会社に就職したことはなく、今は親が残した遺産で生活をしていた。
独身で近くに身寄りもなく、彼もまた、私と同じような理由で、こんな場所にいた。
いつも少額の賭けをし、勝ったときには、ビールを一杯奢ってくれるのであった。
「ま、一杯」
「ありがとうございます」
トクトクとコップ一杯のビールが注がれ、私は精一杯、恐縮しているようにみせようとした。
どこかでこうなったらいいな、と思いながら、ここに来たのであった。
自分の浅ましさは重々承知しつつ、それを3口ほどで飲み干す。
「勝ったんですか」
「ええ、今日は大穴」
「へえ、そりゃすごい」
我々はひとしきり世間話のようなものをした。
人付き合いのあまり良くない私だが、滝村さんに対しては、心を開くことができた。
それはおそらく彼が、この社会からドロップアウトしたところにいる人であるからであった。
「石部さんは、今日もあそこ?」
「ええ、午前中に行ってきたところです」
「守備はどうでした?」
「相変わらずです」
私は苦笑いをするふりをして、滝村さんが注いでくれた、新しいビールに口をつけた。
私も彼も、飲むのはもっぱらビールであった。
「ちょっと考えてみたんですよ」と滝村さんは話題を変えた。「私は一生のうちにどれだけのビールを飲んだことになるのだろうってね」
「はあ」
「石部さんは、牛は食べますか?」
「ええ、もちろん。でも鶏や豚の方が多いですね。高いもんですから」
「どうでしょう?今まで食べた牛肉を換算すると、牛何頭ぐらいになると思われますか?」
変わった問いだな、と思った。




