聖痕という名の呪い (エーファニア視点)
今回より三話連続で、聖女エーファニア視点の話となります。
「おお、これは……」
「聖痕だっ、神に選ばれた証であるぞ!」
五歳の誕生日に受けた洗礼の儀、アタシに神に選ばれた証である聖痕が宿った。
アタシの身体を包み込む光に司祭様達が色めき立ち、後ろの席で見守ってくれていた筈の両親は抱き合いながら驚愕に顔を歪めている。
何が起きたのか分からず呆然としているアタシの額に輝く聖痕、アレが宿った瞬間からアタシ、エーファニアの運命は大きく変わってしまった。
「ミレイユ・アーグランドは神に愛されし者、神殿に入り人々の為にその力を使うべきだ……そんな神託降りてませんよ」
「そ、そんな筈があるまいっ! あ、あれ程の神聖な光を洗礼の儀で受けた少女だ。彼女は神と精霊に愛されている存在だ。ならば神殿に入るのが筋であろう」
「その主張が無理筋でしょうが、あの子には聖痕は現れなかった。私には皆様が望むような神託は降りてない。これが現実ですよ」
大聖堂の一室で開かれていた会議、大司教を筆頭とした爺どもはまだミレイユ大公女を神殿に引き入れる事を諦めきれないようだ。
それもそうか、アタシや他の光魔法の使い手達の癒しは病に対しては効果が薄いが、彼女の癒しの力は重い病すら癒してしまうらしい。
金と権力の亡者であるコイツらなら囲い込んで、自分達の利益の為に利用し尽くそうとするだろう。今のアタシのようにね。
「し、神託がお降りていなくても、聖女であるお前がそう宣言すればいいではないか!」
「私に偽の神託をしろと? そんな事して神様の怒りを買ったら、私の聖痕は剥奪されちゃうかもしれませんね」
事もあろうに偽の神託を告げろとのたまった、大司教のクソ爺を睨みつけてアタシは溜息を漏らす。
過去にも有った事だ。神殿勢力拡大の為に、受けてもいない神託を発しようとした高位聖職者が儀式の場で民衆の前で雷に打たれ、一命を取り留めたものの手に宿っていた筈の聖痕が消滅したという事例が。
「当代聖女の私から聖痕が消えるなんて、皆様にしちゃ笑えない状況になりますよ? 私は聖女を辞めれるなら有難いですけどね」
「ぐっ……減らず口ばかり叩きおって……!」
「ならやってみますか? 聖女を失うかもしれない大博打になりますが」
アタシが聖女の資格を失ったなんて知れ渡れば、神殿の求心力は一気に低下するだろう。
それでミレイユ大公女も手に入れる事も出来ないとなれば、リスクが大きすぎる。案の定クソ爺はそれ以上何も言わず、それ以外の方法を爺達は議論し始めた。
ああ、本当にくだらない連中だ。どこまで欲深いんだかとアタシはまた溜息を漏らした。
洗礼の儀で聖痕が発現したアタシはすぐに詳細な鑑定が進められ、希少な光魔法の才能がある事が分かった。
地方のそんなに歴史も無い子爵家の末娘のアタシに、そんな才能があるなんて理解できなかった。
聖女候補になる人材だと司祭様に告げられた時の両親は、見た事も無い程喜び二人で抱き合いながら騒ぎ立て、それが怖くてアタシは世話をしてくれた女性神官さんに思わずしがみつく。
儀式や鑑定が終わってからもアタシは解放されず、そのまま神殿に滞在する事になってしまった。
「やだっ、帰りたいっ! お、お父さん、お母さんっ!」
「我儘を言うんじゃないエーファニア」
「お父さんの言う通りよ。中央神殿から司教様が来られるまで良い子にしてなさい」
五歳の誕生日を祝ってくれるんじゃなかったの? こんな所に一人で居たくないと泣きじゃくりながらアタシは訴えたけど、両親は聞く耳を持ってくれなかった。
アタシの頭を撫でて、ここで言いつけを守って待つのだぞと告げて二人は足早に帰ってしまった。
数日後には中央神殿から派遣されてきた司教がアタシを正式に聖女候補に認定し、その場に居た両親には多額の謝礼が神殿側から提供された。
目も眩むような金貨や高価な宝石の山を前に狂喜乱舞する両親。そこでアタシは自分は売られてしまったのだと理解する。
値段を付けられ、たった一人で知らない土地で生きていかなければならない。アタシの人生は、あの光と現れた聖痕にすべて狂わされてしまったらしい。
両親から引き離された私は帝都の中央神殿へと連れていかれ、教皇聖下によって次代の聖女候補として認定を受け修行を積む事になった。
神殿の中での暮らしぶりは田舎貴族で金もなかったアタシからしたら、最早別世界の物だった。用意された部屋は子爵家の屋敷の応接室よりも広く、ベッドはアタシが家で寝ていた物より何倍もふかふかしていて、毎日神官やシスター達が何かしら世話を焼いてくれる。それは悪くなかったけど、神殿での修業は厳しかった。
朝は日の出と共に起き祈りを捧げ、聖書の朗読に光魔法の制御訓練、礼儀作法や教養、そして聖女としての心得。びっしりと詰め込まれた日程をこなす毎日。
失敗すれば叱られ、成功すれば次の課題が与えられる。休む間もなく、ただひたすらに「聖女」という器にアタシを嵌め込もうとしているようだった。
「エーファニア様、お疲れのようですね」
唯一の救いは、世話係として付いてくれたシスター・マリエッタの存在だった。彼女はアタシより十歳ほど年上で、田舎の修道院から派遣されたばかりで、他の神官達のように権力に媚びない、穏やかな人だった。
「疲れた……マリエッタ、アタシ、外の空気が吸いたい」
「少しだけなら。庭園の端なら誰も見ていませんよ」
夜の庭園は、帝都の喧騒から隔離された静けさがあった。冷たい風が火照った頬に心地よい。
マリエッタが差し出してくれた温かいハーブティーを両手で包み込むと、少しだけ心が落ち着いた。
「マリエッタは、どうして神殿に?」
「私は孤児でしたから。修道院に拾われて、神に仕えるのが自然な流れでした。エーファニア様のように選ばれたわけではありません」
「選ばれた、か。アタシは選ばれたんじゃない。勝手に決められただけ」
「……そうですね。でも、エーファニア様には力があります。人を癒す力が。その力は人々を救う尊いものです」
マリエッタの言葉は優しかったけど、アタシにはその「力」が重荷でしかなかった。
両親がアタシを置いて帰ったあの日から、アタシは自分の意志で何かを選んだことがない。すべてはあの聖痕が決めたことだ。
修行の日々の中でアタシは少しずつ「聖女」としての振る舞いを身につけていった。それは演技だった。
心の底では反発しながら、表面だけは従順な聖女候補を演じる。そうしなければ、生き残れないと悟ったからだ。




