土の精霊王との出会い
大公城に戻り養蜂技術の確認作業を終えたミレイユ。大公家はこれを皇室に伝えると共に、大公領や提携を予定しているベーレント子爵領で更なる実証試験を進める事にした。
城に戻ってから数日経ったある日、花の状態を確認しようと温室に赴いたミレイユだったが、そこで思いもよらぬような光景を目の当たりにする。
『わぁい、ここの花の蜜美味しいー♪』
『スキンクア草が本当に生えてるっ、この蜜精霊界のより美味しいかもっ』
『ううん、これ絶対美味しいよ!』
「な、なななな……なにこれ……?」
広い温室の中へと入ったミレイユは、目の前に広がる光景に呆然と声を漏らす。
温室のそこかしこに小さな精霊達がふわふわと飛んでおり、花の蜜を魔法で集めて舐め顔を綻ばせたり、お喋りをしているのだ。
精霊達はミレイユだけにしか見えず、温室内で仕事をしている庭師達や、ミレイユに着いてきたメイドのリンディには見えていないし何も聞こえない。
ミレイユと共に口をポカンと開けていた光の精霊ユーリィだったが、温室奥にあるスキンクア草の育てられている区画を見てビックリしたように跳ねる。
『え、ええぇ……な、なんであの方が……?』
呆然と声を漏らすユーリィの様子からただならぬ事だと感じ取ったミレイユは、リンディにここで待つよう告げるとユーリィと共に奥へ進む。
『ふむ、本当に外の世界でスキンクア草を育てるとはな……大した奴よのぅ』
『オ、オリアード様っ!? ど、どうしてここにっ!?』
『おお、ユーリィか。お主が持って行った種が育っているのか見に来させてもらったぞ』
スキンクア草の畑の前に立ち、立派に成長したそれを他の精霊達と共に見ている、ミレイユより少し年上と思われる少女。
灰褐色の長い髪に琥珀色の瞳を持つ彼女を前に驚き目を見開くユーリィ。彼女の纏う神秘的な光にはミレイユも見覚えがある。
「リ、リモーネ様と同じ、精霊王様……?」
『その通りじゃ、察しが良いのう娘よ。妾の名はオリアード、地を司る精霊王じゃ』
「ち、地の精霊王様……?」
よりにもよって凄い存在がまたも現れてしまったとうろたえるミレイユに、オリアードはうむと頷いてからミレイユの顔をマジマジと見つめ、リモーネの言う通り面白い娘よのうと笑う。
『そこなユーリィが持って行きよったスキンクア草の種がどうなっておるか気になってのう、見に来たわけじゃ。こやつらは妾の現出に便乗してきたのじゃ』
『そ、それでこんなに来てたんですかっ、よ、四日前帰ってきた時は誰もいなかったのにー……』
温室内を飛び回っている精霊達を見回して呆れたように声を漏らすユーリィ。精霊達が次々とユーリィの側へと集まってくる。
『ねぇねぇユーリィ、私クリームパンが食べたいわっ』
『この間リモーネ様がお食べになってたの、すごく美味しそうだった』
『前に貴方が持って帰ってきたクッキーが食べたいっ、あれにここの蜜をかけたら美味しい筈だよねっ』
『わわわっ、待って、待ってくださいですっ』
口々に食べ物をねだる精霊達に、ユーリィは待って待ってとパタパタと手を振って制するが、彼女達のおねだりコールは止まらない。
『ふむ、妾もクリームパンとジャムパンとやらが食べてみたいぞ。リモーネの奴め、妾達の前でこれ見よがしに食いよって、これは一仕事した対価で貰った物だからあげないと言いおったのじゃ!』
「お、落ち着いてくださいオリアード様、い、今準備させます」
リモーネめ、と地団太を踏みながら憤る精霊王を落ち着かせると、ミレイユは控えてくれているリンディに温室内を見回ったらお茶を飲むと伝え、厨房から茶菓子を持って来てもらうようにお願いした。
それからしばらくして、温室の奥に設けられた小さな休憩用のテーブルと椅子が置かれたスペースにミレイユとユーリィ、そしてオリアードとその取り巻きの小さな精霊達が集まっていた。
リンディはミレイユの指示で支度を終えると下がっており、今この場にいるのはミレイユの他には彼女ら精霊達だけだ。
「こちらがクリームパンと、こちらがジャムパンです。あと精霊の皆さんに人気があるクッキーです」
『なんと、これがクリームパンか。人の子の菓子は見目もかわいいのぅ』
オリアードはカスタードクリームがぽってりと挟まった菓子パンを両手で持ち、まずは匂いを嗅いでから一口かじる。途端に琥珀色の目が見開かれ、彼女の周囲の空気が淡く波打つように光った。
『う、美味いっ、こりゃあリモーネが自慢するわけじゃ。このとろりとした甘いのは蜂の蜜か? いやこれはまた別の甘さか……ともかく美味いっ』
「オリアード様、こちらのジャムパンは木苺のジャムが入ってます」
『うむ、こちらは酸味があってまた良い。うむうむ』
地の精霊王が機嫌よく頬張る姿にミレイユは胸をなでおろした。他の精霊達はクッキーやミレイユが切り分けたクリームパンの欠片をわいわいと分け合っている。
皆甘味が気に入ってくれたようで、その微笑ましい光景にミレイユは思わず笑みを浮かべるのだった。
オリアードは特にクリームパンが気に行ったらしく、三つもペロリと平らげ満足そうに顔を綻ばせる。
『ああ、食べた食べた、かように美味い物を食べたのは久しぶりじゃ、礼を言うぞミレイユとやら』
「お気に召したようで何よりです」
『うむ、外の世界では育つ事など有り得ぬ筈のスキンクア草を育てた事といい見事じゃ、何か褒美を与えねばな』
「ほ、褒美ですかっ?」
満足げに発された言葉に思わずオリアードに問い返すミレイユ。菓子パンくらいで褒美は貰いすぎではと思ったが、地の精霊王様はそうは思わなかったらしい。
ミレイユを真っ直ぐに見据えたオリアードは、何か願う事はないかと問いかける。そこである事を閃く、地を司る精霊王なら見つけてくれるかもしれない。
「オリアード様、寒い地域で育つ、白い根っこの部分が大きく肥大して甘い野菜を探してるんです。ご存じでしたら教えて欲しいのです」
『寒い地域で? ふーむ、あれの事かの……妾なら候補の種を用意してやれる』
ミレイユの言葉に小首を傾げるも、すぐに用意してやるわと手前の空間を歪ませ、その中に手を入れると幾つもの種がテーブルの上に置かれ、ミレイユはそれに向けて鑑定の虫眼鏡を向ける。
【テンサイの種 比較的に涼しい地域で生育する。 根に糖分を蓄える為、加工すれば砂糖が出来る】
「有ったっ、これで砂糖が作りやすくなります。ありがとうございます、オリアード様!」
『ほう、あの根っこから砂糖が作れるのか、妾達も知らなかったわ』
「はいっ、今までは東方大陸や南方地域からの輸入に頼っていましたけど、これの生育が成功すれば砂糖の自給が出来るようになります。ふふふ、これでもっと甘い物が作りやすくなりますっ」
『よいよい、妾も美味い物を食べさせてもらったからのう。そうじゃな、説明する為には現物も必要じゃろう。用意してやるわい』
テーブルの上に並べられた種の一つに、目当ての物を見つけたミレイユは思わずグッと拳を握り締める。それは前世の世界に存在したテンサイで、これを加工すれば砂糖が作れると虫眼鏡にも表示されている。
この世界ではまだテンサイによる製糖は行われておらず、東方大陸やこの帝国のある大陸の南部地域でサトウキビから作られる物の輸入に頼っているのだ。
これを普及させる事が出来れば砂糖がより安価に入手できるようになり、普及すれば皆甘い物を食べやすくなるとミレイユは考えたのだ。
美味い物を食べさせてもらった礼じゃ、そう言ったオリアードはしばらくすると白く大きなテンサイの根と多くの種を取り出した。
「わわっ、こ、これどうしたんですか?」
『なに、妾の眷属達に自生している地域から集めてこさせたのじゃ』
「あ、ありがとうございますっ、これで試作すればお義兄様達に説明しやすいです」
『んふふ、では報酬代わりにクリームパンをもう一つ貰うとしよう。んむ、美味いっ、これは癖になるのぅ!』
サンプルまで用意してくれるなんて至れり尽くせりだ。改めて礼を言うミレイユに鷹揚に頷くと、皿に置かれていた最後のクリームパンへと手を伸ばし、それを美味しそうに頬張る精霊王。
周囲の精霊達もいいなぁ、私も食べたいとまた騒ぎ出すのだった。




