希望
兵士たちが次々とクロウへ襲いかかる。
その動きを、リコリスは必死に観察していた。
……おかしい
装備は人間の兵士そのものだ。だが、踏み込みの癖、魔力の揺らぎ、視線の冷たさ……
胸が、嫌な音を立てて鳴った。
「装備は王国のもの。でも、あの人たち……魔王軍の魔族みたい……まさか……!」
リコリスは、振り返り、研究者の男を睨みつけた。
「あなた……魔王軍ですね?つまり“研究員”は偽物。本物はどこですか!」
男は、一瞬だけ驚いた顔を見せ……
次の瞬間、愉快そうに笑った。
「偽物?いえいえ。私は本物ですよ。」
口角を歪める。
「魔王軍と手を組んでいるだけです。人間であり、魔王軍の幹部。それが私の立場でしてね。」
リコリスの中で、何かが崩れ落ちた。
「……どうして……?」
震える声で問い詰める。
「魔王軍の過激派は、人間も亜人も滅ぼそうとしているのに……!」
「だから、ですよ。」
男は当然のように答えた。
「魔王軍が侵攻すれば、勇者が必要になる。勇者が旅をすれば、金が動く。戦争ほど、国を潤すものはない」
リコリスの息が、詰まった。
「……たくさんの人が……苦しんで、死んでいるんですよ……!」
「庶民がどうなろうと知りません。」
男は、冷酷に言い切る。
「苦しめば苦しむほど、人は英雄を求める。英雄を求めれば、我々は儲かる。……実に合理的でしょう?」
その言葉に……
リコリスの中で、最後の何かが切れた。
「……もう、いいです。」
彼女は、静かに言った。
「黙ってください。」
護身用に持っていたナイフ。それを握る手に、力がこもる。
「クロウさん。私も戦います。この人だけは、絶対に許せません!」
覚悟を決め、踏み出す。
だが――
彼女の一撃は、あっさりとかわされた。
「戦闘経験が足りませんね。周りの仲間に戦わせ、自分は直接手を汚した事がないのでしょう。罪深い女だ。」
男は余裕の表情で距離を取る。
「君は優秀で面白い。この戦いが終わったら、私の支配下に置くのも悪くない。」
その視線は、ぞっとするほど冷たかった。
「君のせいで、その獣は光を失った。」
リコリスの胸が、締め付けられる。
「……聞こえてるぞ」
その時、クロウが笑った。
「見えなくてもな。さっさと終わらせてやる。お前の声、不快だ」
いつもの軽口。
それだけで、リコリスの心は救われた。
……そうだ
自分は、独りじゃない。
「……私」
リコリスは、静かに言った。
「クロウさんと旅ができて、幸せでした。あなたを好きになれて、本当に良かった……」
「遺言ですか?」
男が嗤う。
だが、もう彼の言葉は届かない。
「クロウさん!」
リコリスは叫ぶ。
「これからも、ずっと一緒にいてください!私が、あなたの目になります!……いいえ、必ず――その目を治します!!」
その瞬間。
リコリスの身体から、光が溢れ出した。
薬でも、魔法でもない。
覚悟と愛が、魂を燃やした光。
その光が、クロウを包み込む。
獣の咆哮が、天を震わせる。
黒かった毛並みは、金色へ。
歪だった魔力は、澄み渡る霊力へ。
クロウは――
霊獣へと進化した。
神々しい姿で、大地に立つ。
そして――
彼は、ゆっくりと目を開いた。
そこには、再び光があった。
「……見える」
クロウは、リコリスを見る。
優しく、確かに。
「……ああ。ちゃんと、お前が見える。」
リコリスの目から、涙が溢れた。
これは、終わりではない。
――二人が、共に進む物語の、始まりだった。




