罪を正す戦い
翌日。
リコリスとクロウは、人間たちが築いた施設へと潜入した。
分厚い鉄扉の向こうに広がっていたのは、研究施設という言葉では到底誤魔化せない光景だった。冷たい石壁。天井から垂れる鎖。並ぶ鉄格子の中には、衰弱した亜人たちが押し込められている。
「……人外収容所だな。」
クロウの声は低く抑えられていたが、その奥には燃え盛る怒りがあった。
「……そうですね……」
リコリスはかすれた声で答える。
この光景は、あまりにも“知っている”ものだった。
かつて彼女は、似たような場所で働いていた。
研究という名の下で、差別と迫害に目を背けていた自分。その記憶が、胸を強く締め付ける。
「……俺たちの出会いも、ここみたいな場所だった。」
クロウの言葉に、リコリスの肩が小さく震える。
「レインに襲撃されて壊滅した施設。その生き残りが……お前だった。」
リコリスは、顔を上げることができなかった。
罪悪感と後悔が、言葉を奪う。
「悪い。俺、嫌なこと言ったな。だが、俺はお前に会えて良かったと心から思ってる。村が襲われる度にネロリを抱えて逃げる事しかできなかった弱い俺を、ここまで戦えるようにしてくれた。」
「……獣人化薬、のおかげですよね。」
「違う、お前がいてくれるからだ。本当にありがとう。」
その時だった。
「おやおや……?」
軽薄な声が、静寂を切り裂いた。
現れたのは、この施設の所長と思しき男だった。油断しきった笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいてくる。
「君は確か……研究員のリコリス君じゃないか。死んだと聞いていたが、ずいぶん元気そうだ。」
男の視線は、露骨にクロウへと向けられる。
「人外のペットを連れているとはね。しかも獣人とは実に貴重だ。……ほら、首輪だ。飼い主なら、ちゃんと躾けないと。」
男は嘲るように、鎖の付いた首輪を投げて寄越した。
その瞬間、リコリスの中で何かが切れた。
「――私の、大切な人を……」
彼女の声は震え、しかし次第に強さを帯びていく。
「私の大切な人を、そんな風に呼ばないでください!!」
施設に、彼女の叫びが響いた。
クロウは一瞬、驚いたように目を見開いた。
だがすぐに、静かにリコリスの肩に手を置く。
「リコリス。落ち着け。」
低く、しかし確かな声。
「いつもの事だろ。」
彼は彼女を優しく見つめる。
「お前が傍にいる、俺はそれでいいんだ。」
その言葉に、リコリスの胸の奥に灯がともる。
深く息を吸い、彼女はゆっくりと頷いた。
「……ありがとうございます、クロウさん。」
そして、男へと向き直る。
「あなたたちのやり方は、間違っています。」
その声は、もう揺れていなかった。
「亜人を道具のように扱い、命を選別する。そんな行為は、決して許されません!」
彼女の瞳に、迷いはない。
「私は、もう目を逸らしません。過去の自分の罪も、あなたたちの罪も……すべて、ここで終わらせます!」
男の笑みが、わずかに歪んだ。
「……ほう?随分と威勢がいい。だが、ここは君たちの正義が通じる場所じゃない。」
次の瞬間、警報が鳴り響く。
奥から、武装した兵士たちの足音が迫ってきた。
クロウは一歩前に出る。
「来たか」
彼の体から、禍々しくも美しい魔力が溢れ出す。
「リコリス。準備はいいな?」
彼女は、薬袋を握りしめ、強く頷いた。
「はい。――もう、逃げません!」
ふたりは並び立つ。
過去と決別し、未来を掴むために。
人間の狂気と、魔王軍の陰謀、そのすべてが交錯する場所で――
決戦の幕が、静かに、しかし確実に上がろうとしていた。




