会議
グレイスが去り部屋にひとり残されたリコリス。
身体は火照り、意識はまだ定まらない。壊れないように、崩れ落ちないように、リコリスは必死に心の中でクロウの名を呼び続けていた。
戻ってきたグレイスはまるで大切な人形を扱うかのように、彼女の髪を撫で、服を整えさせる。
「君のことは、ロゼと闇騎士くんから聞いている。安心して。私も一応“穏健派”なんだよ。」
その穏やかな声に、リコリスは言葉の意味を理解できず、ただ震える視線を向ける。
「さぁ、行こっか。」
慣れた手つきでリコリスをお姫様抱っこし、部屋を出ようとするグレイス。リコリスは恥ずかしさから足をバタつかせ、自分の足で歩き始めた。
豪華な扉の部屋に通される。
そこにいたのは、アゼリアと白髪の男性ロゼ。
そして、少し遅れて――レインと…
なんとクロウが入ってきた。
「……クロウ、さん……?」
声に出した瞬間、胸が締め付けられた。
目の前にいるクロウは、確かに彼の姿をしているのに、表情はひどく冷たく、感情を感じさせない。
目が――どこか定まっていない。
感情を押し殺している、というより、
押し殺す余裕すらないように見えた。
「……作戦会議、するんだろ」
声は低く、短い。
言葉の端が、わずかに掠れていた。
淡々としたその口調に、リコリスは言葉を失う。
ロゼが場を仕切るように口を開いた。
「魔王軍四天王の席が一つ空いていてね。今起きているのは、その座を巡る内紛だよ。その“報酬”がエルフ族の姫、ナナリー姫との結婚、というわけだね。」
リコリスは、背筋が凍るのを感じた。四天王の座を巡る争いが、エルフ族と、ナナリー姫の未来を左右する。
「僕とアゼリアはすでに四天王。だから穏健派から、もう一人出したい。」
ロゼの視線が、グレイスとレインに向けられる。
「姫様は可愛いし、私のコレクションに……」
グレイスが言いかけた瞬間、リコリスは思わず声を張り上げていた。
「だめです!!」
一斉に視線が集まる。
アゼリアが、くすりと笑った。
「ふふ、正直な子ね。」
異様なほど和やかな空気の中で会議は進む。敵であるはずの魔王軍幹部たちが、まるで旧知の仲のように言葉を交わすその光景に、リコリスは強い違和感を覚える。
笑い声すら混じる会話。
語られているのは、権力と婚姻と命の話なのに。
――ここにいるのは、敵のはずなのに。
リコリスだけが、場違いな寒気を覚えていた。
だが、クロウは壁に手をついたまま、動かず冷たい目線のままだった。
指先に、わずかな震えが走る。
それを隠すように、彼は視線を伏せた。
「魔王軍四天王か。それは…別に俺でもいいんだろ?」
「えぇ、もちろん。獣人とエルフの子供、きっと強い子になるわ。私も今度作ってみようかしら?また精液くれない?」
「……お前ら、ここで殺してやろうか?」
「冗談だ。俺には心に決めた女がいるんでな。」
クロウの言葉にアゼリアが同調し、それにレインが嫌悪感と殺意をしめしている。そしてクロウの『心に決めた女がいる』という言葉…
その言葉に、リコリスの胸が強く跳ねた。
――冷たいのに。
――距離があるのに。
それでも、その一言だけで十分だった。
やがて会議は終わり、クロウが部屋を出る。
反射的にリコリスは彼を追った。
ロゼから渡された転送装置が淡く光り、ふたりの姿は村へと移される。
やっと帰れる――はずなのに。
クロウの背中は、どこか遠い。
その理由を、リコリスはまだ知らない。




