救い
森の奥、歪んだ空間に魔法陣が浮かび上がる。
赤黒い光とともに、魔物が次々と姿を現した。
「……来るぞ!」
クロウは低く呟き、漆黒の剣を構える。
次の瞬間、彼は地を蹴った。
剣が唸り、闇が走る。
一閃。
二閃。
——本来なら、三体目が来るはずだった。
クロウは、一拍遅れて気配を捉える。
魔物の悲鳴が上がる間もなく、その身体は断ち切られていた。
「精霊さん!お願いします!!」
リコリスは詠唱を重ね、風と光の精霊を呼び起こす。治癒と加護の力がクロウを包み、剣の動きがさらに冴え渡る。
魔物は数を頼みに襲いかかるが、二人の連携は隙を与えない。やがて、最後の一体が崩れ落ち、森は再び静寂に包まれた。
「薬を使うまでもなかったな………いや…」
重々しい足音が、その静けさを踏み潰す。
闇の奥から、黒鎧の騎士が現れる。漆黒の剣を引きずるように持ち、ゆっくりとクロウへ向き直った。
「……闇騎士」
クロウは剣を構えるが、踏み込まない。
闇騎士が剣を振るう。
鋭く、重い一撃。
クロウは闇騎士の剣を受け流す。
——重い。
いや、何かが違う。
「クロウさん!?」
リコリスの声が震える。
「どうして……どうして反撃しないんですか!」
闇騎士が、口元だけで笑った。
「そうだ。あの女の言う通りだ。」
低く、嘲るような声。
「……あまり俺をなめるなよ?」
次の瞬間、闇騎士の視線がリコリスへ向いた。
「っ……!」
彼は一気に距離を詰める。
「リコリス!!」
クロウは迷わず飛び出した。
彼女の前に立ち、刃を受け止める。
鈍い音。
血が、地面に落ちた。
「……ぐっ」
苦悶の表情を浮かべながらも、クロウは剣を離さない。そして、ようやく口を開いた。
「……人間の醜さを、あれだけ味わっちまったらな…」
視線を闇騎士へ向ける。
「人間の敵になるのも、当然だよな。」
一瞬の沈黙。
「なぁ……レイン?」
その名が告げられた瞬間、空気が凍りついた。
「……え?」
リコリスの息が止まる。
闇騎士は、ゆっくりと兜を外した。
そこにあったのは――
かつて勇者として、平和のために戦い続けた青年の顔。
「……そんな……」
リコリスは言葉を失う。
「レイン……さん……?」
闇騎士――レインは、冷たい瞳で見下ろした。
「人間への復讐か、って?」
レインは鼻で笑う。
「俺もまぁわかる、人間なんて滅んだ方がいいよな。」
そう言ったクロウは複雑な表情を浮かべていた。
彼もまた、人間に裏切られ、傷つけられてきた。
「ふん……」
レインは興味なさそうに続ける。
「そんなことはどうだっていい。」
そして、クロウを一瞥する。
「好きな女がいりゃ、世界なんてどうでもいいよな。」
クロウは一瞬、リコリスの方を向き——
すぐに、視線を逸らした。
その笑顔に、リコリスの胸が締めつけられる。
「……そういえば!」
リコリスは、震える声を振り絞った。
「ナナリー姫は……今も、あなたを愛しているそうです!!」
レインの表情が、わずかに揺れる。
「あなたを想って……泣いていたそうです!!」
リコリスは、マーリンたちから聞いた話を必死に続ける。
「姫は、ずっと待っています!どうか……目を覚ましてください!」
レインは、漆黒の剣を強く握りしめた。
「……違う」
歪んだ声。
「そんなんじゃない……!」
彼は叫ぶ。
「ナナリーを……エルフ族を守るためだ。そのためなら、どんな手だって使う。」
リコリスの胸が痛む。彼の瞳には、確かな決意と、拭えない悲しみが宿っていた。
「それが……」
リコリスは、静かに問いかける。
「あなたが本当に望むことなんですか?ナナリー姫は……あなたが苦しむことなんて、望んでいませんよ。ただレインさんと一緒にいたかったと泣いていた姫様が、可哀想です。」
レインは押し黙った。
「やめろ!」
怒号とともに剣を構える。
「お前らに、俺の気持ちがわかるわけないだろ!」
「わからねぇな。」
クロウは静かに答えた。
「だが…お前が苦しんでることくらいは、わかる」
一歩、踏み出す。
「そんな顔して、姫が喜ぶと思うか?」
レインの脳裏に、優しく微笑む彼女の姿が浮かぶ。
「……俺は……」
剣が、わずかに下がる。
「俺は…エルフ族を、姫を守りたいだけだ…アイツが喜ぶかなんて関係ない。アイツが幸せになる為なら俺は…どんな悪にだって染まれる。アイツは…アイツは呪われた俺を…ただひとり、ありのまま受け入れてくれたんだ……」
リコリスは、そっと近づき、手を差し伸べた。
「エルフを救うためにはまず、レインさんが救われるべきです。」
レインは、その手を見つめる。
温かく、拒絶のない手。
「俺が……救われる……?」
レインは、乾いた笑いを漏らした。
「今さら、そんな言葉が通じると思うか?」
かつて失ったはずの感情が、胸に灯る。
「レインさん…」
リコリスは真っ直ぐに見つめる。
「あなたは、きっと正しい道を選べます。」
長い沈黙の末――
レインは、静かに剣を下ろした。
「……少し、考えさせてくれ」
そう言い残し、彼は背を向ける。
闇の中へと、その姿は溶けていった。
残された森に、再び静寂が戻る。




