すれ違い
村の一角、仮住まいの家の中は、ほの暗いランプの光に満ちていた。机の上には、見慣れない植物、粉末、液体が無秩序に並び、フラスコが静かに音を立てている。
リコリスは、ほとんど眠らぬまま調合を続けていた。
「……何をしているんだ?」
背後から聞こえた声に、彼女は振り返らない。
「いろんな薬を作っています。」
淡々とした答えだった。
クロウは、床に散らばる材料を見下ろし、眉をひそめる。いや、正確には見下ろしたつもりだった。
「……俺は、お前が心配なんだが。」
その声には、隠しきれない不安が滲んでいた。
リコリスは手を止めず、静かに答える。
「私だって怖いです。でも……レインさんを助けたいんです。何が起こってもいいように準備をしておきたいんです。」
それは、彼女にとって自然な感情だった。仲間を見捨てられない。それが、リコリスという人間だった。
「……そんなに、レインが大切か?」
その問いは、彼女ではなく、
自分自身に向けられているようだった。
クロウからぽつりと落とされた言葉に、リコリスは、迷わず即答する。
「大切です。」
一瞬の沈黙。
「そうか……」
クロウは何か言いかけて、口を閉じた。
リコリスの方を向いた――はずだった。
だが、その視線は、微妙に外れていた。
憂いを帯びた声を残し、クロウは踵を返す。
扉が閉まったことに、リコリスは気づかなかった。彼女は、ただ調合に集中していたのだ。
――それが、すれ違いの始まりだった。
ーーー
しばらくして、リコリスは顔を上げる。
「……この材料、足りませんね。クロウさん、採取に……」
そこには、誰もいなかった。
「……いない?」
家の中を見回すが、気配はない。
「この素材なら、近くの森に……」
少しだけ迷い、そして彼女は決断した。
「……あそこなら、危険度は低い。クロウさんを呼び戻すほどじゃない……ゆっくり休んでいてほしいし、ひとりで行こうかな。」
リコリスは籠を持ち、静かな森へ足を踏み入れた。
ひんやりとした空気。
木々のざわめき。
薬草は、確かにそこにあった。
夢中で採取していた、その時だった。
「――囲め」
声より先に、
足音が、四方から重なった。
低い声とともに、気配が一斉に立ち上がる。
「……え?」
振り返った時には遅かった。
魔王軍の兵士たちが、完全に包囲していた。
「……どうしよう……」
抵抗する間もなく、リコリスは捕らえられる。
「私が……勝手なことしたから……」
後悔が、胸を締めつける。
「……クロウさん……」
その名を心で呼んだ瞬間――
「乱暴な真似は、感心しないかな。」
兵士たちの間を割って、ひとりの男が現れた。
美しい顔と白髪の髪。宝石のような目は紅く妖しく輝き、頭からは角が生えている。魔族だ。
纏う空気が、明らかに違う。
彼は、微笑みながらリコリスの頭に手を置いた。
「私は魔王軍の幹部、グレイス。君を探していたんだよ。」
魔王軍幹部……その名に、リコリスの背筋が凍る。
「なるほど……噂以上じゃないか。」
値踏みするような視線。
「噂で聞いていたよりも可愛い。しかも、優秀な薬師……いや、研究者かな。」
顎を取られ、逃げ場はない。
唇に触れる感触。
「……っ!」
リコリスは必死に身をよじる。
――嫌だ。
――クロウさん以外としたくない。
彼以外の温度を、身体が拒絶していた。
唇が離れ、彼女は震える声で呟いた。
「……やめて……ください。」
「それは、君の態度次第だよ」
グレイスは、楽しげに笑う。
そのまま、リコリスは拘束され、連行された。
――魔王城へ。
馬車の中、暗闇の中で、リコリスは膝を抱えた。
「……クロウさん……」
きっと、気づいてくれる。
必ず、迎えに来てくれる。
そう信じなければ、心が壊れてしまいそうだった。




