新たな暮らし
真っ暗な夜の中、二人は村へと辿り着いた。
「おーい!」
松明の明かりが揺れる。
クロウはその光に、ほんの一瞬だけ目を細めた。
——眩しさではない。
何かを“探す”ような仕草だった。
満面の笑みを浮かべたカイルが迎えに来てくれた。
「久しぶりだな、クロウ!それに……」
カイルは、リコリスを見て一瞬だけ目を丸くし、すぐににやりと笑う。
「なるほどねぇ…そういうことか。」
「……しばらくこの村に世話になる。」
クロウがぶっきらぼうに言う。
「空き家はあるか?」
「あるにはあるけどさぁ…」
カイルは腕を組み、二人を交互に眺めながら、からかうように言った。
「愛の巣にするには、ちょっとボロすぎると思うよ?」
「っ……!」
リコリスの頬が熱くなる。
その言葉を、なぜか否定したくなかった。
クロウは、あからさまに顔を背ける。
「勘違いするな!」
「はいはい」
カイルは楽しそうに笑う。
「誰も信じねぇ、誰も守らねぇってツラしてたお前がさ。ついに覚悟決めたんだなぁ。良かった良かった!」
「だから違うって言ってるだろ!」
「照れちゃって可愛いねぇ…」
クロウはうんざりした顔で言い放つ。
「……俺とリコリスは、まだそんな関係じゃない!」
「“まだ”そんな関係じゃないんだね。」
全く取り合わないカイルに、クロウは頭を抱え、深いため息をつく。二人のやり取りを見て、リコリスは胸が温かくなるのを感じていた。
クロウには、こうして気兼ねなく話せる友人がいる。それだけで、ここが“居場所”なのだと分かる。
カイルは空き家へ案内してくれた。
小さな木造の家。
古びてはいるが、丁寧に手入れされている。
「ありがとうございます、カイルさん。」
リコリスが頭を下げると、カイルは照れくさそうに笑った。
「いつでも頼ってくれ。この村は、お前たちの家だ。」
その言葉は、リコリスの胸に深く染み込んだ。
夜が更ける前、二人は家の掃除を始めた。
埃を払い、床を拭き、壊れた椅子を直す。
「こうしてると……」
リコリスは、ふと口にする。
「ここで暮らしてるみたいですね。」
「……そうだな。」
クロウは短く答えるが、その声は柔らかかった。
もし、このまま戦いが終わって――
もし、世界が許すなら。
この村で、クロウと暮らして。
朝を迎えて、夕食を作って。
いつか、結婚して。
そんな未来を、リコリスは密かに夢見ていた。
夕食は、カイルの家に招かれた。
村人たちが持ち寄った料理が所狭しと並び、笑い声が絶えない。
クロウは昔話に花を咲かせ、珍しく声を上げて笑っていた。
――こんな顔、初めて見るかも。
リコリスは、その笑顔から目を離せなかった。
ーーー
翌朝。
太陽の光と鳥のさえずりが、穏やかに村を包んでいた。
リコリスは景色を眺めながら歩く。
クロウは、ただ彼女の歩調に合わせていた。
「クロウさん…」
リコリスは、ずっと気になっていたことを口にした。
「この村に来たのは……何か目的があるんですか?」
クロウは、少しだけ歩みを緩める。
「……ここ、来たことがあるだろ?」
「はい。以前も連れてきてくれましたよね。」
「いや違う。くそ……記憶がはっきりしねぇ。だが……」
その瞬間、リコリスの中で点と点が繋がった。
「勇者の村……!」
息を呑む。
「ここ、レインさんの故郷じゃないですか……!」
過去で、彼を送り届けた、あの村。
家の配置、井戸の配置、自然の雰囲気…
レインを送り届け、村の長老にお守りの小石を貰った思い出が蘇る。
「じゃあ……!レインさんはここに…」
その瞬間リコリスは息が止まった。
「あっ…この村は…魔王軍に…!」
クロウはリコリスの顔を心配そうに見つめていた。
「……レインは、生きてる。」
静かな声。
「だが……俺たちの味方ではない。」
「……どういうことですか?」
問いかけた、その瞬間だった。
空気が、歪んだ。
——一拍遅れて。
クロウの表情が険しくなる。
胸の奥を撫でるような、冷たく邪悪な気配が、村を包み込む。
鳥の声が、消えた。
クロウの表情が一変する。
「……やはり来たか。」
彼は剣に手をかける。
「話は後だ。行ってくる。」
クロウが駆け出そうとした瞬間、リコリスはその腕を掴んだ。
「私も行きます!クロウさんを一人で行かせたくありません!」
「……」
一瞬の逡巡。
やがて、クロウは小さく息を吐いた。
「分かった。だが……」
リコリスを真っ直ぐに見つめる。
「絶対に、俺から離れるな。」
「はい」
二人は剣を手に、森へと足を踏み入れる。
そこは、不気味なほど静まり返っていた。
木々は風に揺れず、命の気配が感じられない。
「……気配が濃くなってきた」
クロウが低く告げる。
「リコリス、お前は俺が守る。」
夢のような日常は、静かに終わりを告げる。
この村に――
レインに繋がる“何か”が、確かに潜んでいる。




