取り戻したぬくもり
第二章最後の話です。
過去に飛ばされたリコリスの旅も一区切り。
長く困難な道のりの中で、彼女は大切な人と向き合い、未来を切り拓いていきます。
宿に戻った一行は、夕食を囲みながらそれぞれが得た情報を整理していた。
リオンとリコリスが過去へ渡ったことで、クロウが死ぬ運命は確かに回避された。それは何よりも大きな成果だった。
しかし――過去を変えた代償が、どこまで世界に影響しているのかは誰にも分からない。
「……そうだ。」
ふと、リオンが箸を止める。
「レインは……どうなったんだろう?」
その名に、空気がわずかに張り詰めた。
「レイン?」
マーリンが静かに反応する。
「勇者リラと旅をしていた剣士のことですか?」
「いいえ」
リコリスが首を振る。
「レインさんが旅をしていたのは、勇者リリーです。」
記憶は確かだった。過去で出会ったレインは、勇者リリーの事を語り、彼女の遺志を残そうとしていた。
だが、マーリンは穏やかに首を横に振る。
「間違っていませんよ。レインは、勇者リリーと旅をし、彼女の死を王国へ伝えました。その後、次の勇者であるリラと共に剣をとったのです。」
沈黙。
リオンとリコリスは、言葉を失った。
呪いを受け、余命わずかな身でありながら。
それでも彼は…次の勇者と剣を取り、旅に出たという。
「……そんな……」
リオンの胸に、強い衝撃が走る。
「じゃあ……今、レインは?」
「亡くなりました。」
マーリンは、はっきりと告げた。
「勇者リラと共に、魔王軍と戦いその命を落としたそうです。その場に以前お会いしたエルフの姫様、ナナリー様がいました。彼女が恋した剣士…おそらく…それが、レインです。」
あまりにも静かな宣告だった。
リオンは俯き、拳を握り締める。リコリスの脳裏には、あの時のレインの微笑みが浮かんでいた。
傷つき、世界に絶望しながらも。
それでも彼は、平和を諦めなかった。
尊敬と、哀しみと、どうしようもない無力感が胸を満たす。
宿の中は、しばらく静寂に包まれていた。
誰もが、ひとつの命の終わりを、それぞれの形で悼んでいた。
ーーー
その夜。
リコリスの部屋を、控えめなノックの音が叩いた。
「……入っていいか?」
扉の向こうに立っていたのは、クロウだった。
ランプの淡い光が、部屋を柔らかく照らす。
二人は言葉を交わすことなく、ただ向かい合った。
生きている。
それだけで、すべてが報われる気がした。
「リコリス…」
クロウは、懐から小さな包みを取り出す。
「これがなかったら、俺はここにいなかった。」
それは、過去のリコリスが必死に調合し、残した薬の瓶と小さな手紙だった。色褪せた包みは、クロウにとって“生き延びた証”そのものだった。
「あの時は……頭に血が上ってた。」
クロウは視線を逸らしながら言う。
「お前たちに、酷いことを言った。悪かった。」
リコリスは、首を振った。
「私こそ……ごめんなさい。」
あの時のクロウは、すべてを失い、孤独だった。追い詰めた一因が自分にあったことを、彼女は忘れていない。
しばらくの沈黙の後。
「……でしたら」
リコリスは、そっと手を差し出した。
「仲直り、してくれますか?」
わずかに震える指先。
クロウは何も言わず、その手を握った。
温かい。
確かに、ここにいる。
ふたりは見つめ合い、思わず笑った。
子供のように、不器用で、素直な笑顔だった。
「……ずっと黙ってた。」
クロウが、低く告げる。
「過去の俺は未来から来たお前に救われた。…あの時からずっと、お前のことが好きだった。」
クロウはリコリスの目をしっかりと見つめる。その目は今までの彼の鋭い眼光とは似ても似つかない程優しく、温かく、今まで見たことないような穏やかな眼差しだった。
「あの日、焼けた研究所でお前に会った時…お前は俺を覚えていなかっただろ?だから…ずっと、黙ってた。お前を混乱させない為にな。」
リコリスは、言葉を失い、ただクロウを見つめる。
「……顔をよく見せてくれないか?」
クロウの大きな手がリコリスの頬を撫でる。
ふたりの距離が、静かに縮まる。
「リコリス…愛してる。」
唇が触れ、確かめ合うように、そっと重なる。
それ以上の言葉は、必要なかった。
この世界で。
この時間で。
――クロウは、生きている。
過去への旅は、
救われた未来と、
温かな夜の中で、
静かに幕を閉じる。
次に待つものなんて、
今は考えなくていい。
今はただ、
お互いの存在を確かめあい、
愛に全てを委ねたい。
第二章、最後まで読んでくださりありがとうございます。
リコリスは大切な人を守り、
未来を変えることに成功しましたが、
物語はまだ続きます。
次章では二人の新たな旅と試練が待っていますので、ぜひブックマークや感想で応援いただけると嬉しいです。




