生きている世界
――まぶたを開けた瞬間、
懐かしい空気と聞き覚えのある声が流れ込んだ。
「ご無事で……本当に、よかったです……!」
涙ぐみながらそう告げたのは、マーリンだった。
その背後には、静かに佇むネロリの姿がある。
「……戻ってこれたみたいだね。」
隣でリオンが安堵の息を吐く。
リコリスは彼と視線を交わし、弱く微笑んだ。
――生きている。
それだけで、胸の奥が熱くなる。
「ここは……」
身を起こし、周囲を見渡す。
刻まれた古代文字、祭壇、淡く光る石板。
「時の神殿……」
「ええ。おふたりとも、無事で良かったです。」
マーリンは優しく頷く。その声に、ようやく肩の力が抜けた。だが、ネロリだけはじっとリコリスの顔を見つめていた。
「……少し、雰囲気が違う。何か、あったでしょ!しかも、簡単な話じゃない。」
リコリスは一瞬ためらい、それから見てきた世界を静かに語り始める。
過去の世界。
獣人族の滅び。
憎しみに染まっていくクロウ。
そして――選べなかった未来。
語り終えた神殿には、石板の光が揺れる音だけが残った。
「……辛い旅でしたね。」
マーリンが、そっとリコリスの肩に手を置く。
「でも、あなたたちは過去から逃げなかった。それは、とても尊いことです。」
「うん…そうだと思う。」
リオンが頷く。
「クロウを救おうとした。あれは間違いなんかじゃないよ。」
その言葉に、リコリスの胸が少し軽くなる。
「ありがとうございます……。迷いは、きっと消えません。それでも……過去を背負って、未来に進みます。」
「それでこそです!まずは休みましょう。その後で、これからの話を……」
マーリンの言葉を遮るように、リオンが声を上げた。
「……待って!破壊王ザークは!?」
その名に、場の空気が一瞬張り詰める。
「悪い、逃がした。」
低く、ぶっきらぼうな声。
聞き覚えがある――
いいえ、忘れるはずがない声。
「全員無事だっただけ、上出来だろ。」
聞き覚えのある声……
あり得ないはずの声…
「……え?」
リコリスが向けた目線の、その先。
そこに立っていたのは――
見間違えるはずのない、
それでも信じきれない男だった。
「――クロウ、さん……?」
生きている。
血の通った、いつもの彼が。
「生きてる……?なんで……?」
理解するより早く、身体が動いていた。
「っ!」
リコリスはクロウに駆け寄り、強く抱きしめる。
「良かった……!もう、会えないと思って……!」
「お、おい!?なに抱きついてんだ!!」
クロウは慌てて声を上げる。
「俺が死んだとか縁起でもねぇ夢見るな!……つーか、離れろ!みんな見てるだろ!」
そう言いながらも、抵抗は弱々しい。
そして、頬は、はっきりと赤い。
「いやぁ、こっちも色々あったんだよ。」
リオンが苦笑しながら言う。
「おにいちゃん、本当は嬉しいくせにっ!」
ネロリがにやにやと口を挟む。
「おにいちゃん、顔、真っ赤だよ?」
「うるせぇ!」
クロウはそっぽを向いた。
その光景を見て、リコリスはようやく実感する。
……ここは、クロウが死ななかった世界線だ。
「……クロウさん。」
そっと離れ、真正面から彼を見る。
「生きててくれて……本当に、ありがとうございます。」
一瞬だけ、クロウの表情が柔らぐ。
「だな……心配かけたな。ありがとう、リコリス。」
その一言に、リコリスの瞳が潤む。
でも、泣かない。
今は、笑っていたい。
過去改変の果てに辿り着いた、
――誰も失わずに、前を向ける世界で。
一行は、確かな未来を胸に抱くのだった。




