別れ
翌朝。
澄み切った空の下で、リコリスたちはエルダーとドリィの小屋を後にした。
森の空気は清々しく、鳥のさえずりが心地よい
……はずだった。
けれど、リコリスの胸は重く沈んでいた。
獣人化の薬……本当に、作っていいの……?
クロウに頼まれた言葉が、何度も脳裏をよぎる。前へ進むと決めたはずなのに、覚悟の裏側で、失う未来の輪郭がはっきりと見え始めていた。
道中、リオンとレインは並んで剣の稽古をしている。鋼の音が乾いた森に響き、二人の呼吸はよく合っていた。
クロウは少し離れた場所から周囲を警戒し、一行全体に気を配っている。
……みんな、強いんだなぁ。
だからこそ、私が差し出そうとしているものが、はっきりと見えてしまう。
リコリス自身は、研究手帳を広げ、獣人化の薬に関する記述を読み返している。ページをめくる指が、わずかに震えていた。
「おい、リコリス…リコリス!」
クロウが声をかける。
その声音には、隠しきれない心配が滲んでいた。
「顔色がよくない。」
リコリスは、はっとして顔を上げ、無理に微笑む。
「大丈夫です。少し……考え事をしていただけですから。」
だが、その笑顔が作りものだと、クロウにはすぐに見抜かれていた。
「俺のせいだよな…?」
その一言で、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
リコリスは図鑑を閉じ、クロウのそばに歩み寄った。
「クロウさんのせいじゃありません!!…えっと…心配してくれてありがとうございます。でも……これは、私が選んだことです。」
自分に言い聞かせるような言葉だった。
その言葉が、嘘ではないと信じたかった。
彼のために、力になりたい。
それでも同時に……
この選択が、二人を遠ざける気がしてならなかった。
やがて森を抜け、遠くに街の灯りが見えてくる。
「あれが、王国への入り口の街だね。」
リオンが声を弾ませる。レインもまた、安堵と決意が入り混じった表情で、その光を見つめていた。
王都の門前に辿り着いた時、レインは静かに足を止めた。
「俺は、ここまでだ。」
その声は、迷いなく、しかしどこか寂しげだった。
「ありがとう…勇者リリーの旅に、決着をつけてくる。リオン、リコリス…無事に元の世界に帰ってくれ。」
レインは深く頭を下げる。
リオンはレインの肩を叩き、力強く頷いた。
「ああ。必ず帰るよ。レインも……リリーの旅を、最後までやり遂げてね。大丈夫、未来で僕たちは…レインやリリーたちの意志も継いでいる!」
リコリスは、レインの瞳を見つめ、静かに微笑んだ。
「こちらこそ、ありがとうございました。レインさん、あなたと旅ができて、本当に良かったです。どうか……ご無事で。」
レインはただ、うなづいた。
「レイン……俺には何も無しかよ。まぁいい、俺もお前に言うことないしな。」
クロウは冷めた態度をしているが、獣耳がピクっと動いている。これが不器用な彼なりの励ましの言葉なのだ。
互いの覚悟は十分に伝わった。そんな気がする。
レインの背が人混みに消えた時、リコリスは胸の奥がひりつくのを感じた。
別れって……こうやって、静かに訪れるんだ…
そしてそれは、まだ起きていないはずの別れの予感と、奇妙に重なっていた。
三人は、時の神殿へと向かう。
深い森の奥、苔むした石造りの神殿が姿を現す。
「ここが……この時代の時の神殿か。」
リオンが呟く。リコリスは、周囲に漂う微かな魔力の流れに、息をのむ。
時間が……歪んでる
クロウは二人の前に立ち、自然と庇う位置を取った。
「嫌な予感がする。気を抜くな。」
三人は神殿の中へ足を踏み入れる。
薄暗い回廊、刻まれた古代文字、床に描かれた複雑な紋様。
リコリスは、胸の奥が冷たくなるのを感じた。
何かが、既に始まっている。
それだけは、はっきり分かった。
「リコリス!!」
クロウが叫ぶ。
だが、声が届く前に、視界が白く染まり――
リコリスの意識は、闇に沈んだ。
……やっぱり、終わりが近いんだ……
それが、彼女の最後の思考だった。




