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焼け跡から続く光〜薬師の私を攫ったのは、人間嫌いの獣人でした。  作者: 不津倉 パン子
中編 進んだ先は過去

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35/58

一行は、森の小屋で世話になった礼として、老夫婦の仕事を手伝うことにした。


リオン、レイン、クロウの三人は、エルダーと共に薬草や薪などの採取へ向かう。残ったリコリスは、小屋に残り、ドリィと薬の調合をすることになった。


小屋の中に漂う、乾いた葉と土の匂い。薬棚に並ぶ瓶や包みを見ていると、リコリスは胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


……お祖母ちゃんの部屋みたい


ドリィは長年の経験が滲む手つきで、迷いなく薬草を刻み、量り、混ぜていく。その所作はまるで、素材と会話しているかのようだった。


ふと気づくと、ドリィは誰もいない空間に向かって笑い、話しかけているように見えた。


「ほうほう……お前さんは、こっちの方が落ち着くのかい。」


「なんだい?お前さん…そっちは前に嫌だと言ってたじゃないか。…そうかい、今日の気分は違うんだね。」


にこにこと微笑みながら、薬草の配分を少しだけ変える。それを見ていたリコリスは、思わず口をついて出てしまった。


「……あなたは、こっちの子と一緒がいいのね。」


言ってしまってから、はっとする。


「え……?わ、私、今……?」


ドリィは驚くどころか、楽しそうに目を細めた。


「やっぱりね。リコリスちゃんにも、聞こえているんだね。」


「え……?」


「素材の声、さ。」


優しい声だった。


「この子たちはね、自分がどう扱われたいか、ちゃんと教えてくれるんだよ。私は、それを聞きながら、調合のバランスを決めている。」


リコリスは、息を呑んだ。


そんな配合の考え方があるんだ……


「リコリスちゃん」


ドリィは、穏やかな視線を向ける。


「あなたには、才能がある。どうだい?私のやり方を覚えてみないかい?」


その言葉は、嬉しいはずなのに。

胸の奥に、冷たい影が落ちた。


……私の薬で、クロウさんは……


「でも……私は……」


言葉が詰まる。

過去の失敗と後悔が、喉を塞ぐ。


ドリィはリコリスの表情を見て、すべてを察したように微笑んだ。


「辛い過去があったんだね。でもね、失敗を恐れていたら、何も始まらないよ。」


そっと、背中を押すような声。


「才能があるのに、それを眠らせたままにするのは、もったいない。」


リコリスの胸が、ぎゅっと締め付けられる。

挑戦したい気持ちと、怖れがせめぎ合う。


ドリィはリコリスの手を取り、両手で包み込んだ。


「リコリスちゃんは一人じゃない。……立ち直るかどうかは、あなた次第だけどね。それでも、見捨てずにいる人はいるさ。」


温かい手だった。


「過去を否定するんじゃない。乗り越えて、新しい一歩を選ぶんだよ。それが、過去に犯した罪への償いになる。」


長い沈黙の後、リコリスはゆっくりと顔を上げた。


「……私、もう一度、薬作りに挑戦してみます。」


震えながらも、はっきりと。


「今度は、誰かを傷つけるためじゃない。みんなを、笑顔にするための薬を作りたい。」


ドリィは、満足そうに頷いた。


「それでこそ、薬師だ。」


その日から、リコリスはドリィのもとで学び始めた。今までみたいなデータだけじゃない。素材の声に耳を澄まし、調合の意味を理解した薬作り。


素材たちの静かな反応が、リコリスの自信を少しずつ戻させていった。


夜。


焚き火のそばで、リコリスは今日の出来事をクロウに話した。素材の声のこと、学び始めた薬のこと、


そして――前へ進もうと決めたこと。


クロウは、黙って聞いていた。


焚き火が、ぱちりと音を立てた。

クロウはしばらく、炎だけを見ていた。


やがて真剣な表情で口を開いた。


「……リコリス。辛い頼みかもしれないが…」


リコリスの胸が、嫌な予感に締め付けられる。


「俺に、獣人化の薬を作ってくれないか?」


一瞬、世界が凍りついた。


「……それはだめ。」


声が震える。


「あれは……あの薬は……クロウさんを殺した……!」


過去の光景が、鮮明に蘇る。


クロウは、そっと彼女を抱きしめた。


「落ち着いてくれ。俺は、お前を苦しめたいわけじゃない。」


「でも……あの薬は、あなたを怪物にする……!」


クロウは、リコリスの頬を優しく撫でる。


「それでも、俺は力が欲しい。失わないためじゃない。失うと分かっていても、立ち向かうための力だ。」


静かな覚悟が、声に宿っていた。


「お前の事だって守りたいんだ。」


リコリスの心は、激しく揺れる。


「もし……また失敗したら?」


クロウは、リコリスの手を強く握った。


「俺が、そんなことはさせない。」


逃げない瞳だった。


「……分かりました。」


リコリスは、涙を拭い、頷いた。


「作ります。でも……約束してください。制御できなくなったら……私が、止めます。」


クロウは、深く頷く。


「約束する。」


こうして、リコリスは再び、運命を左右する薬に向き合うことを選んだ。


前に進むと決めた一歩は、同時に――


希望と同じ形をした毒を、

再び自分の手で量る覚悟だった。

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