声
一行は、森の小屋で世話になった礼として、老夫婦の仕事を手伝うことにした。
リオン、レイン、クロウの三人は、エルダーと共に薬草や薪などの採取へ向かう。残ったリコリスは、小屋に残り、ドリィと薬の調合をすることになった。
小屋の中に漂う、乾いた葉と土の匂い。薬棚に並ぶ瓶や包みを見ていると、リコリスは胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
……お祖母ちゃんの部屋みたい
ドリィは長年の経験が滲む手つきで、迷いなく薬草を刻み、量り、混ぜていく。その所作はまるで、素材と会話しているかのようだった。
ふと気づくと、ドリィは誰もいない空間に向かって笑い、話しかけているように見えた。
「ほうほう……お前さんは、こっちの方が落ち着くのかい。」
「なんだい?お前さん…そっちは前に嫌だと言ってたじゃないか。…そうかい、今日の気分は違うんだね。」
にこにこと微笑みながら、薬草の配分を少しだけ変える。それを見ていたリコリスは、思わず口をついて出てしまった。
「……あなたは、こっちの子と一緒がいいのね。」
言ってしまってから、はっとする。
「え……?わ、私、今……?」
ドリィは驚くどころか、楽しそうに目を細めた。
「やっぱりね。リコリスちゃんにも、聞こえているんだね。」
「え……?」
「素材の声、さ。」
優しい声だった。
「この子たちはね、自分がどう扱われたいか、ちゃんと教えてくれるんだよ。私は、それを聞きながら、調合のバランスを決めている。」
リコリスは、息を呑んだ。
そんな配合の考え方があるんだ……
「リコリスちゃん」
ドリィは、穏やかな視線を向ける。
「あなたには、才能がある。どうだい?私のやり方を覚えてみないかい?」
その言葉は、嬉しいはずなのに。
胸の奥に、冷たい影が落ちた。
……私の薬で、クロウさんは……
「でも……私は……」
言葉が詰まる。
過去の失敗と後悔が、喉を塞ぐ。
ドリィはリコリスの表情を見て、すべてを察したように微笑んだ。
「辛い過去があったんだね。でもね、失敗を恐れていたら、何も始まらないよ。」
そっと、背中を押すような声。
「才能があるのに、それを眠らせたままにするのは、もったいない。」
リコリスの胸が、ぎゅっと締め付けられる。
挑戦したい気持ちと、怖れがせめぎ合う。
ドリィはリコリスの手を取り、両手で包み込んだ。
「リコリスちゃんは一人じゃない。……立ち直るかどうかは、あなた次第だけどね。それでも、見捨てずにいる人はいるさ。」
温かい手だった。
「過去を否定するんじゃない。乗り越えて、新しい一歩を選ぶんだよ。それが、過去に犯した罪への償いになる。」
長い沈黙の後、リコリスはゆっくりと顔を上げた。
「……私、もう一度、薬作りに挑戦してみます。」
震えながらも、はっきりと。
「今度は、誰かを傷つけるためじゃない。みんなを、笑顔にするための薬を作りたい。」
ドリィは、満足そうに頷いた。
「それでこそ、薬師だ。」
その日から、リコリスはドリィのもとで学び始めた。今までみたいなデータだけじゃない。素材の声に耳を澄まし、調合の意味を理解した薬作り。
素材たちの静かな反応が、リコリスの自信を少しずつ戻させていった。
夜。
焚き火のそばで、リコリスは今日の出来事をクロウに話した。素材の声のこと、学び始めた薬のこと、
そして――前へ進もうと決めたこと。
クロウは、黙って聞いていた。
焚き火が、ぱちりと音を立てた。
クロウはしばらく、炎だけを見ていた。
やがて真剣な表情で口を開いた。
「……リコリス。辛い頼みかもしれないが…」
リコリスの胸が、嫌な予感に締め付けられる。
「俺に、獣人化の薬を作ってくれないか?」
一瞬、世界が凍りついた。
「……それはだめ。」
声が震える。
「あれは……あの薬は……クロウさんを殺した……!」
過去の光景が、鮮明に蘇る。
クロウは、そっと彼女を抱きしめた。
「落ち着いてくれ。俺は、お前を苦しめたいわけじゃない。」
「でも……あの薬は、あなたを怪物にする……!」
クロウは、リコリスの頬を優しく撫でる。
「それでも、俺は力が欲しい。失わないためじゃない。失うと分かっていても、立ち向かうための力だ。」
静かな覚悟が、声に宿っていた。
「お前の事だって守りたいんだ。」
リコリスの心は、激しく揺れる。
「もし……また失敗したら?」
クロウは、リコリスの手を強く握った。
「俺が、そんなことはさせない。」
逃げない瞳だった。
「……分かりました。」
リコリスは、涙を拭い、頷いた。
「作ります。でも……約束してください。制御できなくなったら……私が、止めます。」
クロウは、深く頷く。
「約束する。」
こうして、リコリスは再び、運命を左右する薬に向き合うことを選んだ。
前に進むと決めた一歩は、同時に――
希望と同じ形をした毒を、
再び自分の手で量る覚悟だった。




