季節
ここから第二章が始まります。
クロウを失った悲しみを抱えながらも、
リコリスの旅はまだ続きます。
勇者リオンたちと別れたあと、リコリスは一人で街の研究所へ向かった。
研究所襲撃事件の生き残りということもあり、数日にわたる事情聴取を受けたが、その後はあっさりと新たな研究所へ復職ができた。
それは、今までの彼女の功績が評価された結果だった。だが同時に、それだけ多くの誰かを、傷付けてきた証でもあった。
かつては何も感じなかったはずの薬草の香りと、実験器具の熱、思考の音で満ちていた場所。今は、何もかもが冷え切っているように思う。
冷たい椅子。薬品で埋められた棚。そして作業台。
リコリスは、立ち尽くしたまま、長く息を吐いた。
……戻ってきてしまった
逃げ場はない。
ここは、彼女が罪を犯し、そして償う場所だ。
それでも――やらなきゃ。
ネロリの顔が浮かぶ。
そして、最後に微笑んだクロウの顔。
「お前が大切だ。」
かつてクロウが囁いたその言葉だけが、彼女を前に進ませていた。
ーーーーー
研究の日々は、単調で、苛烈で、孤独だった。
朝も夜も区別がなくなる。
窓の外の光の角度で、かろうじて時間を知る。
新しい薬。
クロウを蝕んだあの薬を、安全な形へ作り直す。
だが、それは想像以上に困難だった。
あの薬は禁忌の積み重ねで成り立っていた。安全性を無視し、倫理を踏み越え、限界を超えた設計。
同じ力を、同じ効果を、
命を削らずに再現することなど――
……できるわけ、なかった。
そう思ってしまう瞬間が、何度もあった。
失敗。
失敗。
失敗。
ノートは赤い修正線で埋まり、指先は薬品で荒れ、
目の奥が常に痛んでいた。
それでも、やめなかった。
やめた瞬間、考えてしまうからだ。
……私が、殺した。
あの最期の瞬間。
腕の中で、冷えていった熱。
あの、悲劇を止める方法はいくらでもあった。
あの時こうしていればなんて、考えたところで自分の罪を再認識させられるだけなのだ。
思考を止めるために、手を動かす。
悲しみを押し潰すために、実験を続ける。
研究は、祈りであり、罰だった。
ーーー
夜になると、特に辛かった。
器具を片付けると、研究所はあまりにも静かだ。
誰も、名前を呼んでくれない。
誰も、返事をしてくれない。
クロウがいなくなった現実が、
夜の闇と一緒に、容赦なく迫ってくる。
「……クロウさん」
名前を呼んでも、答えはない。
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
涙が出そうになる。
枯れ葉の上で眠った、あの日々が恋しい。焚き火で暖を取り、魚を焼いて食べたあの日に帰りたい。
あの風を、
あの月夜を、
あの声を……
全て自分が壊したのに。
そんな時、リコリスはもう一度ノートを開く。
泣く資格は……まだ、ないから。
彼女は、自分にそう言い聞かせ続けた。
ーーーーー
そうして、同じような日々が積み重なり――
気づけば、1ヶ月が過ぎていた。リコリスを置き去りに、季節が少しだけ進んでいた。
ある日、資材の補充に来た商人から、何気なく聞いた話。
「この街の近くにある神殿に、勇者様たちが来てるらしいですよ。」
その一言で、心臓が跳ねた。
クロウと共に戦った仲間たち。
……みんな、前に進んでいるんだ
会いたい。声が聞きたい。話したい。
自分が、この1ヶ月、何を考え、何に縋ってきたのか――
研究所に閉じ込めていた感情が一気に溢れそうになったリコリスは、白衣を羽織り直し研究ノートを机に伏せた。
「……少しだけ」
自分に言い訳するように呟いて、研究所を飛び出した。
---
時の神殿へ向かう道は、長かった。
一歩一歩が重い。足取りが遅い。
それでも、「会える」という希望だけが、彼女を支えていた。
神殿の前に立つと、見慣れた背中があった。
真剣な表情で神官と向き合う、勇者たちの姿を見た瞬間、胸の奥に溜まっていたものが、静かにほどける。
「……リオンさん」
声を出すと、少し震えた。
振り返った彼らの顔に、
驚きと、安堵と、確かな喜びが浮かぶ。
――ああ、まだ繋がっている。
孤独だった一か月がほんの一瞬だけ、報われた気がした。
けれど、同時に思う。
……私は、まだ何も成し遂げていない
再会は、確かに救いだった。
けれど同時に――もう一度、前に進む覚悟を問われる時間でもあった。
過去の出来事と向き合う中で、リコリスにはどんな出会いと運命が待ち受けているのか。
気に入っていただけたら、ブックマークや感想で応援していただけると励みになります。




