立ち止まらない
第一章、ここまで読んでくださってありがとうございました。物語はまだ続きますのでお付き合いよろしくお願いします。
クロウが死んでから、三日。
リコリスは宿屋の一室で時間の流れから切り離されたように過ごしていた。
カーテンは閉め切られ、昼か夜かも分からない。
食事にも手をつけず、ベッドの上で膝を抱えたまま、ただ呼吸だけを繰り返している。
頭の中では、同じ光景が何度も再生されていた。
血に染まった月明かり。
自分の腕の中で冷たくなっていくクロウ。
最後の言葉――何を言おうとしたのだろう?
クロウさんは……私が、殺した。
声に出さずとも、その言葉が胸を締めつける。後悔は痛みではなく、鈍く重い鎖のように彼女を縛っていた。
――コンコン。
控えめなノックの音。
「……リコちゃん、入るね。」
扉が開き、入ってきたのはネロリだった。白い髪と獣の耳は、どこか以前よりも小さく見える。幼さの奥に、無理に背伸びしたような静かな強さが宿っていた。
リコリスは、思わず身を強張らせた。
……恨まれて、当然だ。
大切な兄を失った。
原因は、自分が作った薬だ。
リコリスは震える足でベッドから降り、深く頭を下げた。
「……ごめんなさい。」
声が、掠れる。
「私のせいで……クロウさんを……」
涙が止まらず、床に落ちる。
しかし――
ネロリは何も言わず、そっと近づき、リコリスを抱きしめた。
「……ありがとう、リコちゃん。」
「……え……?」
予想していた言葉とは、あまりにも違った。
「おにいちゃんね、ずっと嬉しそうだったよ。リコちゃんと一緒にいる時だけ、ほんとに安心した顔してた。」
ネロリの声は震えているが、逃げていなかった。
「ふたりが、ちゃんと愛し合ってたこと……なんとなく、分かるんだ。」
その言葉に、リコリスの胸が締めつけられる。
「でも……でも……!」
彼女は、ネロリの服を掴んだ。
「あの薬を作らなければ……!私が、渡さなければ……クロウさんは……死ななかった!」
自責の念が、堰を切ったように溢れ出す。
ネロリは、しばらく黙っていた。
そして一度だけ、ぎゅっと唇を噛みしめた。
その後、ぽつりと言った。
「……ねえ、リコちゃん。」
顔を上げたリコリスの目を、まっすぐに見つめて。
「あの薬、私にも作ってくれない?」
一瞬、時間が止まった。
「……な、に……?」
「私にも、必要なの。」
リコリスは、勢いよく首を振る。
「ダメです!!絶対にダメ!! ネロリちゃんまで死んじゃう!!嫌だ!!!」
あの薬は、力と引き換えに命を削る。
それを、もう二度と誰にも使わせたくなかった。
しかし、ネロリは引かなかった。
「あの薬があったから……おにいちゃんは、最後まで戦えた」
静かな声だった。
「守れたんだよ、リコちゃんを。」
リコリスは、言葉を失う。
「私にも、守りたい人がいる。」
ネロリは、リコリスの手を握る。
「リコちゃんのことも、守らなきゃ。……それ、おにいちゃんとの約束だから。」
幼さの残るその瞳に宿るのは、覚悟だった。
それは、かつてクロウが見せていたものとよく似ている。
リコリスは、その手を振りほどけなかった。
……また、同じ道を……?
恐怖と同時に、ひとつの思いが胸に芽生える。
……なら、せめて
彼女は、ゆっくりと顔を上げた。
「……分かりました。」
ネロリの目が、わずかに揺れる。
「でも、同じ薬は作らない。命を削らない……“安全な力”を、必ず作ります……!」
それは、誓いだった。
そして同時に――
過去を繰り返さないための、危うい賭けでもあった。
クロウはもう、いない。
だが、彼が残した“力”と“想い”は……
形を変えて、再び動き始める。
救いになるのか。
それとも、彼女たちを壊す、さらなる悲劇の種なのか。
次章でもリコリスの旅は続いていきます。
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