覚醒
遺跡の内部調査は、静かに進んでいた。
古代文字が刻まれた壁、
朽ちかけた祭壇、
かすかに残る精霊の気配。
まるで遺跡全体が眠っているように感じる。
マーリンとリオンが記録を取り、リコリスは遺跡そのものと“呼吸が合う”ような、不思議な感覚を覚えていた。
――その時。
ドォン!!ドンドンドンッ!!!!
地鳴りのような轟音が、遺跡全体を揺るがす。
「来るっ……!」
リオンが即座に剣を抜く。
遺跡の入口が破壊され、魔王軍の兵士たちが雪崩れ込んできた。
「みんなっ!蹴散らすよ!」
リオンの号令とともに、戦闘は一気に加速する。
剣と魔法が交錯し、魔王軍は次々と倒れていった。
召喚陣が輝き、
巨大な魔物が姿を現す。
魔王軍の物量はいつも圧倒的だ。
「邪魔だっ!下がってろ!!」
低い声と共に、一匹の魔獣が飛びかかる。
黒い毛並み、鋭い牙。
獣人薬を使ったクロウだった。
圧倒的な力で魔物を押し倒し、その喉元を噛み裂く。
「おにいちゃん、その姿……!」
ネロリの声が震える。
彼女の表情は、恐怖で強張っていた。
実験台にされた、あの日々の記憶。
――あの日、無理矢理背負わされた“力”と同じだった。
だが、クロウは振り返らない。
「面倒くせぇ。さっさと片付けるぞ!」
獣の咆哮と共に、魔王軍を薙ぎ払っていく。
「……俺も本気で行きますね。」
その背後。
異様な魔力が膨れ上がった。
アイゼンだ。
静かで無表情だったリオン達の仲間のひとり。
眼鏡の下に見える漆黒の目は深い闇のように冷たい。頭から伸びる悪魔のような角を見るに、彼は魔族だろう。
詠唱もなく放たれる魔法が、戦場を飲み込む。
彼は戦っているのではない。
目の前の邪魔者を処理しているだけに見えた。
……何者なの、この人。
次の瞬間にはもう、全て終わっていた。
魔王軍は、全滅。
圧倒的な勝利だ。
だが。
ミシ……ミシ……
不穏な音が、頭上から響く。
「――まずい、神殿が!」
天井に走る亀裂。ボロボロと降ってくる瓦礫。
「逃げるぞ!!」
リオンの叫びと同時に、一行は撤退を開始する。
しかし、
獣の姿が崩れ、人の姿へと戻ったクロウが
――膝をついた。
「……ぐっ……ぐはぁっ!!」
血を吐く。
「クロウさん!!」
リコリスには分かっていた。
恐れていた事がついに起きてしまった。
薬の副作用だ。
リコリスはクロウに駆け寄る。
「クロウさん!何で、どうしてこんなになるまで黙ってたんですか!?」
「……別に。お前には関係ない……」
そう言いながら、クロウの体は小さく震えていた。
「そんな事、言わないでくださいよっ!!」
リコリスはクロウを心配するあまり、
巨大な瓦礫が落ちてくるのに気がつけなかった。
「逃げて!!」
ネロリの悲鳴。
だが、リコリスにはクロウを抱えて走る力がない。
抱き上げようとしても、腕に力が入らない。
自分の身体が、ひどく頼りなく感じた。
……間に合わない。
クロウさんだけでも助けたいのに…!
その瞬間。
ゴゴ……ッ
石の擦れる音。先ほど鎮めたはずの、ゴーレムだ。その巨体が一行の前に立ち、瓦礫を受け止める。
「……まさか」
マーリンが息を呑む。
「リコリスの危険を察知して……起動した?」
リコリスの胸元が、淡く光っていた。
リコリスの意志に、遺跡そのものが応えたのだ。崩壊する神殿の中、ゴーレムは最後まで盾となりリコリス達を守り続けた。
そして、
神殿の外へ。
「ゴーレムさん、助けて頂きありがとうございます。お家を壊しちゃってごめんなさい。」
リコリスはゴーレム達に感謝と謝罪を伝えた。
クロウは何事もなかったかのように振る舞った。
「あぁーー疲れた。さっさと帰ろうぜ。」
強がりの声。
リコリスは分かっていた。
次は、ないかもしれない……
力を得る代償。
守るために傷つく現実。
リコリスは、静かに拳を握りしめた。
……もう、誰も犠牲にしたくない。
精霊使いとして。
そして、クロウの隣に立つ者として。
彼女は、さらに強くなることを誓うのだった。
守られるだけの存在では、もういたくなかった。




