石の神殿
遺跡へ向かう道すがら、マーリンは周囲を一度見渡してから歩調を落とし、リコリスの隣に並んだ。
「精霊使いについて、少し話しておきましょう」
穏やかな声だった。
「精霊使い…?ですか?」
「精霊使いは、自然界に存在する精霊と心を通わせ、その力を借りる存在。ですが…その力は、誰にでも宿るものではありません。」
リコリスは、緊張した面持ちで頷く。
「精霊はとても気難しい存在。力を欲する者、支配しようとする者、恐れる者……そういう心には、決して応えてくれないのです。」
マーリンは、わずかに苦笑する。
どうして急にそんな話をするんだろう…?
リコリスは戸惑いながらも興味深く、マーリンの話を聞いていた。
「心から自然を想い、命を等しく尊び、“力を使わないで済むならそれでいい”とまで思える者にしか宿らない。」
その言葉は、リコリスの胸に静かに沈んだ。
「そんな精霊使いの力があなたに眠っています。」
「えっ……?」
私はそんな立派な人間じゃない。
罪も後悔も、数え切れないほど抱えている。
リコリスは何かの勘違いだと言いかけた―
――その時だった。
ゴゴゴ……ッ
大地が、うねるように揺れた。
「なっ……!?」
地鳴りが空気を震わせ、一行は思わず足を止める。
次の瞬間、遺跡の奥から、巨大な影が姿を現した。
石で組み上げられた巨体。
赤く光る双眸。
「侵入者……排除、スル……」
古代のゴーレムだ。
クロウが一歩前に出る。彼はいつも、誰かを庇うように飛び出していく。
だが、今日だけは、その足取りがほんの一瞬だけ鈍った。
「ちっ……おいリオン!こんなの聞いてねぇんだが?」
「私たちだけで来た時は、こんなの出て来なかったのに!!」
ネロリが声を上げる。
リオンは迷いなく聖剣を抜き、
魔導士の仲間、アイゼンも構えた。
だが――
剣撃も、魔法も、ゴーレムの装甲に弾かれる。
「硬すぎる……!」
じりじりと距離を詰めてくるゴーレム。
その時、マーリンが前へ出た。
「――下がってください!」
杖を構え、精霊への呼びかけを試みる。
だが……
何も、起こらない。
「……やはり、ダメみたいです。」
マーリンは悔しそうに目線を落とす。
「この遺跡と、私は相性が悪いんです。」
そしてその視線が、リコリスへ向いた。
「リコリス、あなたの力が必要です。このゴーレムはおそらく、あなたの力に反応して出てきたものです。」
「……私、ですか?」
「はい。この遺跡は……あなたに反応している。だから私たちだけで来た時は何も起きなかったのだと思います!」
言われて初めて、リコリスは気づいた。
遺跡の文様が、かすかに光っている。
自分が近づくたび、鼓動のように。
迫るゴーレム。
逃げ場は……
ない。
「あなたの声を届けるイメージです!」
マーリンのアドバイスが聞こえる。リコリスは震える指を握りしめ、目を閉じた。
……怖い
でも…
それでも……
もう誰も傷つけたくない。
ゴーレムを壊したくない…
いや、壊さなくていい。
そんな気がしていた。
「……ゴーレムさん!」
声は、かすれていた。
「どうか……鎮まってください!!」
その瞬間。
胸の奥に、温かな光が灯った。
――声が、聞こえる。
『恐れるな、リコリス』
重く、優しい声。
『お前の心は、私と繋がっている』
リコリスは、はっと息を呑む。
『導け。破壊ではなく、休息へ。』
気づけば、リコリスは一歩前に出ていた。手を、ゴーレムへ向ける。眩い光が彼女の体から溢れ出す。
それは支配の光ではない。
癒しと、理解の光。
ゴーレムの動きが、止まる。
赤く燃えていた双眸が、静かに色を失っていく。
そして……
静寂。
ゴーレムは、完全に石と化した。
「……終わった……の?」
リコリスは、その場にへたり込んだ。
自分の手を見つめる。
……私が、やった……の?
マーリンが、ゆっくりと歩み寄る。
その表情には、驚きと、確信があった。
「間違いないです…」
おだやかに、しかしはっきりと言う。
「あなたには精霊使いの力があります!」
クロウは何も言わず、リコリスの肩に手を置いた。
その手の温もりが、現実を教えてくれる。
「……すげぇよリコリス。」
短い言葉。
けれど、そこには誇りがあった。
リコリスは、ようやく理解した。
逃げ続けてきた“力”を。
恐れてきた“自分”を。
この力は、誰かを傷つけるためのものじゃない。
守るために、繋がるためにある。
遺跡の奥で、扉が静かに開く音がした。
選ばれたのは、マーリンではない。
勇者でも、剣でもない。
――リコリスだった。




