第75章「退くという選択」
通達は、
昼前に届いた。
封蝋は割られていない。
正式な文書。
読む前から、
皆、分かっていた。
ヨルが、
無言で受け取る。
声に出さず、
目で追う。
そして、
短く言った。
「……退去命令や」
砦に、
音がなくなる。
命令は、
はっきりしていた。
非戦闘員は、段階的退去
砦の自治は解散
七日以内に従わない場合
→ 反乱拠点として鎮圧対象
誰かが、
小さく息を吸う。
「……クロは?」
答えは、
誰も出さなかった。
ミケが、
歯を噛みしめる。
「……あいつ、
これ見たら
なんて言うやろな」
ヨルは、
盾を地面に立てる。
「……言わせない」
それだけだった。
フェイは、
レオを抱いたまま
文を見つめている。
「……退けって」
「……どこへ?」
答えは、
書いていない。
レインが、
壁にもたれたまま言う。
「……王都やろな」
「分散させて、
管理する」
カイが、
弓を整えながら
低く続ける。
「家族は分けられる」
「監視下や」
「“保護”の名目でな」
空気が、
さらに重くなる。
レインが、
一瞬だけ目を伏せる。
「……妹は、
王都におる」
「ここで退いたら、
俺らは
“守られる側”にされる」
「名前も、
選択も、
取り上げられる」
それ以上、
言葉はいらなかった。
ミケが、
声を荒げる。
「ほな、
どうすんねん!」
「逃げたら
生きられるかもしれへんやろ!」
ヨルは、
ゆっくり振り向く。
「……生きるだけなら、な」
「ここは、
クロが立った場所や」
「“危険やから逃げろ”って
言われて」
「はいそうですか、
って場所ちゃう」
フェイが、
静かに言う。
「……この子を
連れてでも、
ここにおる」
「王都で
番号を振られて
生きるくらいなら」
「ここで
名前のまま
生きたい」
誰も、
すぐには返事をしなかった。
だが、
否定もしなかった。
その夜。
焚き火の前。
レインが、
矢羽を整えながら言う。
「……もしもの時は」
ミケが、
顔を上げる。
「言うな」
カイが、
低く続ける。
「……妹に
伝えろ」
「俺らは、
自分で選んだ」
ミケは、
答えなかった。
答えられなかった。
選択肢は、
確かにあった。
逃げる道も、
生き延びる道も。
それでも、
誰も
それを選ばなかった。
朝は、
また来る。
期限も、
近づく。
そして、
クロは――
まだ、
戻らない。




