第76「牢の中の静けさ」
王都の牢は、
昼でも暗かった。
石の壁は冷たく、
鉄格子は乾いた音を立てる。
クロは座っていた。
背中を壁に預け、
膝を抱え、
ただ、呼吸だけを数える。
何度目かも分からない。
裁判は終わった。
判決も出た。
公開処刑を原則とする。
その言葉だけが、
頭の中で何度も繰り返される。
(……俺のせいで)
声に出さない。
出すと、崩れるからだ。
扉の外で足音が止まる。
「飯や」
看守が、木の皿を床に置いた。
水と、固いパン。
クロは見もしなかった。
「……食え」
それだけ言って、看守は去る。
扉が閉まる音が、
やけに大きい。
クロは、ようやく皿を見る。
食べる気はない。
ただ、
食べないと死ぬ。
死ぬのは、
処刑の日でいい。
そう思って、
パンを少しだけちぎって口に入れた。
味は、しない。
夜。
遠くで、
どこかの鐘が鳴った。
牢の外の世界は、
今日も普通に動いている。
英雄は英雄として歩き、
人々はそれを疑わない。
クロは、目を閉じる。
残灯の砦。
焚き火。
鍋の匂い。
笑い声。
レインが木材を抱えて、
カイが黙って釘を打って、
ミケが大げさに騒いで、
ヨルが静かに立って、
フェイがレオを抱いて笑う。
(……退いたやろ)
そうであってほしい。
(……退いてくれ)
それが正しい。
それが唯一の助けになる。
(退いてなかったら――)
その先を、
考えないようにした。
胸の奥が、
わずかに疼く。
心臓とは違う場所が、
冷たく軋んだ気がした。
鼓動が、
一瞬だけ遅れたように思えた。
クロは、額を壁に当てる。
冷たい石が、
意識を現実に引き戻す。
翌朝。
牢の外が少しだけ騒がしい。
「おい、早くしろ」
「鎮圧部隊の編成が終わる前に報告書回せ」
「協会の連中が来る」
鎮圧。
その言葉が、
耳に残る。
次に聞こえたのは、
別の声。
「……残灯の砦、まだ動いとるらしいぞ」
一瞬、
クロの呼吸が止まった。
聞き間違いだと思った。
思いたかった。
看守が笑う。
「退け言われて、退かんのやろ?」
「好きにさせときゃええのに、
向こうも面倒やな」
「命令は命令や」
「期限内でも準備は進める。
反乱扱いになったら即動けるようにな」
胸の奥が、
ぐっと締まる。
(……まだ、いる?)
(……なんで)
(……俺がいないのに)
喉が乾く。
でも声が出ない。
牢の扉の向こうで、
足音が近づく。
複数。
規則正しい歩き方。
協会の者だと、
分かった。
鍵が回る音。
扉が、開く。
眩しさに目を細めた先で、
白と灰の外套が揺れていた。
「……被告、クロ」
淡々とした声。
「本日、処刑日の正式通達を行う」
クロは立ち上がろうとして、
膝がうまく動かない。
それでも、
顔を上げた。
聞きたいことは一つだけだった。
「……砦は」
外套の男は、
一拍だけ置いて答えた。
「七日の猶予は残っている」
「だが」
「鎮圧準備は進められている」
「期限内に退去が確認されない場合、
即時実行に移る」
クロの世界が、
音を失った。
助けるために出頭した。
そのはずだった。
なのに。
まだ、そこにいる。
まだ、残っている。
胸の奥が、
重く沈む。
(……間に合わない)
その言葉だけが、
胸の中で硬く固まった。




