第70章「報告書は静かに閉じられた」
王都、協会本部。
高い天井。
白い石の床。
音は、靴音しかない。
調査官は、一枚の書類を机に置いた。
「……残灯の砦」
名を口にしただけで、
空気がわずかに張る。
「死霊反応、確定」
「浄化標の暴走を、外部干渉により停止」
別の協会員がページをめくる。
「……外部干渉?」
「ネクロマンサーによる死の残滓吸収」
書類に感情はない。
「被害は?」
「最小限」
「死者は?」
「……なし」
一瞬、沈黙。
「能力は高い」
誰かが言う。
「制御も安定している」
別の声。
「だからこそ、体系外だ」
否定は出ない。
調査官が付記する。
「砦周辺に多数の非戦闘員あり」
「自主的滞在」
「離脱勧告に応じる兆候なし」
筆が止まる。
紙が、閉じられる。
「……討伐要請は?」
「現時点では不要」
「制度上の違反は確認できるが、
即時排除の要件は満たさない」
「ただし」
「管理不能と判断された場合、
段階的措置へ移行」
静かな決定だった。
同じ頃。
王城の一室。
勇者は、窓の外を見ていた。
城下では、人々が笑っている。
「……報告です」
使者が膝をつく。
「協会より」
「読め」
「残灯の砦にてネクロマンサーの能力行使を確認」
勇者の眉が、わずかに動く。
「被害は?」
「なし」
「救命行為と判断されています」
勇者は静かに息を吐く。
「……なるほど」
「討伐要請ではありません」
「管理対象とする旨の通知です」
勇者は立ち上がる。
「剣はいらん」
「まだ、な」
窓の外を見下ろす。
「英雄が難民を斬るわけにはいかん」
「選択肢を与えろ」
「退路を用意してやれ」
「それでも残るなら」
一拍。
「それは、覚悟とみなす」
使者は深く頭を下げる。
勇者は再び窓を見る。
砦は遠い。
だが、確実に視界に入った。
剣は抜かれていない。
ただ、鞘に手が触れただけだ。




