第65章「噂は、少しずつ」
朝。
残灯の砦に、
商人が二人入ってきた。
「……久しぶりやな」
「ここ、前より人おるな」
ミケが、軽く手を振る。
「泊まる?」
「いや、今日は通るだけや」
商人の一人が、周囲を見回す。
「……ここ」
「まだ灯り、消えてへんのやな」
「……消してへん」
ミケは、それだけ答えた。
商人は、一瞬だけ言葉を選ぶ。
「……最近さ」
「ちょっと噂、変わってきてる」
クロが足を止める。
「……どんな」
「いや、大した話ちゃう」
「“協会が動いとる”とか」
「“戦場で妙な力が使われた”とか」
ミケが眉をひそめる。
「……妙な力?」
「せや」
「死霊、とか言うてる奴もおる」
商人は慌てて手を振る。
「信じてるわけちゃうで!」
「ただの噂や」
クロは、短くうなずく。
「……ありがとう」
「気をつけて行け」
商人たちは足早に去った。
しばらく、沈黙。
「……噂、早いな」
ミケが言う。
「……名前がついた場所や」
「……広がる」
ヨルが盾を立てかける。
「……不安が、先に走る」
その日の昼。
別の旅人が言った。
「ここ、危ないん?」
「……何が」
「いや、協会が見る場所やって」
誰も、すぐには答えない。
ロクスが小さく言う。
「……見るだけやろ」
誰も否定しない。
誰も安心もしない。
夜。
焚き火の周りで、
誰かがぽつりと言う。
「……離れた方がええんかな」
すぐに、別の声。
「……危ないのは最初からやろ」
「せや」
「でも、ここにおるって決めた」
クロは、少し離れた場所で火を見ている。
噂を止めるつもりはない。
否定するつもりもない。
ここに残るかどうかは、
自分で決めるしかない。
その場にいる理由は、
皆、少しずつ違う。
それでも、
今はまだ同じ火の前にいる。
空気が、少し変わった。
それだけだった。




