第60章「離れなかった理由」
朝。
残灯の砦は、
静かではない。
それでも、
落ち着いていた。
人は多い。
だが、
誰も「安全だ」とは
言わなかった。
クロは、
中庭を歩いていた。
声をかけられる。
「おはようございます」
返す。
「……おはよう」
それだけ。
誰かが、
鍬を担いで通る。
「今日は
外、見てくる」
「……無理は
するな」
「分かってます」
そのやりとりに、
恐れはない。
覚悟がある。
ミケが、
横に並ぶ。
「みんな、
分かっとるな」
「……何を」
「ここが
危ないってこと」
クロは、
否定しない。
フェイが、
レオを背負って
外に出てくる。
「今日は
少し
楽そう」
「……よかった」
フェイは、
クロを見る。
「ねえ」
「ここ、
いつまで
いられるんかな」
「……分からん」
それでも、
フェイは
うなずいた。
「分かってる」
「それでも、
ここにいたい」
理由は
言わなかった。
でも、
視線は
クロから離れなかった。
昼。
見張り台。
ヨルが、
盾を立てかけている。
「……人が増えた」
「……離れる人は
おらん」
「……それが
一番
重い」
クロは、
そう答えた。
夜。
焚き火の周り。
誰かが言う。
「ここ、
危ないよな」
「せやな」
「……でも」
「離れたくは
ない」
別の声。
「クロが
おる」
名前は、
それだけだった。
クロは、
少し離れた場所で
火を見ている。
聞こえている。
でも、
振り向かない。
尊敬されている
つもりはない。
導いている
つもりもない。
ただ、
逃げなかった。
それだけだ。
残灯の砦は、
今日も
灯りを残す。
安全だからではない。
離れなかったからだ。




