第58章「残灯の名」
朝。
砦の門前で、
一人の商人が足を止めた。
「……ここが」
荷を下ろし、
焚き火の煙を見上げる。
「残灯の砦、やな」
クロは、
その言葉で顔を上げた。
「……今、なんて?」
商人は少し驚き、
言い直す。
「残灯の砦、です」
「この辺りじゃ、
そう呼ばれてますよ」
ミケが眉を上げる。
「誰が決めたん?」
「さぁなぁ」
商人は肩をすくめる。
「夜でも灯りが消えへんって」
「避難民でも追い出されへんって」
「せやから、“残灯”やと」
クロは何も言わない。
砦の中。
焚き火。
松明。
窓から漏れる灯り。
確かに、
完全に消えた夜はない。
レインが小さく言う。
「名前、ついてもうたな」
「……勝手に」
ミケが言う。
「……勝手に広がる」
カイが続ける。
フェイが水を配りながら言う。
「名前があると、
来やすくなるね」
「……来てほしいわけやない」
「でも、来る人は来る」
否定する者はいない。
昼。
街道で旅人が話す。
「あそこが残灯の砦やろ?」
「せや」
「泊まれるらしいで」
「勇者様の道の近くやのに?」
「せやから不思議なんや」
噂は、
もう説明を必要としていない。
夜。
クロは焚き火の前に座る。
ミケが隣に腰を下ろす。
「……なぁ」
「名前ついたってことはさ」
「もう、戻られへんってことちゃう?」
クロは火を見る。
「……戻るつもりはなかった」
ミケは、それ以上聞かなかった。
砦は今日も灯りを残す。
消えない。
消せない。
残灯の砦。
その名は、
もう人の口を離れている。




