第54章「一晩の話」
夜。
砦の焚き火は、
少し大きかった。
助けた男は、
火の近くに座っている。
「……落ち着いたか」
クロが聞く。
「はい……
さっきは、
本当に」
男は、
何度も頭を下げた。
「……名前」
「ロクスです」
旅装は、
すり切れている。
「……どこから来た」
「南の、
小さな集落です」
ミケが、
顔を上げる。
「村?」
「……元、です」
ロクスは、
言い直した。
「魔物が出て、
避難しろって
通達は来ました」
「……でも」
「全員は
動けなかった」
フェイが、
静かに湯を差し出す。
「……勇者様の?」
「はい」
ロクスは、
否定しない。
「指示は、
正しかったと思います」
クロは、
何も言わない。
「……でも、
間に合わなかった人が
いた」
焚き火が、
小さく鳴る。
「俺は、
その人たちを
置いて
逃げました」
「……追われた?」
「……はい」
「一人で
逃げてたら、
魔物に」
ロクスは、
拳を握る。
「砦の噂を
聞いたのは、
たまたまです」
「……期待は
してませんでした」
ミケが、
小さく言う。
「でも、
来た」
「……来ました」
クロは、
少し考える。
「……この先」
「……どうする」
ロクスは、
すぐには答えなかった。
「……明日、
考えます」
「……今日は
休め」
それだけで、
十分だった。
夜が深まる。
弓兄弟は、
交代で
見張りに立つ。
ヨルは、
焚き火のそばで
盾を立てている。
クロは、
その様子を
見ていた。
砦は、
また一晩、
誰かを受け入れた。
それだけのこと。
だが。
それだけが、
積み重なっていく。




