第53章「盾の前」
夕方。
風向きが、
変わった。
ヨルが、
壁の上で
眉をひそめる。
「……来る」
門前。
足音は、
ひとつ。
だが、
森の奥で
枝が折れる音が、
重なる。
「……すみません!」
男が、
血を流しながら
駆け込んできた。
腕が裂けている。
息が荒い。
「……魔物が、
後ろに……」
唸り声。
低い。
腹に響く。
クロは、
迷わない。
「……入れ」
門は、
半分しか開かない。
男が転がり込む。
次の瞬間。
黒い影が、
門前に飛び出した。
狼型。
だが、
牙が長い。
目が濁っている。
「三体や!」
レインが叫ぶ。
ヨルは、
前に出た。
「門前、
私が止める」
盾を、
地面に突き立てる。
突進。
ガンッ
衝撃。
腕が痺れる。
足が、
半歩沈む。
「……重い」
二体目が、
横から来る。
レインの矢。
風を裂く音。
肩を射抜く。
三体目が、
跳ぶ。
牙が、
ヨルの首を狙う。
盾が、
軋む。
ミケが、
横から滑り込む。
短剣が、
足を裂く。
血が、
石を濡らす。
だが、
押される。
ヨルの膝が、
一瞬沈む。
その瞬間。
クロが、
前に出た。
杖を、
地面に叩きつける。
鈍い音。
「……止まれ」
影が、
揺らぐ。
三体目の足元。
一瞬だけ、
動きが鈍る。
レインの二の矢。
喉を貫く。
カイの矢。
目を射抜く。
最後の一体が、
唸り、
ヨルを押し込む。
盾が、
きしむ。
クロが、
杖の石突きを
魔物の影に突き刺した。
影が、
縫い止められる。
動きが止まる。
「今や」
ミケの短剣。
喉元。
血飛沫。
静寂。
ヨルは、
盾を下ろす。
呼吸が、
荒い。
「……以上」
男が、
震えながら
砦を見る。
「……噂、
本当やったんや」
クロは、
何も答えない。
「……一晩だけ
泊まれる」
それだけ言う。
夜。
焚き火の前。
ヨルが、
盾を磨く。
表面に、
深い傷。
「……前に立つん、
向いとるな」
ミケが言う。
「守る役や」
ヨルは、
短く答えた。
クロは、
砦の外を見る。
森は、
静かだ。
だが。
血の匂いは、
消えていない。
砦は、
今日も
守られた。
盾の前で。
そして。
噂は、
形を持った。




