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「ということがあったんだけど、どう。悠紀は王子様とかやってみない?」
放課後、一人部室に向かう途中で偶然見つけた悠紀に、アリーシャは昼休みにあったことを話して王子役に勧誘をしてみた。
悠紀は何気にアリーシャよりも背が高い男子で、演劇部でも幽霊部員ながら初期から名を連ねるメンバーだ。
尤も、練習に参加などしたことがないので、王子様役の話題に上がった時に、アリーシャの頭の中で戦力外としてカウントされてはいたが。
「いーや無理だね俺は絶対王子様って感じじゃないし、百歩譲ってあの背中がかゆくなりそうな台詞を言えても、王子の衣装を着るのは断固拒否する!」
返答はまさかの衣装拒否だった。
「衣装結構かっこよくデザインできたと思ってたんだけど」
「かっこいいから無理なのよ。ああいうのは手足の長いすらっとしたイケメンしか着れないの。俺みたいな寸胴が着るとダサさが際立っちゃうの」
そう言う悠紀をアリーシャは改めて上から下まで眺めてみるが、背も高いし、スタイルも悪くなさそうに感じられた。
「大丈夫大丈夫。悠紀もちゃんとかっこいいよ」
「わあ、凄く心のこもっていない返答」
「じゃあさ、今度台詞の読み合わせだけでも付き合ってよ。ほら、王子いないからそのシーンの練習できなくってさ」
「そう言って最終的に王子役に仕立て上げるつもりなんだろう、その手には乗らないからな」
悠紀の攻略は、なかなか難しそうである。
とはいっても、アリーシャとしてはダメで元々で声をかけたわけであったので、そこまで強い勧誘をするつもりはなかった。
元々戦力外と勝手に決めつけていた相手である。
ただ、アリーシャが気軽に話すことが出来る男子生徒が、英会話部の何人かに限られてしまっていたので、手っ取り早く悠紀に決まってしまえばいいという下心があったと言えばあった。
英語では一体どこで覚えてきたのかと聞きたくなるようなスラングで会話する仲であるため、気が抜けていたというか、いつもの悪ノリの延長をしていたというか、そんなふざけたテンションでじゃれていた。
「悠紀、私の王子様になって、私を甲子園へ連れて行って」
「いつから演劇部は野球はじめたんすかねー」
両手を組んで、気持ち上目遣いですり寄ってみたが、効果はゼロのようだ。
ついでに甲子園云々はパッといい感じの台詞が浮かばず、何かのアニメのミームとかで見聞きした内容を適当に語尾にくっつけただけの、特に大きな意味のないものだった。
こういう定型文みたいな台詞は、パッと出やすくてつい使いがちだ。
「アリーシャ!」
悠紀にすり寄っていたアリーシャに、後ろから声をかけてきたのは凛子だった。
凛子は既にジャージに着替えており、走ってきたのか、少し息を切らしていた。
「もう部活始まるよ」
「お、じゃあ俺はここで。じゃあなアリーシャ、凛子も部活頑張れよー」
アリーシャから逃れる口実が出来たのが嬉しかったようで、笑顔で手を振り悠紀は去って行った。
逃げられたアリーシャとしては面白くなかったが、まあ引き際だったのだろうと悠紀を見送った。
「アリーシャ」
アリーシャを迎えに来てくれた凛子は、なんだか少し不機嫌そうだった。
「白雪姫に決まったからって、あんまふざけてんのはよくないんじゃないの。五十嵐さんはまだしも、長江さんはちゃんと白雪姫やりたかったんだし、投票してくれた人を裏切るようなことしないで、ちゃんと練習に参加してよね」
不機嫌というよりは悲しそうに眉をひそめている凛子を見て、アリーシャはショックで固まった。
部活に行こうとしていた途中で悠紀に会い、ふざけた勧誘をしている間に部活が始まり、そして凛子に呼びに来させてしまった。
凛子は小人役の練習があるのに、それを抜け出してアリーシャを心配して呼びに来たら、なんか悠紀と、白雪姫にないような台詞を言ってふざけているだけだった。
それは凛子が怒るのも仕方ないことだった。
「ごめん」
アリーシャは反省と共に、先程の自分が恥ずかしくていたたまれずに俯いた。
凛子だけでなく、美緒莉と冴の三人は、アリーシャが文化祭で白雪姫をやりたいと言ったから演劇部を作ってくれて、それからここまでようやく現実的になってきたと言うのに、当の本人であるアリーシャがふざけていたら、それは悲しくもなるし、怒りたくもなるのは当然だった。
「あたし先行くから、アリーシャも早く来なよ」
アリーシャの謝罪の後、暫くの沈黙があり、凛子はそう言って去って行った。
取り残されたアリーシャは、泣きそうになった気持ちをぐっと奥歯を噛み締めて耐えた。
ここで被害者ぶって泣くのは、絶対に違うとわかっていた。
ちょっとふざけていただけで、すぐに部活に行こうとしていただとか、少しくらい遅れたからってあんなに怒らなくてもいいじゃないかとか、こっちだって王子役を探していただけで遊んでいたわけじゃないんだとか、そんな言い訳が頭の中に過ったが、それはアリーシャ側の意見であって、ずっとアリーシャのために部活を作り、ポスターを作って部員を募集し、オーディション練習のためにカラオケに付き合ってくれたり、小人役を担当してくれたり、ずっと尽くしてくれていた友人側からしたらアリーシャの行動が不誠実に映ったのだろう。
特に後ろからアリーシャを探しにやってきた凛子には、何を話していたかなんて聞こえなかっただろうし、悠紀に絡んで遊んでいるだけのように映ったならば、自分たちが一生懸命練習している間に主役は何をしているのだと、そんな気持ちになるのも頷けた。
アリーシャは大きく一度深呼吸をして、そして駆け足で部活に向かった。
大切な友人への信頼を取り戻すために、そして他の部員の皆に、託してよかったと思ってもらえるため、その日はいつも以上に部活に熱を入れて取り組んだ。




