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一年生が入ってから一週間の部活動の間にあったことといえば、顧問の原先生が活動を見に来てくれたくらいだった。
まだ本格的な衣装の制作ができないため、手持ち無沙汰なのだそうだ。
アリーシャたちが最初の頃にやっていた、朗読をしながらの声出し練習を見学しながら、前例がない中、自主的にこれだけの活動が出来ていて凄いと言ってくれていた。
一週間で緊張していた新入生たちも、その緊張が伝染して緊張していた二年生たちも、打ち解けてきたように感じられた。
最初は照れくささからかふざけることが多かった男子生徒も、周囲が真面目にやる姿に感化され襟を正し、きちんと運動も朗読も参加してくれるようになった。
男子特有の低い声が朗読の中に入ってくると、場が締まって感じられてとてもよかった。
特に今まで男性役を女子が頑張って声を低くして読んでいた二年生の感動は凄まじかった。
そんな先輩たちに囲まれて褒められてしまった男子生徒は、それはまあ張り切ってしまい、彼らのおふざけの時間が縮小したのは、それが原因の一つであった可能性が高かった。
四月も半ばに差し掛かり、咲いた桜は既に散り、若葉が芽吹くこの頃。
黄金週間を前にして、いよいよ演劇部で白雪姫の立候補者を募ると予告された日となった。
「はーい、全員集合ー」
第二体育館に集まった部員に冴がそう呼びかければ、全員なんとなくいつもの位置に集まりその場に座った。
こういう形で冴が仕切るのを見る度、アリーシャは自身が部長をやると言わなくてよかったとしみじみ感じる。
「まずは皆に、白雪姫の台本を配ります。これは二年の佐藤さんが書いてくれたものになるので、大事に扱ってください」
そう言いながら冴は持っていた人数分の台本を、真由美と一緒に配り始めた。
全員に行き届いたことを確認すると、配布を手伝っていた真由美は冴の隣に立って話始めた。
「二年の佐藤です。私は台本担当として演劇部に入部しました。今日配った台本はまだ完成していないと思ってくれていいです。実際に演技して、できることとできないことをすり合わせて修正することを視野に入れた台本です。なので目を通して疑問点があったり、意見があるなら相談しに来てください」
台本を受け取った部員たちは、それを手に取り嬉しそうにはしゃぎながら真由美の話を聞いて、真由美は一例をすると拍手をした。
漸く手にした台本に、アリーシャも嬉しくなって口元が緩んでしまう。
「はい、ありがとう。さて、それでは今日、以前言っていた通り十一月の文化祭で行う劇。白雪姫の主役、白雪姫役をやりたいとい立候補者を募ります」
一拍開けて、冴は部員全員の引き締まった表情を見てから笑顔で続けた。
「オーディションをして、白雪姫役に落ちた場合は、小人の一番台詞の多い役か、お妃様か、語り部当たりの出番の多い役を優先的に選んでもらうという配慮をしたいと思っているので、我こそはと思う人は挙手をしてください」
冴の発言が終わると共に、アリーシャは勢い良く手を上げた。
上げたまま周囲を確認するが、他に挙手をしている人はいなかった。
「じゃあアリーシャ、前に来て。他に立候補者はいないかな。いないなら決めてしまうよ」
アリーシャは立ち上がり、前に立っている冴の方へ向かいながら、誰も手を上げないことを祈った。
このまま誰も立候補しないのなら、誰にだって文句を言われず主役の座に就くことが出来る。
それでも、心のどこか片隅で、本当にそうだろうかという疑問もあった。
何かの物足りなささえ感じていた。
アリーシャが他の部員たちと向き合うように冴の隣に立つと、冴はもう一度部員に促した。
「折角高校生になったんだからさ、何かに挑戦してもいいと思うよ。本当に立候補する人はいないかな」
冴の言葉を聞いて、一年生の集まりの中からひそひそとした声が聞こえてきた。
「やってみたいって言ってたじゃん」
「で、でも」
「でもって言わない、勇気だしなって」
「高校デビューだよ高校デビュー」
「ほら行けって、絶対後で後悔すんだから」
「うううあああっ、はい!」
ひそひそとした話し声から打って変わって、体育館中に響くくらいの大きな声で挙手をしたのは、一年生の長江 千種だ。
千種は、自身の出し過ぎた声が恥ずかしかったようで、挙手したその手をそのままに、顔を赤くして俯いた。
そんな様子の千種の周囲に座っていた女子たちは、千種の勇気ある行動に、小さく拍手をしていた。
「じゃあ長江と、五十嵐もかな、前に来て」
千種に続いていつの間にか挙手をしていたのは、同じく一年の五十嵐 美鈴だ。
呼ばれた二人は挙手した順に、アリーシャの隣へと並んでいった。
「他に立候補者はいないかな。いないようなので締め切らせていただくよ。では、白雪姫を立候補した三人は、順番に自己紹介と意気込みをお願いしようかな」
自己紹介は一週間前にやったはずなのにと、アリーシャはいきなりの話に冴を恨めしく思ったが、当の本人は何食わぬ顔でどうぞというジェスチャーをして促してきた。
「二年生のアリーシャです。えっと、小さい頃。白雪姫のアニメを観て、それがとっても大好きで、白雪姫のドレスを買ってもらって、それを着てアニメを観るくらいにははまっていて、この物語にはとても思い入れがあります。一生懸命演じられるように頑張るので、どうぞよろしくお願いします」
アリーシャが一例をすると、周囲から拍手が起こり、それが終わると続いて隣の千種が一歩前に出て自己紹介を始めた。
「一年の長江 千種です。あの、私はずっと中学まで引っ込み思案で、そんな自分が嫌いで。高校生になって、自分を変えたくって演劇部に入りました。今回の主役のオーディションは、私の挑戦です。何より自分に負けないように頑張ります。よろしくお願いします」
震える声で、それでもはっきりとした声で、まっすぐ前を向きながら千種はそう言い切った。
引っ込み思案だという彼女は、まだ人前で話すのに慣れていないのか、自己紹介が終わって一礼をし、拍手を貰って一歩下がると胸元でぎゅっと両手を握りしめていた。
「一年の、五十嵐 美鈴です。…よろしくお願いします」
千種の後に自己紹介した美鈴は、それだけ言って礼をして終わった。
立候補した三人の中で、一番小さな背丈で、日本人の中でも色白の肌だった。
運動着の下から見える細い脚に、折れそうなくらいの体躯、長く伸ばした艶やかな黒髪が、お辞儀と共にさらりと揺れた。
アリーシャの主観ではあるが、三人の中で見た目で言えばダントツで白雪姫だった。
「はーい、よろしく。では、これからオーディションの詳細をお伝えします」
冴は美鈴の短すぎる自己紹介に特に触れることなく話を続けた。
「白雪姫候補者の三人は、狩人に逃がされ、森で迷子になって一人心細くなった白雪姫のシーンと、『いつか王子様が』の歌唱シーンを皆の前でやって貰い、それを見て誰が白雪姫にふさわしいか、投票で決めてもらうことになります」
かしょう、歌唱。
ディスに―の白雪姫に挿入歌があるのは知っているが、日本語で歌うのか。
アリーシャは急な話に驚いて冴をじっと見つめたが、冴はそんな視線に気づいてもいないように続けた。
「台詞は台本から抜粋したものを用意したので後でお渡しします。当たり前だけど台詞だけでなく動きもつけてやって貰うから、頑張って練習してね」
「はい」
アリーシャは歌唱が必要なことに驚いたまま反応が遅れ、美鈴は声を出さずに頷いたため、はいの返事は千種だけがしていた。
「オーディションに参加しない人たちは、今まで通りの練習を。オーディションはゴールデンウィークが明けてから一週間後にやるので、約三週間後。お休み中も自主練なんかをやって、悔いのないオーディションにしてください」
「はい」
「はい」
今度の返事はアリーシャも遅れながらすることが出来た。
「それと、白雪姫オーディションの間、他の部員達には、どんな配役をやりたいのか希望調査もしていきたいと思います。配役は役者だけでなく、衣装、大道具、小道具の担当も入るので、どんなことをしたいのか、皆も考えておくように」
はいという皆の揃った返事が響いて、その日の部活はそうして始まった。




