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「な、なるほど。どれも個性的ですね」
美術室の空いている机を繋ぎ合わせて座り込んだ面々に囲まれて、演劇部を作るためのポスターをデザインしてほしいと、凡その経緯と共に説明された絵里は、とりあえず全員がデザインしたポスターを眺めながらそんな言葉を口にした。
一つどう考えても無個性なポスターが混ざっているのだが、それに関しては必要事項が書かれたメモ程度にしか認識されていなかった。
「でも流石にこれじゃダメだってのはうちらもわかってんのよ」
自身の作ったスーパーの値札のようなポスターを摘まんでひらひらと振りながら、非常にやるせない気持ちで凛子は言った。
「でも植野さんも美術部の活動もあって忙しいでしょ。難しいなら断ってくれていいよ。私がフリー素材とか使って何とかするから」
流れでついてきた真由美は、絵里が先ほどまで描いていたポスターをちらりと見てそう言った。
色を塗り始めたばかりのそれは、素人目から見ても美しく、これから作品を仕上げるにあたり負担をかけたくないというのは真由美の本心だった。
「あ、いえ。でも、このくらいなら」
そう言いながら絵里は冴がポスターだと言い張った必要事項が書かれた用紙を引き寄せると、自身の筆入れの中から、細先のサインペンのようなものを取り出し、そのままさらさらと絵を描き始めた。
それは横顔の白雪姫が小さな口を開けて、両手で林檎を持っているというデザインのイラストで、白抜きする所を縁取り、余った個所に小鳥やら花やらを描き加え、それが終わるとペンを太いものに変え、黒塗りをしていく。
絵里の作業を全員が取り囲んで食い入るように見つめていたが、ものの数分で、下絵も描かずにステンドグラスのような可愛らしい白雪姫イラストが出来上がってしまった。
「こんな感じのものでよかったら使ってください」
絵里が出来上がったイラストの描かれたポスターを、相手側に見やすいように回転させて差し出すと、すぐさまそれを美緒莉が手にし、凛子もそれを隣で覗き見た。
「すごーい、かわいいー、てんさーい!」
「普通こんなすぐに描けるもんなの、やば。めっちゃかわいいよこれ」
美緒莉と凛子の手放しの称賛の声に、絵里はそんなに褒められると思っていなかったようで、あたふたとしていたが、嬉しそうでもあった。
「植野さん、本当に凄いよ。下書きもなくこんなパパって描いちゃうなんて思わなかった」
「えっと、シルエットだけだから。そんなに難しくなかったので、はい」
騒いでいた二人が手にしていたイラストが手元に回ってきた真由美も、その絵を手に取りまじまじと見つめてそう言った。
絵里は謙遜しているが、何も見ず下絵も描かずに言われた絵を描き上げる技術は、そう簡単に身に着くものではない。
真由美が手にしていた絵が回ってきた冴は、それを見た後、それを描いた絵里の方をまっすぐ見つめて言った。
「ところで植野さんは演劇部に入る気はない?」
「あ、えっと。私、美術部に入っているから、ごめんなさい」
冴の勧誘は空振りに終わった。
絵里の描いたイラストが褒められている間、アリーシャはそれが自分のことのように誇らしかった。
まさか自分の描いた七人の小人の絵がテン・リトル・インディアンズなどと言われることになるとは、大変心外ではあったが、自分の友人の絵があんなにも褒められるのは、聞いていて大変気分がよかった。
絵里はもっと時間をかければもっとすごい絵が描けるのだと、彼女の持っているスケッチブックを取り出して自慢して回りたいくらいだったが、流石にそんな勝手なことはできないので、代わりに本当はもっと称賛の声を聞いていたかったのを我慢して、そっと美術室を抜け出し、近くの自販機から絵里の愛飲している小さめのペットボトルの紅茶を購入して、放課後の誰もいない廊下を、絵里が褒められている声を思い出して、スキップでもしそうな勢いで戻ってきた。
美術部の扉をそっと開け、そのまましれっと皆の輪の中に入ると、冴が絵里から、演劇部の勧誘を断られているところだった。
「絵里」
「あ。アリーシャちゃん」
日頃あまり喋らないタイプの集団に囲まれていた絵里は、アリーシャに声を掛けられ、あからさまにほっとした表情をしていた。
「イラストありがとう。すっごくかわいいよ。これ使わせてもらってもいいかな」
「うん。こっちこそ、こんなに喜んでもらえるなんて思わなくって、嬉しい。もうちょっとちゃんと描けばよかった。でもよかったら使って」
照れくさそうに笑う絵里にアリーシャは先程買った紅茶を差し出した。
「これはお礼ね。部活中だったのに押しかけちゃってごめんね」
「ええ、いいのに」
受け取ろうとしない絵里にアリーシャは紅茶を押し付けるように渡した。
労働には然るべき対価が支払われるべきである、というのはアリーシャの持論だ。
今回のイラストは片手間に描かれたものではあったのだろうが、皆が用意したポスターと比べて、どちらがいいかなんて言うまでもないだろう。
というか、日本人は何かを極めている人間の方が、自己評価が低い傾向にあるのではないだろうか。
堂々と文字だけ印刷してきた冴の傲慢さを、絵里に少し分けてやりたいくらいだ。
尤もそれに今絵里のイラストが加わった結果、ポスターとして採用されてしまったわけではあるが。
申し訳なさそうに紅茶を受け取った絵里に別れを告げ、演劇部の集まりも今日は解散となった。
冴は出来上がったポスターを、掲示物として貼る許可を生徒会を通して取ってくると言って職員室へと行った。
真由美はやると決まったからにはきちんと仕上げてみせると、台本を書くための資料漁りのため、意気揚々と図書室へと向かって行った。
残った三人はバイト組で、各々帰路へと着いた。
***
アリーシャはバイトを終えて家に帰ってきた。
バイト中も、家に帰ってからも、アリーシャは悶々と考えていた。
冴は部活を作るために動いてくれていて、真由美は台本を書いてくれている。
人が集まらないと部活動として動くことが出来ない今、アリーシャはいったい何ができるのだろうか。
まだ本当に動き始めたばかりの話で、なんだったら部活を作るにあたり必要な人数すら集まっていないくらいだから、動いていないのと同じくらいの話ではあるが、それでも何か、新しいことに挑戦しようとしていることが、アリーシャの心を弾ませていた。
そして、それと同じくらいの不安もあった。
今現状が手探り状態で進んでいる。
本当にうまくいくのだろうか、来年の文化祭までに間に合うのだろうか、そもそも人は集まるのだろうか。
そんな不安を拭うためにも、演劇部のために自分が出来ることを何かやりたいと考えていた。




