18
翌日の放課後。
いつものメンバーに真由美を加えた五人は、大体いつも陣取っている自習室の一角に集まっていた。
冴と真由美が隣同士、向かい合うようにアリーシャと美緒莉と凛子が席に着いた。
「一年四組の佐藤 真由美です。こいつに演劇部に入って台本を書けと言われたから今日はお邪魔しました、よろしく」
「二組の関田 凛子でーす」
「三組の花森 美緒莉です。よろしくね、まゆちゃんって呼んでいい?」
真由美の自己紹介に続いて、昨日会っていなかった凛子と美緒莉もそれぞれ軽い自己紹介をした。
「呼び方は好きに呼んで。入部に関してはいくつか条件を付けさせて貰えば入ってもいいって思っている」
真由美の言葉に冴は口角を上げた。
「オーケー。じゃあその条件を聞こうか」
どうでもいいけれど、日本語のカタカナ英語とアメリカ英語だとOKの発音違うよねと、アリーシャは頭の片隅で思った。
「一つ目。白雪姫の台本は、ディズニーアニメの白雪姫をベースに、恋愛要素とメルヘン要素を詰め込んだものにする」
「賛成」
真由美が指を立てながら言った一つ目の条件に、凛子は即座に小さく手を挙げて座った目で頷いた。
方や制服をきちんと着こなし、黒髪で眼鏡をかけた優等生を形にしたような女子。
方や染めたミルクティーベージュの長い髪に化粧をし、規定より短めのスカートを履いて、長い爪やら鞄やらに、様々なデコレーションをしているギャルであるが、趣味嗜好はもしかしたら似ているのかもしれない。
凛子の賛成の声に真由美は軽く頷いて続ける。
「二つ目。書いた台本は皆に見てもらって、役者や舞台の都合やらを考慮して変更することは受け入れる。私はこういうの書くのが素人だから、アイディアもクレームも受け入れ、取り入れていくのはいいことだと思う」
立てた指を一本追加した真由美の話を皆頷きながら聞いていた。
大道具や小道具、どのような準備があるかまだイメージが付いていない、台本に変更が効かなくて準備が間に合わないなんてことがあったら本末転倒である。
「でも、最終決定権は私にあるものとする」
真由美は真剣な表情で言い切った。
「自分の役はこうであるべきだとか、出番がもっと欲しいだとか、そんなわがままを全部聞いていたら物語がぐちゃぐちゃになっちゃう。目立ちたがり屋が変な要求をしてきたとしても、私がダメと言ったらダメ。役者は物語のために存在しているのであって、逆ではない。そこをはき違えるような奴が出てきたら、皆も注意してほしい。これが二つ目の条件」
二本指を畳んだり伸ばした知りながら話す真由美の二つ目の条件にも皆は頷いた。
アリーシャも皆と一緒に頷きつつ、もし自分が主役を貰えたとしたら、そういう形で調子に乗らないようにしようと心に刻んだ。
「そして三つ目。これが一番大事な絶対条件です」
最初の二つになかった前置きを、真由美は三本目の指を立て全員の顔を見渡しながら言った。
そうして全員がちゃんと自身の話を聞いていることを確認してから、彼女は話を続けた。
「私は絶対に。何があっても、絶対に。役者として舞台に立つことはしません」
「え、そうなの」
真由美の力強い拒否の声に、アリーシャは思わず驚きの声を上げてしまった。
何だったら台本を書いてやるのだから主役をやらせろとまで言われる可能性すら頭の片隅にあったくらいだった。
「絶対にやらない。絶対台詞飛ぶ。人が沢山見ている中で演技とか、絶対絶対無理。台本も演技指導も監督も雑用も何でもやってやってもいいけど、役者だけはやんない、ほんのちょっとの出番でも絶対やんない、絶対やんない!」
何かに怯えるように頭を抱える真由美は、過去にトラウマでもあったのだろうか。
普通は主役をやりたいというのだと思っていたアリーシャにとって、真由美のその反応は想定外だった。
「台詞のない役とかでちょこーっと出てみればいいのに。いい思い出になるよきっと」
「絶対嫌」
軽く言った凛子の提案も真由美は間髪入れずに断った。
「まあまあまあ。役者はこれから頑張って募集すればいーし。真由美が台本も監督も演技指導も雑用もやってくれるっていうんだから、そっちを任せればいいじゃない」
冴はこのどさくさに紛れて例え話を決定事項にした。
「でも、条件がその三つだけなら、私は大歓迎だよ」
「あたしも異議なし」
美緒莉が真由美の入部を歓迎すると、凛子も小さく手を上げて賛成の意を示した。
「私も。台本大変だと思うけれど、佐藤さんにお願いしたいです」
昨日の放課後話をしたばかりだというのに、真由美は本気で考えてきてくれた事が伺えて、アリーシャは嬉しかった。
「わかった。私もわからないことばかりだけれど頑張るので、よろしくお願いします」
真由美が頭を軽く下げて、皆がそれに拍手をして真由美の入部が決まった。
「じゃあ真由美の入部は決定ということで。部活設立には最低後一人の名前が必要となります」
既に昨日勝手に真由美の名前を記入していた部活の開設届が入っているクリアファイルを取り出して、冴は話を切り替えていく。
「ということで宿題はできているかなー」
そのテンションは、幼子に向けて先生が言うそれと同じようなものだった。
「はーい」
そしてその幼子のテンションで、手を大きく上げながら美緒莉は返事をした。
「宿題って?」
昨日の話し合いに参加していなかった真由美は当然話についていけず、隣に座っている冴に尋ねた。
「昨日部員募集のポスターを作ってこようって話になってたんだよ」
「そうそう。みんなで作ってきて、見せ合いっこして、いいやつを掲示しようって話してたの」
そう言いながら美緒莉は鞄から、かわいらしいキャラクターの書かれたクリアファイルを取り出した。
「ではでは、早速私から発表しまーす」
発表とはまた違う気がするが、ここで水を差すのもまた違う気がしてアリーシャは美緒莉が作ってきたポスターを取り出すのを待った。
可愛らしいファイルから取り出されたそれは、非常にポップな手書きの字体で書かれた、“演劇部部員募集”の大きな文字だった。
残りの必要事項も小さくはなっているが、同じような字体で書かれているため、全体的にもこもことした雲がぎゅっと詰まっているようなポスターになっていた。
余ったスペースには林檎や星などの図形のようなイラストが角度を変えてランダムに描かれている。
「この林檎は、白雪姫イメージなのかな」
美緒莉の斜向かいに座っていた真由美は、そのポスターをまじまじと見ながら質問をした。
「そうなの。私絵があまり得意じゃないから、かわいい感じの字で書いて、余ったところに描ける絵を描いてみたの、林檎なら簡単だし」
全体的に可愛らしく仕上がっているが、パッと見て何のポスターなのかはわかりにくい。
そんな印象のポスターとなっていた。
「じゃ。次あたしね」
そう言いながら凛子が出してきたポスターも、美緒莉と同じく文字主体の物だった。
そしてそのポスターを見たアリーシャは、非常に既視感を感じた。
懐かしさすら感じさせないくらいのごく最近の間に、これと同じようなものを見たような気がする。
アリーシャがその正体にたどり着くよりも先に、同じく既視感を感じた周囲がその正体を口にした。
「いや、これスーパーの安売り札かよ」
冴の言葉でアリーシャ舌の先にあったそれの正体が判明した。
そうと言われてしまえば、凛子のポスターはもうそれにしか見えないくらい、本当にそのままそれだった。
美緒莉の物とは違う角の取れた柔らかいゴシック体の文字に、下線まで引かれている。
“大安売り”の文字が書かれていないのに見えるようだった。
「あたしのバイト先スーパーでさあ。こういうの書こうとするともうこの形になっちゃうんだよねー」
ある種の職業病というやつなのだろうか
「関田さん文字上手いねー」
「凛子でいいってー」
周囲がなんとコメントするべきかと沈黙が落ちたところで、まじまじとそれを見ていた真由美が褒められる場所を見つけてそんなことを零した。
「インパクトで言うと現状ナンバーワンだな」
冴のそんな言葉に凛子は頬を膨らませた。
「そう言う冴はどうなんだよ」
そうせっつかれた冴は、部活設立のための書類の後ろに挟んでいた自身の作ったポスターを机の上に出した。
それはまさに、文書ソフトにそのまま必要事項を記入し、文字の大きさを調整して印刷してきただけの、空白の多い、ポスターというより書類だった。
「ぜんっぜん人のこと言えないじゃん」
「さえちゃん。流石にこれはないよ」
「あんたねぇ、これ本気で掲示するつもりだったの?」
凛子、美緒莉、真由美と続けざまに出てきた言葉は、それに対する文句だった。
「辛辣ぅー」
全く落ち込んでいない様子ではあるが、冴は唇を尖らせて拗ねたふりを見せた。
対面に座るそんな様子の冴の肩に手をやり、アリーシャは首を振った。
「冴。せめて空白は何とかしよう」
他の二人は文字やら小さなイラストやらでめいっぱい空白を埋める努力をしたのに、冴にはそのような努力の痕跡が一切なかった。
皆の反応は辛辣ではなく、妥当だ。
「ま。何はともあれ、最後はアリーシャだね」
何の努力の欠片も見えない書類を、机の上に置いてある二人のポスターの隣にしれっと並べて冴は何事もなかったかのように話を進めた。
アリーシャは、全員の視線が自身の方へ向くことに、少しの緊張を感じながら、それでも昨日頑張って作ったポスターを自慢げに思いながら、自身の描いてきたポスターをテーブルの上に出した。
必要事項の書かれたポスターの下部の余ったスペースに、白雪姫に登場する七人の小人たちが、楽しそうにダンスを踊ったり、薪割をしたり、宝石を掲げたりしている。
そんなつもりで描かれたポスターを見た面々は、顔面蒼白で絶句していた。
アニメやイラストを見ることはあっても、描くことはほぼなかったアリーシャの絵は、幼少期に描いたころの画力で止まっていた。
それでも、四人の中で唯一キャラクターのイラストを入れるという努力をしてきたことを褒めるべきだったのだろう。
それでも、お世辞でも誉め言葉が出てこなかった理由としては、描かれていた拙いはずのイラストが、一周回ってどこか恐怖と精神的不安を感じさせる独特の不気味さを醸し出しており、それに対してどうコメントするべきか言葉に詰まっていたのが原因であった。
「これは…インディアンが一人ずつ消えていく歌の、途中のやつ」
「演目は『そして誰もいなくなった』だったっけかな」
美緒莉の放った言葉は、疑問ではなく断言だった。
それを聞いてすぐにアガサクリスティーの長編小説に演目を変えてきた冴の言葉を聞いたアリーシャ以外の面々が、改めてアリーシャのポスターを見てみると、確かにそれは『そして誰もいなくなった』のポスターにしか見えないくらいの出来栄えだった。
そんな中、美緒莉の言葉を聞いたアリーシャは一人で静かにショックを受けていた。
この中で一番おっとりとした性格の美緒莉が、自身の絵を馬鹿にしたり貶したりするはずがなかった。
そして、美緒莉の言葉に対して、周囲は冗談だと笑ったり、おどけたりする様子もない。
なんなら真由美なんかは、無意識かどうかわからないが、小さく頷いてまでいた。
「七人の小人、のつもりだったんだけれど」
アリーシャは自身の描いた絵にすっかり自信を無くして、ぎこちなく呟くと、周囲はああと小さく漏らして何度か頷いた。
「ああ。じゃないんですけれど!」
かわいいと言ってもらえる予定だったアリーシャは、両の拳を小さく机に叩きつけて項垂れた。
「いやあ、一周回って好きだよ私は」
「ごめん。ちょっとあたしには怖く見える」
まじまじと絵を見る冴に対し、怖いものが苦手な凛子は身を縮こませていた。
アリーシャは悔しかった。
なんならこの中で一番頑張ってきたくらいの自信があった。
しかし、冷静に見てみれば、怖いと言われて納得できてしまいそうな自分もいた。
「まゆちゃん絵が描けたりする?」
「いやあ、私は絵はさっぱり」
アリーシャが悔しさを噛み締めている最中、美緒莉が真由美に絵が描けるか尋ねていた。
そんな会話がされるくらいには、ここにあるポスターの完成度がいまいちだというのが共通認識であった。
「わかった。こうなったら最終兵器を使う」
そう言うとアリーシャは立ち上がった。
実はポスターを描くという話になった時に、心当たりが一人浮かんでいた。
自分たちでやると決めたからには、頼るのは違う気がしていたが、どうこう言っている場合ではないということは結果を見ても明らかだった。
自分の描いたポスターをしまい、荷物を持って立ち上がったアリーシャに、周囲の面々は興味本位で続いた。
「何処行くの?」
「最終兵器って何?」
なんて言いながら楽しそうについてくる彼女らを一旦無視して、廊下をひた歩き、自習室とは反対の一階の端の方にある美術室へと辿り着いた。
一般的な教室と違い、少し重い扉をそっと開けると、中では美術部の部員が和気藹々と活動をしていた。
顔を覗かせ、目的の人物がいることを確認したアリーシャは、そのままそっと中に入ったので、後からついてきた全員がそれに続いた。
アリーシャはたまにこうして美術部にお邪魔することがあったため、勝手知ったるといった感じでお邪魔したが、続いた面々は授業以外で入ることがなかったので、美術部の活動を物珍しそうに見まわしていた。
「絵里」
美術部の端で、アクリルの絵の具を使いアリーシャたちの描いていたようなコピー用紙ではなく、ちゃんとした画用紙に色付けをして愛鳥週間のポスターを描いていた生徒の前でアリーシャは立ち止まり名前を呼んだ。
名前を呼ばれた彼女はゆっくりと顔を上げて、驚きで固まった。
長い黒髪を一つ結びにし、目にかからないくらいの厚めの前髪に、丸い眼鏡をかけている、高校生にしては少し長めのスカートを履き、いつもは教室の端の方で、同じような子と一緒に密やかに過ごしている。
それが植野 絵里という人物だった。
アリーシャと仲良くなったのは、絵里が友達とアニメの話をしていたところを、アリーシャの方から話しかけたのが切っ掛けだった。
思ったよりも強い熱量でアニメのキャラクターやら作画やら音楽やら、原作の漫画やライトノベルについての話題まで掘り下げで話ができるアリーシャと絵里はすぐさま仲良くなり、美術部で一緒に話をしたり、アリーシャのホームステイ先と絵里の家が近いこともあり、休日は一緒にアニメを見たりゲームをしたりして遊ぶ仲になっていた。
しかし、絵里は、今アリーシャの後ろに引き連れている面々と、唯一真由美とは少しは話が合いそうではあるが、残りの三人はどう考えてもキャラが違うため、話したことがなかった。
アリーシャにとっては、話したことがなくても、友達の友達というもの同士が一緒に遊んだりパーティーをしたりするのは普通のことだったので、何も気にしてはいなかったのだが、絵里は、いきなり美術部とは縁のなさそうな、派手で気が強そうな人たちを引き連れてアリーシャがやってきたことに、驚いて思考停止していた。
「あのね。力を貸してほしいの」
それは本当に私如きが力になれるものなのだろうか。
絵里は後ろに立っている華やかな面々を眺めながら、顔を引きつらせてそう思った。




