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「で?」
結局、先程までいた自習室へと戻ってきた三人は、冴が図書室の彼女にジュースを奢って、空いている席に着いた。
アリーシャと冴の向かい側に座り、渡されたホットココアのプルタブを開けながら、彼女が不機嫌そうに言った言葉が冒頭のそれである。
「まあまあ、まずは初めまして同士もいることだし、自己紹介といこうじゃん」
ココアを飲みながら冴の言葉を聞いていた彼女は、それもそうねと言って缶を置き、アリーシャの方に向き直った。
「佐藤 真由美四組の、私も一年生よ。アリーシャさん、で合ってるよね?」
真由美は冴に向けていた視線と打って変わって優しい表情と声で自己紹介をしてくれた。
「はい。アリーシャです。アメリカから留学していて、冴とは同じクラスです、よろしくお願いします」
アリーシャは自分の自己紹介が日本語を勉強したての頃の、定型文みたいな話し方しかできず少し恥ずかしくなった。
「はーいよろしく。じゃあ話を本題に戻すね」
そんなアリーシャの心境を知ってか知らずか、冴はさっさと本題へ話を移行した。
「私たち、来年の文化祭で劇をやりたくって、演劇部を作ろうと思ってるんだけど、真由美も入ってよ」
「断る」
「それで、台本を書いてほしいんだけれど」
「断るって言ってんじゃん」
「劇は、白雪姫をやろうと思っていて」
「はあ?」
「メルヘンな感じのやつをお願いしたいんだけれど」
「…本気で言ってるの?」
「本気で言ってる」
間髪入れられない言葉のやり取りに圧巻されていたアリーシャではあったが、冴の言葉に真由美の意思が揺らいでいるように感じられた。
アリーシャは真由美とは今日会ったばかりなので、彼女が何が嫌で断ろうとしていて、何が原因で決心が揺らいでいるのか、正確なところは全く分からなかったが、ここは押すべきだということだけはわかった。
「私からも、よかったらお願いします」
ずっと静観していたアリーシャの言葉を聞いて、真由美はアリーシャの方へ顔を向けた。
「文化祭で劇をやりたいって言いだしたのは私なの。演目は白雪姫がいいって言ったのも私。冴は私のわがままに付き合ってくれているだけで、本当は脚本を書いてくれそうな人を探したり、お願いしたりするのも私が頑張らなきゃいけないことだったのに、冴に頼り切っちゃってて。だから私からも、佐藤さんがもしよかったら、お願いします」
そう言うとアリーシャは、日本人の礼節に倣って頭を下げた。
「うわあ、違うの。アリーシャさんにそこまでさせるつもりはなくって、だから頭を上げて。くっそ、卑怯だぞ冴」
まさかそこまで丁寧にお願いされると思っていなかった真由美は、いきなりアリーシャに頭を下げられて取り乱した。
非難された冴は目をそらしながら肩をすくめ、自分は関係ない風を装った。
真由美に言われた通り頭を上げたアリーシャに、疲れ切ったようにため息をついた真由美は、観念したように喋り始めた。
「私とそこの冴はね、一緒の小学校だったの」
「幼稚園から一緒だから、まあ幼馴染ってやつだな」
冴の補足を聞いた真由美の表情は、過去を懐かしむ物とは程遠く、鬱憤を抑え込むような苦悶の表情をしていた。
「私はね、普通の女の子で、かわいいものが好きで、童話とかもよく読んだりしていたの」
過去の自身を語る真由美の表情は穏やかな笑顔だ。
「小学校の低学年くらいまではね、サンタさんを信じていたりね。ちょっと夢見がちなところがあったんだけれど」
そこまで言うと眉間にしわを寄せ、苦虫を噛み潰したような表情となり、先程までの声と比べ低くなった声で、絞り出すかのように言った。
「その夢を全部ぶっ壊したのがこいつでした」
真由美が親指で指した先には、笑顔で小さく手を振る冴がいた。
「小学校低学年でサンタがいないことを懇々と説明し、シンデレラに憧れていた私に、原作のシンデレラは人殺しだと言って、原作がいかに残酷かを語り、少女漫画とかを貸してやると、主人公の性格が図太すぎて共感できないとか言ってきて、メルヘンとか恋物語とかに恨みでもあるのかっていうくらい私と気が合わない奴なのよこいつは。海の家のお泊り会の夜に、みんなで集まって恋バナじゃなくて怪談始めるような奴なのよこいつは!」
握りこぶしを作って語る真由美の様は、実体験に基づいているだけあって鬼気迫っていた。
「いやでもお前、そういう割に原作の童話も結構読むようになったし、海の家の怪談だって結局参加してたじゃん」
なんだかんだ言ってノリがいいんだよね、こいつとアリーシャに言いながら冴は笑っていたが、そういう問題じゃないと怒っている真由美を見て、アリーシャは、ああ冴に振り回されて苦労しているんだなと同情した。
「と、に、か、く。とにかくよ。そんな奴からの話だから、また何か裏でもあるのかと思ったの。原作の白雪姫って結構ダークなところもあるじゃない」
さもありなん。
今までの真由美の経験からして、冴がメルヘンで乙女チックな劇をやると言い出すなんて思いもよらない提案だっただろう。
「それで。真由美が好きそうな路線の白雪姫を、来年の文化祭でやりたいんですけれども、演劇部に入って台本を書いてはくれませんかね」
ココアを飲みながら冴の話を聞いていた真由美は、視線を彷徨わせ、迷っているようだった。
「ちょっと考えさせて」
真由美は申し訳なさそうにそう言った。
「誘ってくれるのも、私に期待をしてくれるのも嬉しいんだけれど、台本とか流石に書いたことないし、ちゃんと書けるか自信がない。無責任で引き受けたくないの」
だからとりあえず明日まで待ってと言った真由美と別れ、冴とアリーシャは帰路へと着いた。
「ね。結構ノリ良かったでしょ」
自習室を出た先で、冴はそう言って笑った。
確かに最初は全くやるつもりがなさそうだった真由美は、最終的に検討をしてくれると言ってくれた。
アリーシャからしたら、真由美はノリがいいというよりは、優しくて真面目な性格なのだろうという印象だった。
徒歩通学の冴とは昇降口で別れた。
最初の頃は上履きのまま帰りそうになったり、靴のまま校舎に入ったりしそうになっていたが、ここで靴を履き替える習慣も慣れてきたものだ。
時間を確認すると、もう少しでアリーシャのバイトの時間だった。
自転車を少し強めに漕いでバイト先に向かうアリーシャの表情は晴れやかだった。
勇気を出して言ってみて良かった。
今までバイトのために入っていなかった部活動というものを、アリーシャはこれから、どうやら開設から始めることになるらしい。
新しいことを始めるという試みに、アリーシャの心は弾んでいた。
青春をしたいという理由で留学してきたアリーシャの一年が、もう少しで終わろうとしている頃に、新しいイベントが飛び込んできた。
それは何て素敵で、なんて夢のような話なのだろうか。
部活の開設に必要な人数も揃っていない。
劇の台本もできていないし、アリーシャが主役の座を貰えるかもわからない。
そもそも本当に演劇部を作って、文化祭で劇が出来るかなんて、全然まだわからない。
ないないづくしで、本当は絶望的な状況のはずなのに、何故今こんなにも楽しいのだろうか。
自転車を漕ぎながら、アリーシャは叫んで笑い出しそうだった。
秋の冷たい風が体に当たるのに、自転車を漕いで熱を帯びた体は、熱く火照っていた。
いつも通りバイトを頑張ったアリーシャは、家に帰り、夜の身支度を済ませ、勉強もいつも通り終わらせた後、真っ白なコピー用紙を前に頭を捻っていた。
演劇部の部員募集のポスターを作るという宿題に取り組み始めてみたものの、これが意外にも難しかった。
ポスターに書き込むべき内容をメッセージで確認したところ、演劇部員募集、文化祭で発表を目標、演目が白雪姫であることを書いていいとのことだった。
入部希望者は入部届を各クラスの担当教師に提出すると、冴の所に集まるようになっているとのことだ。
文字だけの情報だと目につかないので、イラストなどを入れて作るのが一般的だ。
専用のイラストソフトを使って作るのもいいが、高校のこういう張り紙は割と手書きが一般的で、色はコピーをして貼るため塗らない。
かわいいイラストを入れたポスターを作りたいという気持ちはあるが、どういったデザインがいいのか浮かばなかった。
アリーシャの高校でできたアニオタ友達は絵が上手いが、これは自分の手で仕上げたかったので、頼むという選択肢は消した。
アリーシャのできる範囲で、かわいらしい雰囲気を考え、七人の小人をモチーフにしたポスターを作ろうとペンを執った。
何度も下書きをして消して書き込んでを繰り返し、悪戦苦闘して出来上がったポスターを鞄に入れて、明日出来上がったポスターを見せ合おうと美緒莉から届いていたメッセージに、了承の返事をし、アリーシャはやり切った思いで床に就いた。
明日、皆のポスターを見るのも、自分のポスターを見せるのも、どちらも楽しみだ。




