15
「で?」
翌日、休み明けの月曜日。
いつもの日常を過ごし、授業も終え、掃除も終えて、放課後となった。
学校にある、生徒が雑談などをして集まることが出来る自習室の一角を陣取り、四人は集まっていた。
凛子と美緒莉に向かい合うように、冴とアリーシャが席に座り、凛子が半分くらい苛立ちを交えながら、チョコレート菓子の袋を開けつつ放った第一声がそれである。
ついでに、ここでの飲食は禁止されていない。
「でぇー?」
凛子の前の席に座った冴が、首をかしげながら意味深に笑ってとぼける。
そのまま視線がアリーシャの方へ向いたので、アリーシャに何かを訴えているようだったが、アリーシャはそれに対してなんて答えていいかわからなかった。
日本人はよく一文字くらいの言葉で会話をするが、こちらからすればそれは普通ではないし、何を言っているかもわからないから、きちんと説明して頂きたいところだ。
「でーじゃねぇよ。文化祭、どうすんのかちゃんと説明するんだろ」
凛子は文句を言いながら開けたチョコレートを全員に配り始める。
冴に対して苛立っているようだが、ちゃんと冴の分もチョコレートを配っているあたり優しい子なのだ。
「そうだよ、文化祭。みんなで劇やるんでしょ」
そう言って今度は美緒莉がスナック菓子を開けてテーブルの真ん中に置いた。
凛子から貰ったチョコレートにお礼を言って、よければこっちもどうぞと皆に声をかけた。
アリーシャも美緒莉に倣ってお礼を言ったが、自分もお菓子を何か買ってくるべきだったのだろうかと少し反省した。
そんなアリーシャの反省をよそに、同じくお菓子を買ってこなかった冴が、喜びながらお礼を言って、早速スナック菓子に手を伸ばしたので、アリーシャの気まずさは半減した。
それでも、次何か機会があったら、その時はお菓子を持ってこようと心に小さくメモをした。
「んー。じゃあまずはその話からしとこっか」
頬張っていたスナック菓子を飲み込んで、冴が漸く本題を話し始めた。
「まず劇をやるにあたって、昨日話した通りクラスの出し物でやるのは現実的ではないのはわかるよね」
クラスの出し物としてやる場合、参加者は同じクラスの人となるため、別のクラスになってしまった場合、その人は参加が出来ない。
もし奇跡的に全員が同じクラスになったとしても、クラスの出し物を演劇にしたいと提案をし、クラスの過半数から賛成を貰わなければならない。
そしてその条件をクリアしたとして、文化祭の準備期間は多く見積もっても一ヵ月。
その期間で準備から発表まで行うのは、まあ現実的ではないという話だ。
アリーシャは冴の言葉に頷いた。
「でも、冴はやれると思っているんでしょ?」
そうでなければアリーシャに、あんなメッセージを送ったりなんかしてこないはずだ。
「そう。クラスの出し物では演劇が出来ない。なので我々は今から、部活動を結成したいと思いまーす」
そう言って冴は鞄から大げさにファイルに入れられたプリントを一枚取り出した。
スナック菓子の隣に置かれたその書類は、部活動結成にあたり必要な書類だった。
「なるほどー。つまり、部活動枠で参加するってことだね」
興味津々といった感じで身を乗り出して、ついでに隣のスナック菓子を摘まみながら美緒莉は感心しながら言った。
文化祭はクラス枠と部活動枠での出し物が行える。
アリーシャは部活動には参加していなかったためピンと来ていなかったが、確かにクラスの出し物の他にもやることがあるのだと、クラスの出し物のシフトを調整してもらっているクラスメイトがいたり、文化祭の出し物で部活動の体験や、文化部の作った作品の展示があったことを思い出した。
「部活かー。いいね、演劇部ってことだよね」
先程まで不機嫌そうだった凛子も楽しそうだ。
「そ。まあ部活名は何でもいいらしいんだけれど『演劇部』が妥当かな。今うちの学校演劇部ないし、作ってもいいでしょうってことで」
そう言いつつ、冴は中心に置いた書類を自身の方に引き寄せて、必要項目を埋めだした。
まず部活動名が『演劇部』へと決まった。
「それで、部活を行うには何か目標が必要となります。運動部の方は全国大会、文化部はコンクールの出場とかね」
冴の言う目標の具体例が大きすぎて、アリーシャは少し怯んでしまった。
「それって、文化祭での発表とかではだめってこと?」
「いいに決まってんじゃーん」
自信なさげなアリーシャの言葉を吹き飛ばすかのような凛子の言葉にアリーシャは安心したが、その後隣の美緒莉に大丈夫だよねと確認をとっている姿を見て、なんの根拠もなく肯定したのかと苦笑した。
「大丈夫大丈夫。野球部だって甲子園どころか地区予選突破できてないし、文化部で賞取ったのって書道くらいじゃなかったっけ。うちそんなに部活盛んじゃないし、志文化祭程度の演劇部が出来ても、誰も怒らないって」
そう笑いながら冴は目標の項目を『文化祭での発表』と記入していった。
「で。ここからが大事なお話」
冴は書いていた書類が皆に見えるように左手で摘まみ上げた。
「ここにいる四人は、バイトはしてるけど部活はしていなくって、演劇部に入る意思はあるっていう認識でいいかな?」
「はーい。問題ないでーす」
「あたしも勿論オーケー」
「うん。あの、ありがとう。私もやってみたい」
元気よく手を挙げて返事をした美緒莉に続いて凛子も当たり前のように頷いた。
アリーシャが二人に遅れて返事をしたのは、二人の顔色を窺っていたからだ。
演劇部を作るだなんて大きな話になっているのは、アリーシャがやってみたいと口に出したせいだからだ。
「そして勿論私も参加と」
そう言って冴は書面を一度戻して、部員名簿に全員の名前を書いていく。
全員名前を書き終わった冴は、もう一度書類を摘まみ上げ、右手でペンを持ち、名簿欄の上に書いてある注意事項を指しながら現状の説明をした。
「はい。これで四名の枠が埋まりましたが、部活動結成には最低六人の部員が必要となりまーす」
ガクリと、頬杖をついて話を聞いていた凛子の手から頭が落ちた。
「つまり最低でも後二人誘えってことね」
「そういうこと」
書類を手元に戻して冴は話をつづけた。
「ぶっちゃけ言うと、四人だろうが六人だろうが、演劇やるんだったら全然人足りてないのはわかるよね」
場に流れたのは沈黙だったが、その沈黙は肯定と同じだった。
「一年の二学期も終わるこの時期に、今まで部活やってなくって新しく部活始めようだなんて思う子もそうそういないっていうのがまあ普通かな」
冴の言っていることが正しいのはアリーシャでもわかるため、その分辛かった。
「でも演劇部だなんて今までなかったし、興味持って参加してくれる子もいるかもしれないし」
美緒莉の消極的な可能性に賭けた反論が、アリーシャには嬉しかった。
「そうだね。まずはそういったふわふわした奴から付けこんで行こうね」
だが、その言葉を冴が肯定するとは思っていなかった。
「そういえばそういう奴だったよ、冴は」
呆れたように凛子は言ったが、アリーシャは冴が頼もしく見えてきた。
「最初の目標は、幽霊部員だろうが掛け持ちだろうが、すぐ辞めてしまいそうなやつだろうが何でもいいので後二名、ここに名前を埋めること」
名簿の四人分の名前の下にある空欄二つをペンで指し冴は続ける。
「それで正式に部活動として認められて、顧問を付けてもらえたら、生徒会から予算を分捕ります」
握り拳を作って話す冴は頼もしいはずなのに、急に物騒な話に思えてくるのは何故なのだろうか。
アリーシャの脳内にはあの手この手で生徒会から予算を巻き上げていく冴の姿が浮かんでいた。
「で。その予算で衣装とか大道具小道具の準備をしつつ、脚本を仕上げて、二年生になったら一年生の新入部員を入れて、本格的な活動をするというプランでいかがでしょうか」
具体的なプランの提案に美緒莉は感嘆の声と共に小さく拍手をしたので、アリーシャもそれに続いた。
「あたしもそれで大体賛成だけどさ、衣装とか脚本とか準備すんなら、劇の内容は何にすんのかも決めとかないとじゃん」
その辺どうなのよと言いながら凛子はアリーシャに視線を送ってきた。
そしてその視線に促されるように、残り二人の視線もアリーシャの方へ向く。
具体的なプランを立ててくれたのは冴ではあったが、最初に演劇をやりたいと言ったのはアリーシャだ。
やりたい演目は決まっている、でもまだ誰にも話していなかった。
アリーシャは集まっている視線に喉がカラカラになって、思わず唾を飲み込んだ。
頭に浮かぶのは、昔馬鹿にされて塞ぎ込んでいた自分の姿だった。
それでも、ここにいる皆はアリーシャのために集まってくれて、冴は具体的なプランまで考えてきてくれた。
だからアリーシャは、その視線に応えなければならないということも、わかっていた。
「白雪姫」
口にした途端、自身の体が熱くなるようだった。
一気に汗が噴き出してきて、脈がとても速くなり、視線を誰とも合わせられずに彷徨わせた。
それでもちゃんと伝えなければと、震える唇を引き締めて、もう一度ちゃんと口に出した。
「白雪姫。を、やってみたいと思っています」
アリーシャは、かつて自身の日本語が下手くそだった時のような声が出た。
それでもちゃんと、口に出して言ってしまった。
アリーシャは、自身の発言にどんな言葉が返ってくるかが恐ろしくなって、口も目もぎゅっと閉じて膝の上で両の拳を強く強く握りしめていた。
そんなアリーシャの耳に入ってきたのは、凛子がトンと小さくテーブルを叩いた音だった。
「いいね、白雪姫」
そう言った凛子の目はキラキラと輝いているようだった。
「アリーシャもホラー系のやつやりたいとか言ったらどーしようかと思ってたんだよね」
アリーシャは凛子のその言葉に、そういえば兄のやった青髭を彼女はひたすら怖がっていたことを思い出した。
「いやいや、全然。やろうと思えば白雪姫だってホラー路線狙えるよ」
冗談なのか本気なのか、含み笑いをしながら言う冴の言葉を聞いて、美緒莉が頬を膨らませた。
「やだよー。せっかくならかわいくてメルヘンな感じのやつにしようよー」
「そうだそうだ。アリーシャだってホラーやりたくて白雪姫がいいって言ったわけじゃないんでしょ」
美緒莉の言葉に凛子も賛同し、アリーシャにも話を振ってきた。
アリーシャも勿論ホラー路線で白雪姫をやるつもりは毛頭なかったため、凛子の言葉に頷いた。
「うん。私もホラーをやりたいとは言ってない」
「ちぇー。なんだあ」
三人からホラー路線の白雪姫を否定された冴ではあったが、彼女自身も冗談で提案をしていただけのようで、言葉では残念がっているようなことを言っているが、表情からするに別段本気で残念がっているようではないのは見て取れた。
「あのね。それで、私が主役の白雪姫をやりたいっていったら、皆はどう思う」
アリーシャのその言葉に、場には一瞬の沈黙が下りた。
そしてその沈黙の間、三人分の視線がアリーシャの方を向いていた。
アリーシャは下を向きたくなる気持ちを奮い立たせ、三人とそれぞれ視線を合わせて彼女たちの表情を窺った。
そして、アリーシャの視線の先にいた彼女たちの表情は、なぜわざわざそんなに緊張してそんなことを言ったのかわからないといったような、きょとんとした表情だった。
「いや逆に準備頑張るから誰か主役やってって言ったらそっちの方がびっくりするわ」
「アリちゃん背高いし、主役映えると思うなあ」
沈黙を破った凛子と美緒莉の言葉は肯定的ではあったが、アリーシャは二人の言葉を素直に受け止めることが出来なかった。
「でも私、肌の色とかみんなと比べて黒いし、白雪姫って感じじゃないじゃん」
アリーシャは震える声で必死に絞り出した自身の言葉に、自分自身で傷ついた。
自分の肌の色を嫌いになったことなんて、人生で一度たりともなかった。
両親の肌の色を受け継いで生きていることを、誇りに思うことはあっても、侮蔑や軽蔑を受ける謂れははないと、はっきり胸を張って言える。
だからこそ、自身の肌の色を否定的に取られるような発言をしてしまったことに、自分自身で傷ついた。
そして、自分が、白雪姫のようになりたいと、両親に買ってもらった特別なドレスを着て笑っていた、幼かった頃の自分を否定してしまったような言葉を口に出してしまったことにも傷ついていた。
「え。あ、そっか。白雪姫って白い肌の女の子か」
そんなアリーシャの心中を他所に、アリーシャの耳に入ってきた言葉は、まさかの凛子の言葉だった。
「いやでも別に、それってストーリーに全然関係なくない。あたし忘れてたくらいだし」
そして緩急入れずに自己完結を始めた。
「日本人だって、全然アリーシャより肌黒い奴いるし、日焼けとか、地黒とかで。それに気になるなら化粧と照明でいくらでもごまかしきくって、大丈夫大丈夫」
そう言ってけらけら笑う凛子にとって、肌の色なんてそこまで重要な問題ではないようだった。
「白雪姫の肌の白い描写って、美人ですよアピールだから。アリちゃん美人だし大丈夫」
アリーシャの前に座った美緒莉は、何故かアリーシャをまっすぐ見つめて自慢げに笑いながら、非常に自信満々で胸を張ってそんな言葉を言い切った。
「話がまとまりそうなところ申し訳ないけれど、主役は部員が集まったらオーディションで決めことになると思うから覚悟しておいて」
そんな和やかな雰囲気をぶった切ってきたのは冴の言葉だった。
「そっか」
オーディション。
もしアリーシャもそれに参加することが出来るとして、主役になれる可能性はどのくらいのものなのだろうか。
冴のやんわりとした否定の言葉なのだろうか。
それでも、可能性を残しておいてくれるのならばと、納得したアリーシャに対し、美緒莉と凛子から、まさかのブーイングの声が上がった。
「なんで。アリちゃんがやりたくて演劇部作るんだから、主役はアリちゃんでいいじゃん」
「そうだよ。設立に関わってないやつらは余った役でもやらせておけばいいじゃん」
どこまでもアリーシャに対して好意的な二人に、アリーシャは一周回って申し訳ないくらいの気持ちになっていた。
「ダメ」
「なんで」
「そうだよ、なんでさ」
「譲られた席に価値なんてないから」
二人に問い詰められていた冴は、隣に座っていたアリーシャの方に視線を向けて問いかけてきた。
「じゃあアリーシャはどう思う」
「どうって」
アリーシャは冴の問いかけの意図がわからなかった。
もし主役をやらせてくれるというならば、アリーシャとしては是非やらせていただきたいというのが正直な気持ちだった。
「このままだと、後から入部してきた同級生や後輩に、本当はやりたかったのに決まってたから仕方がないとか言われるかもしれないんだよ」
それは、そうかもしれない。
アリーシャは自分が逆の立場だったら、文句を言わずにいられるかどうか考え口を噤んだ。
「あの子の方が上手だし向いてるんじゃないかとか言ってさ、どんなにアリーシャが努力しても認めないやつが出てきたり、設立に関わっていたから、先輩だから、留学生だから、仕方ないから譲ってあげたって、周囲に言われたり思われたりしていたら、アリーシャはどう思う」
「それは、なんか嫌かも」
冴の話は極端な例なのかもしれない。
それでも、ありえない話だと頭ごなしに否定できる話ではなかった。
主役の席というのは、当たり前だけれど特別で、その席に問答無用で座るというのは、傲慢なことなのかもしれない。
そして、既に座られているその席に対し、周囲は折り合いをつけるために、譲ってあげたなんていう優しさを、施しを、慈悲を、与えたという優越感で納得しようとするのだろう。
そして、そんな風に思われるくらいならば、ふざけるなと声を上げてくれた方が何倍もましだとアリーシャは感じた。
主役をやりたくて演劇部を作ったのに、主役をやれないのはかわいそうだからとか、自分は後輩だから、先輩のいうことをしたかなくきいているのだとか、そう言った理由で譲られた席に、確かに価値はない。
冴の言葉の意味を理解し、アリーシャも確かにそう感じた。
「わかった。私、ちゃんとオーディションやる。裏でこそこそ言われるなんて嫌だし、皆にちゃんと認めてもらって主役やりたい」
アリーシャは負けず嫌いな性格だ。
裏でこそこそ文句を言われるだなんて我慢できない。
正々堂々と勝負をすることの方が、性に合っていた。
アリーシャの言葉を聞いて、美緒莉は周囲の迷惑にならないくらいの、小さな拍手を送ってくれた。
「ま、アリーシャはそういう子だよね。あたしも裏で悪口言われるのヤダし、そういうことなら賛成するよ」
仕方ないなあといった感じで笑う凛子の顔は、なんだかんだ少し嬉しそうだった。
「で、で。オーディションってどんなことするの、先に練習しちゃうのはありかな?」
拍手を終えた美緒莉は冴に興奮して詰め寄るように質問をした。
「オーディションはそれなりに人数が集まってから。台本もできてないのにどうやって練習する気だよ、まだ四人しかいないんだからメンバーを集めるのが先。このままじゃ七人の小人すらできないってーの」
書類の名簿の、四人分の名前の下にある空欄をペン先で叩きながら冴は少し呆れた様子で言った。
「そっかあ。私、皆に声かけてみるね。来年の文化祭で白雪姫やりたいから演劇部作るんだけど一緒にどうって。あ、白雪姫は決定でいいよね」
「それは決定でいい。台本作るのにも時間がかかるし、一年生の入部を待ってどんな演目をやりたいですかってやってたら全然時間が足らなくなる」
「じゃあ、あたしは入部募集のポスターでも作るかあ」
「ポスター、いいね!」
部員募集の方法で盛り上がる皆の話を聞きながら、アリーシャはとりあえず演目の白雪姫が許されたことを喜んだ。
そして、ふと頭の中に浮かんだ疑問を投げかけてみた。
「そういえば台本って冴が書いてくれるの?」
演目を提案しておいて大変申し訳ないが、アリーシャは台本を書ける自信がなかったし、とても勝手ながら美緒莉や凛子が書けるとも思っていなかった。
「いや、友達に本の虫がいるから、そいつを何とか説得して書いてもらう。ついでにそのまま部員にするから」
そう言い切った冴は手元の書類に勝手に一人分の名前を追加で記入した。
「これで部員が実質五人になったわけだ」
そう言う冴の笑顔は、とても輝いて見えた。
「冴のそういう強引なとこ、私かっこいいと思うよ」
巻き込まれた冴の友人とやらには申し訳ないが、アリーシャは彼女のその強引なところに救われてここにいるのだ。




