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第三部 第十五章「偽りの日常」

 偽りの日常Ⅰ


 ××××年。二月十四日。


「先輩!これどうぞ!」

 そう言って結愛はチョコを渡す。

「先輩のことだけを考えて作ってきたんですからね!美味しく食べてくれないと怒っちゃいますよ!」

「はい。それじゃあ感想待ってますね。」

 結愛と入れ替わるように、想乃華がやってくる。

「これあげる。‥‥‥うん。口に合うかはわかんないけど、食べてくれると嬉しい。」

 想乃華は満足したように頷く。

「受け取ってくれてありがとう。じゃあ‥‥‥またね。」

 ゴシゴシと目を擦る。受け取ったはずのチョコは、なぜか赤黒い色をしていた。


 そこで、意識が途絶えた。


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 偽りの日常Ⅱ


「今日は文化祭だよ!もっと楽しまなきゃ!」

 想乃華はいつになく張り切っているようで、結愛はというと、どこか緊張しているようだった。

「そそそ、そうですね!先輩も楽しみましょうね!」

 いつにもなく噛み噛みだ。なにか緊張するようなことでもあるのだろうか。それとも、文化祭に××思い出でもあるのだろうか


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「先輩!この写真めちゃ綺麗じゃないですか?」

 結愛は海を撮った写真を指さす。

「写真部って結構ガチなんだね。」

 そう。ここ写真部では今までに撮ってきた沢山の写真の中から、それぞれの部員が選び抜いた物が掲示されていた。

「私、写真とかはたまにしか撮らないから、こんなに綺麗に撮れるの憧れちゃうなー。」

「ですね。‥‥‥それに、こうやって形として遺せるのっていいなーって思います。‥‥‥人間、どうやったって忘れちゃう生き物ですから。」


 ノイズ音が走る。


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「先輩。いつか、私たちの想い出を―――」


 意識が断絶する。


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 偽りの日常Ⅲ


「たまにはこうやってゆっくりするのもいいね。」

「こんなだだっ広い公園で日向ぼっこだなんて、そうそう出来ないですからねー。」


 ノイズ音が走る。

 気づけば、彼女らの隣に居るのは××ではなく、黒で塗りつぶされた誰かだった。

 嫌悪感を募らせる。どうして、そこにいるのはお前なのだと。

「先輩たちと過ごせるのもあとちょっとだけですからねー。」

 結愛はその誰かへ視線を向ける。

 さらに、言いようのない感情に襲われる。

 ノイズ音が激しくなる。

 プツンとシャットダウンするかのように、目の前が真っ暗になった。


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 偽りの日常Ⅳ


「二人で映画観に行くなんて××以来?」

 想乃華は小声で話しかける。

「‥‥‥うん。そうだね‥‥‥。たまには‥‥‥悪くないか。」

 館内が暗くなり、スクリーンにぼうっと明かりが灯る。

 それは、自己犠牲をテーマにした映画だった。何のために自己犠牲をするのか。それを続けたことで得たものは何か。失ったものは何か。残ったものは何か。たぶん、そんな感じの内容。

「どうだった?」

 上映が終わった後、カフェにて彼女は尋ねてくる。

「‥‥‥そうだよね。あんなの―――」



「自己満足もいいとこだよな―――」


 突然。彼女とは別の声が割り込んでくる。

 形のない誰かの声。


「ほら。考えてもみろよ。お前は最初から異常だったわけじゃない。ちょっとずつ、お前の潜在意識の中で許せないことが蓄積されていった。そうして、お前が大切だと思えたかもしれない誰かを傷つけた。それをトリガーにして、全てが始まった。お前は少しでも悪意を持って誰かに接したことがあったか?」

 聞き覚えのあるような、無いような声。

「だというのに、善意でそいつを傷つけてしまった。善意が誰かを害するものだと知らなかった。お前はお前自身のために行動してきた。

『もう悲しむ顔を見たくない』

 そうだろう?」


 ああ―――その通りだ。よくわかってるじゃないか。


「お前には他人を優先するという目的よりも大きな願いが無かった。いや、生まれてくるはずの感情だったのに、それよりも先に事が起きてしまった。それだけだった。

 思い出してみろよ。さっきのことを。」

「お前の居場所に他の誰かが居座った途端、お前は嫌悪感を示した。それは、その居場所に居続けたいっていう願いの現れではないのか?」

 確かにその通りだ。それぐらい、俺はあの場所を守りたいと思い続けていた。

「今まで他人を優先してきたのは、お前自身の願いだ。だから、その在り方を否定するつもりはない。

 ‥‥‥でもよ。それと同じか、いや‥‥‥それ以上に自身を優先させたいと思えるほどの願いが、お前の中には生まれているんじゃないのか?」

 ふっと微笑む。それは彼とて同じであろう。

 まるで鏡合わせのようだ。


「お前は今まで他人を優先していく中で、目的を達成するのに不要なもの全てを捨ててきた。もちろん、自身の生半可な感情さえも。そうまでしなければ、その在り方は貫くことすら難しいからな。」

 彼の言うことは正しい。もう誰も傷つけないと決めた日から、多くの友達を切り捨ててきた。親友でさえも。俺なんかのことを想ってくれていた人たちでさえも。大切に想っている人を自らの意思で拒絶することは、『辛い』の一言では済まされないものだった。新しい『何か』の感情を持てるほどの相手を傷つけ続けた。そうして、いつしか自分のことさえ見失っていた。何が好きで、何が楽しいのか。そういった、人間として持つべきもので持って当たり前だったはずのもの全てを。きっと。あの日の夜の時点で、俺はもうとっくに壊れていたのだ。それに気づくのがあまりにも遅すぎたというだけの話。

「失ってばかりの人生だったんだから、最後くらいはもう一度考えたほうがいい。」

 そう言って彼は俯く。とても何か言いづらそうな表情。


「ただし、お前に残された時間はあまりにも少ない。」


「よく考えてみろよ。お前は俺が何者なのかを理解している。‥‥‥けれど、そもそもがおかしいんだ。

 どうして、こんな超常的な現象が起きている。どうして、お前は俺と会話ができている。

 どうして、ありえなかった記憶をのぞくことができている。」

 彼は大きく深呼吸し、芯の籠った声で言葉を紡ぐ。

「いいか?よく聞け。ここが重要だ。何かを得たのなら、代償として必ず何かを失う。この世は等価交換で成り立っている。お前は、どこかの記憶やら、こんな意味不明の時間やらを手にしている。だったら、お前が失うものはなんだ?」

「きっと、お前にはこの先辛い現実しか待ち受けていない‥‥‥。けれど、忘れるな。お前の想い出は”ココロ”に刻まれている。心は魂と同義だ。ならば、お前がお前でいる限り、魂に刻んだ想い出はお前と共に在り続ける。それだけは忘れるな―――」


 俺は彼との問答で、一つの確信を得た。


「ああ。今までの道は間違っていなかった。」

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