第三部 第十四章「全ての始まり/全ての終わり」
二〇一九年。十月二十三日。
今日は結愛の誕生日のため、放課後に丘の上にある彼女の家を訪れていた。近くには例の教会があり、ここは離れの家らしい。
美鮮と二人で結愛の自室へと入り、ひとしきり祝った後、プレゼントを渡すことにした。
「結愛。‥‥‥これ。」
俺は大きな紙袋を彼女へ渡す。
「液タブだ!ありがとうございます!」
ガサゴソと中身を開け、結愛はいつもより少し高めのトーンで喜びをあらわにする。
「それは俺たちからのプレゼントだ。大事に使ってくれよ。」
「はい!」
結愛はうんうんと激しく頷く。
「二人で一緒に買ってきてくれたんですね。」
結愛が何やら意味ありげな視線を美鮮へ向ける。
「‥‥‥うん。そうだよ‥‥‥。」
これは数日前に、俺から提案して一緒に買ってきたものだ。
「でも、すごいです。どうして、私が液タブが欲しいなって思ってたのを知ってたんですか?誰にも言ってなかったからホントに驚きです!」
「だって、それは結愛が―――」
そこまで言いかけて口籠る。‥‥‥あれ、何で俺は液タブを買おうって言ったんだっけ?
「いやー。すごいですね!まさか、私の心でも読んだんですか?だとしたら、セクハラものですねー。」
何バカなこと言ってんだ、こいつは。
わざと、深くため息をつく。
「もう。そんなに呆れなくてもいいじゃないですかー。」
なぜか、結愛は俺の背中をバシバシと叩く。いや、ホントに何でなんですかね。痛いっす。マジで。
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プレゼントを渡してからは、トランプやらボードゲームやらで遊んだ。
「あー。先輩またビリだー。」
「ったく、うるせーよ。運が悪いだけだっての。」
「想志弱すぎ‥‥‥。」
「真顔で言うなよ。真顔止めろ。ほんと。泣いちまうだろうが。」
そうして、しばらく時間が経った頃。
「こんにちは。最近ぶりですね。」
いつかの神父がノックもせずに部屋の扉を開ける。
「こんにちは。神父さん。」
「もう‥‥‥、ノックしてから入ってきてよ!」
結愛のお叱りの言葉に、神父はペコペコと頭を下げる。
「もうすぐ日が暮れる時間なので、そろそろ帰りの準備をなさった方がいいんじゃないかと思いましてね。」
「ああ‥‥‥。そういうことか‥‥‥。」
窓から外をのぞくと、あと少しで日が落ちるというところだった。
「そうですね。では、帰らせていただきますね。」
きっぱり言うなり、美鮮はテキパキと片づけを始める。
どんだけ、神父さんのこと苦手なんだよと心の中で思う。いや、確かにこの場でも神父服ってのはアレだけどよ‥‥‥。
どうやら、美鮮は教会での一件があってから、彼のことを嫌っているように見える。理由まではわからないが。
「もう帰っちゃうんですか?」
「うん。ずっといるわけにもいかないし。」
「そうですか‥‥‥。」
結愛の悲しそうな表情を目にし、思わず笑みがこぼれる。
「大丈夫。また明日会える。そうだろ?」
彼女の目線の高さまで屈み、ポンと軽く頭をさする。
「‥‥‥うん。‥‥‥また明日です、先輩。」
俺たちは部屋を出て、玄関を出ようとする。
「気を付けてくださいね。もう暗くなりますから。」
わざわざ気にかけてきてくれたのだろうか。神父さんは穏やかでいて、どこか少し強張った顔をしていた。
「はい。ありがとうございます。お邪魔しました。」
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帰り道。
辺りは街灯で照らされ、暗さに襲われる不安が徐々に和らいでいく。
「喜んでくれてよかったね。」
「うん。本当に。」
美鮮の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩く。
「っていうかさ‥‥‥。」
美鮮は急に立ち止まり、伽藍洞の声で呼びかける。
「結愛って、やっぱり‥‥‥。」
彼女は俯いたまま、顔を上げずにいた。
「わかんないけど、たぶん‥‥‥そうだろうな。」
震えた美鮮の肩をポンと叩く。
「結愛が言わないなら‥‥‥無理して言う必要もないんじゃないか?」
実際のところ、どう対応していいかわからない。教会を訪れた時から、薄々感づいていた。けれど、それはわざわざ聞くべき事ではないのだろうと、無意識にそのことを遠ざけていた。
「そうだね‥‥‥。いつも通りが一番‥‥‥だよね。」
美鮮は『よしっ』と自身に気合を入れ、顔を上げる。
失ったものは戻らない。終わりはいつかやってくる。それこそが、俺たちがこの部に入ってきてから学んだ事だ。だったら、あとは前を向くしかない。
「想志は―――」
瞬間。時が止まったかのような感覚。ノイズ音が走る。
目の前の車道には一匹の猫。
ふと、思い出す。
『あれが人間だったら―――』
サイレンの音。
ありふれていたはずの音。
ありふれてはいけないはずの音。
「想志!!」
それから先は、よく憶えていない―――




