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第三部 第十章「手に入れた日常」

 災害ボランティアが終わってから、約二ヶ月後。


 二〇一九年。七月十七日。


 一学期終業式前日。俺と結愛はそろって近くのデパートへと向かっていた。発端は前日、結愛からのメッセージによるものだ。

「先輩!明日買い物に行きませんか?」

 結愛曰く、明日は美鮮の誕生日らしい。そのための誕生日プレゼントを買いに行きたい旨を伝えられた。どうやら、結城と想太には知らせてはいないらしい。幽霊部員だからまあそうなるかと納得しつつも、結城なら知っててもおかしくないけどな、と疑問符が浮かぶ。というか、美鮮の誕生日が明日なんて知らなかったんだが‥‥‥。

 そうして今に至る。交差点で信号待ちをしていると、結愛がおもむろに口を開いた。

「先輩は、想乃華先輩の誕生日が何日か知らなかったんですね。」

「そうだな。そこまで普段から遊んだりすることはなかったからな。」

「ほんと、意外です。先輩たちはてっきり、普段とまではいかなくても、たまには遊んだりしてるのかなーって思ってました。」

「まさか。美鮮と関わるのは行事ごとくらいだよ。」

 思わず、自嘲気味に笑う。

「行事ごと‥‥‥ですか‥‥‥。本当に、ないんですか?土日とかに一回ぐらいでも。」

「ないよ。‥‥‥ああでも、そうだな。」

 信号の色が赤から青へと切り替わり、前へと歩みを進める。

「遊ぶことはないけど、なんか困ってることがあったらいつも助けてくれてたっけ。」

 まだ三年程度しか経っていないのに、とても昔のことのように思える。もう取り戻すことのできない時間。さりとて、今でも鮮明に思い起こすことはできる。想い出が生きているというのはこういうことを言うのだろうと、柄にもなく思った。


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 デパート内へと入り、冷房がちゃんと効いていることに安堵する。店にもよるが、光熱費節約のために冷房の温度設定を甘えてしまう店がある。そういうのは良くないよ、本当に。なんてボーっと考えていると、結愛がとてとてと先導し、館内マップらしき物が置かれている場所からこちらへと手招きをしてくる。

「先輩。こっちですよー。」

 待たせるのは悪いなと思い、結愛のもとへ向かう。

「そういえば、具体的に何を買うか決めてなかったな。っていうか、美鮮の好きなものとか全然知らないんだが。」

「そうですね‥‥‥。んー。まあ、ネックレスとか肌周りの物とかが良いかなとは思うんですけど、私も想乃華先輩と休日に遊んだりすることが無いから、そこら辺どういうのが好みかわからないんですよね。好みじゃないの送られても処分に困っちゃうだけですし‥‥‥。」

 結愛は困った困ったと頬をかく。

「もうちょっと早くに誕生日を知れてたら良かったんですけど、あいにく昨日学校から帰る時に知ったもので‥‥‥。」

 あははーと苦笑いを浮かべる。

「そっか。俺はそもそも知らなかったし、人のことは言えないな。」

 さてどうしたものかと考えていると結愛が沈黙を破った。

「じゃあ、とりあえずお店の中ぐるって回りますか。」

 まずは、ネイルオイルやらハンドクリームやらが売られている、こじゃれたお店へと向かった。

「想乃華先輩がネイルしてるとこ見たことないんですよねー。」

 じゃあ何でここ来たんだよ、と悪態をつきそうになるのをぐっと堪える。

「リップ‥‥‥ハンドクリーム‥‥‥。うーん。どれも悪くないんですけどねー。」

「そういうのじゃダメなのか?」

「なんというか‥‥‥無難すぎって感じです。折角ですし、こう‥‥‥なんて言うか驚かせられるものにしましょうよ。」

「まあ、正直女子向けの物はよくわからんから何とも言えんな。最終的に、その‥‥‥驚かせるようなもの?が見つからなかったら、無難な物にするか。」

「ですね。というわけで次のところ行きましょう!」


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「ほんと、全然見つからないじゃないですか‥‥‥。」

「さすがに、ちょっと歩き疲れた‥‥‥。」

 意気揚々といろんなお店を回ったのはいいものの、そんな奇抜なものを見つける事は未だできていなかった。

 これはもう無難な物でいいのではと頭を悩ませていると、ふと、ある看板が目に入った。

『ピアノレッスンやってます!ご興味のある方は是非、三階楽器売り場にお越しください!』

「美鮮って、まだピアノやってるのかな‥‥‥。」

「まだやってるんじゃないですか?私も詳しくは知りませんけど‥‥‥。」

 口に出していたつもりはなかったのだが、どうやら結愛には聴こえていたらしい。

「ああでも、想乃華先輩が『今日はピアノのレッスンがある』って前に言ってた気がします。」

 そうか。まだやっていたのか‥‥‥。美鮮がピアノを弾いているのを見たのは、もう三年も前のことだけど、今でもあの姿を憶えている。全校生徒の前で、震える手指に鞭を討ち、弾ききったあの姿を。

「なら、譜面台とか良いんじゃないか?卓上の物とかあれば、楽かもだし。」

 今日の中で初めてかもしれない、自発的な提案をする。

「そう‥‥‥ですね。良いと思いますよ。‥‥‥他にも、それ関連のアクセとかあれば言うことなしですね。」

 一瞬、歯切れが悪いように見えたが、気づけばいつもの彼女の様子になっていた。それに違和感を覚えつつも、そろそろ行くかと立ち上がろうとした時。

「待って。」

 思わぬ静止の声に、身体が固まってしまう。結愛からはあまり聴かないような声音に、数刻前に抱いた違和感が形を帯びたような気がした。

 そうして、どれくらいの時間が経っただろうか。実際にはそこまで経過していないのだろうが、俺にはその時間がとても長いもののように思えた。彼女の言葉を待っていると、何か温かいものが伝わってくるなと気づき、そちらへ視線をやると、結愛の手が俺の手の甲に重ねられていた。とても小さな手。微かに震えた指から、何か大切なことを伝えようとしているのだと感じ取れた。

「先輩は‥‥‥中学の時、想乃華先輩と一緒に文化祭で指揮者と伴奏者をしていましたよね。」

「うん。そうだな。もう三年も前になるのかー。‥‥‥なんか遠い昔のように思うなー。」

 彼女がなぜ、唐突にこんな話を始めたのかは見当もつかない。けれど、これはきっと必要なことなのだと、触れた熱が確かに伝えていた。

「先輩たち。すっごく息が合ってましたよ。しかも、あの時は先輩たちまだ二年だったのに、優勝までしちゃって‥‥‥。」

「それに関してはクラスメイトにおんぶにだっこだったな。歌が上手い奴らで助かったなーって今でも思うよ。」

 まあ正直な話。優勝できたのは運に恵まれ過ぎた。俺は指揮者としては未熟すぎたのに、本当に多くの人に助けられた。

「コンクール本番で先輩が指揮台に立って、客席にお辞儀をしてクラスの人たちが立ってる方を向いた時、先輩‥‥‥手のひらをぐっと開いて見せてましたよね。」

 言われて思い出す。そういえば、そんなことをしていた。今思えば、あの時だからこそできたようなことではあったのだが。

「あれ、何を見せたんですか?」

「ん。ああ‥‥‥。ただ、マジックペンで『大丈夫』って書いてあっただけだよ。」

「それは自分で書いたんですか?」

「いや、あれはコンクール前に美鮮が書いてくれたものなんだ。『落ち着いてやれば大丈夫』みたいな感じだったっけ。」

「そう‥‥‥なんですか。」

「まったく‥‥‥。書いてる当の本人が一番大丈夫なわけないのに、他人のことばっかり心配してるのが見てられなくてな。だから、指揮台に立った後にクラスの奴らと美鮮に見せたんだよ。『大丈夫』って‥‥‥それを伝えたかっただけなんだ。」

 結愛は視線を落としたまま、押し黙っていた。表情を窺おうとするも、横からでは髪に隠れてわからなかった。


『当館はあと一時間をもって本日の営業を終了させていただきます。本日もご来店いただきまして誠にありがとうございます。』


 館内アナウンスが鳴り、ようやく今の時刻を理解する。近くの窓から外をのぞくと、辺りは既に薄暗くなっていた。家を出たのが昼過ぎだったこともあり、気づいたらこんな時間になっていた。

「じゃあ、行きますか!先輩!」

 さっきまでの元気の無さが嘘かのように、彼女は笑みを浮かべて俺の手を取る。


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「譜面台とアクセ買えてよかったですね!」

 結愛は綺麗にラッピングされた袋を大事そうに抱える。

「時間ギリギリだったけど、間に合ってよかったよ。」

 家への帰路。陽はとっくに落ちてはいるものの、街灯やら辺りの店から零れている明かりがあるのはせめてもの救いだ。

「ん。」

 結愛へとおもむろに手を差し出す。

「どうしたんですか?まさか、こんな時間だから怖くなって、手を繋ぎたいとかですか?」

 いたずらな笑みを浮かべる彼女に、思わずため息がこぼれる。

「そうじゃねーよ。ただ、俺はまあその手ぶらだし、荷物持とうかなって。」

 いきなり、そういうことをされると困る。こっちとしても、形容し難い感情に襲われるのだから。

「あー。なるほどです。‥‥‥そうですね。じゃあお願いします。」

 紙袋を受け取り、再び帰路へと足を運ぶ。そういえば今は何時だったかと、ふと思い立ってスマホの画面を開く。

「もう21:00か‥‥‥。送ってくよ。家ってどの辺だっけ?」

「え。‥‥‥そこまでしなくても大丈夫ですよ。子どもじゃないんですし。」

 結愛は俺の発言が意外だったのか、目を丸くしていた。

「それはまあそうなんだけどさ。‥‥‥なんていうか‥‥‥心配なんだよ。単純に。」

 なぜか照れくさくなり、頬を掻く。

 そんな俺を見かねてか、結愛はふっと笑みをこぼす。

「じゃあ、せっかくですし。お願いします。家まで招待しちゃいますね。なんなら、泊まって行ってもいいんですよ?」

「誰もそこまで言ってねえっての。ほら、んなバカなこと言ってないで、さっさと帰るぞ。」

「はーい。」

 わざとらしく頬を膨らませ、さっきよりも軽快な歩みをする姿を見ていると、少し前に抱いていた違和感はいつの間にか薄れていた。


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「着きましたよ!ここです。」

 結愛が指を向けた方には教会が建っていた。実際に来たことはなかったけれど、話には聞いていた。丘の上に広い教会があると、昔誰かから聞いたような気がした。

「結愛の家族は教会の方だったんだな。初めて知ったよ。」

「そうですね‥‥‥。まあ、そんなところです。見送りはここまでで大丈夫です。こんな時間なのにありがとうございました!」

 そう言って、結愛はぺこりと頭を下げる。

「そうか。気をつけてな。」

「はい。ではでは!」

 軽く手を振って彼女は教会へと向かう。俺はそれに小さく手を振り返し、自身の帰路へと向かう。

 家族関係のことについてはうかつには聞けない。だからこそ、表面をさらうようなことしか聞かなかったし、聞けなかった。

 だが、これでいいのだと思う。知ってしまったら知らなかった頃には戻れない。知るということは責任をとるということ。知ってしまったのなら、それについて悩んでほしい、悲しんでほしい、喜んでほしい、そういう様々な感情を抱かせてしまうことは言うまでもない。だが、俺にはそこまでの覚悟は無かった。それが必要である事なのなら、仮に知るべき時が来た時には、彼女自身の口から聴くべきなのだと理由わけもなく思った。


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 翌日。一学期の終業式を終え、先生らのいつもの夏休み期間の注意事項を眠たい瞼を擦りながら聴き、成績表に少し冷や汗をかき、放課後を迎えていた。

「想乃華先輩。誕生日おめでとうございます!」

 美鮮が入ってくるなりクラッカーを鳴らすと、驚いたような顔を浮かべた。

「あ、ありがと。」

「二人とも、私が今日誕生日って知ってたんだ。」

「そうなんですよー。でも、それを知ったのが昨日のことだったので、ちょっとしたものしか用意できませんでしたけど。」

「そんなことないよ!本当にありがと。」

 美鮮のそんな表情を見たのはいつぶりだろう。普段では見せないぐらいのとびきりの笑顔。その姿に何かが揺れ動くのを感じたのは気のせいだろうか。

「開けてもいい?」

「もちろんですよ!」

 美鮮は丁寧に包装をほどいていく。とても優しい手つきで。

「きれい‥‥‥。」

 最初に取り出したのは、ピアノの形を模したアクセサリー。ブローチらしき物やキーホルダーのような物。

「それは私からです。想乃華先輩に似合うかなって思って。」

「ありがとう。大事にするね!」

「はい!喜んでくれたならよかったです。」

 そうして、がさごそと中から取り出す。

「これって。」

「まあ。その‥‥‥卓上の譜面台なんだが‥‥‥もう持ってたらすまん。」

「ううん。持ってなかったし、欲しいなってずっと思ってたし‥‥‥嬉しい。」

 少し顔を赤らめた顔が目に入り、思わずドキッとしてしまう。

「そっか。ならよかった。」

 無意識に、その言いようのない感情を振り払うためなのか、ぶっきらぼうに言ってしまう。

「あれ。結愛はどこに行った?」

 美鮮が辺りを見回す。けれども、彼女は以前見つからない。お手洗いにでも行ったのだろうかと考えていると、美鮮は手前の椅子を引き、腰を下ろす。

「もう‥‥‥気が利きすぎなんだから‥‥‥。」

 声にならない声。つぶやくような言葉。

「ほら、せっかくだし座ったら?」

 美鮮が催促する。

「そうだな。」

 特に断る理由もなかったので、おとなしく彼女の隣の席へ腰かける。

「二人で買いに行ったの?」

「うん。昨日ね。」

「そっか‥‥‥。」

 少し、哀しいようなそうでもないような顔を浮かべる。なんとなく、その表情が昨日の彼女に酷似しているような気がした。

「ちゃんとエスコートしてあげた?」

「いや、引っ張ってもらってばっかりだったよ。女子向けのプレゼントとか、正直よくわかんないから。」

「確かに、そうかも。女子ってほんと面倒な生き物だからねー。」

 彼女は軽快に笑い、その姿はさっきまでの違和感を薙ぎ払おうとする行為のように思えた。

「次はちゃんと引っ張ってあげなよ。」

「次って、いつだよ。来年の美鮮の誕生日の話でもしてるのかよ。」

 冗談交じりに言葉を交わす。彼女と二人きりで話をするのはいつぶりだろう。‥‥‥ふと、中学での出来事を思い出す。

「どうして、ピアノなの?」

「結愛が、今でも美鮮はピアノをやっているって言ってたからだよ。」

「そっか‥‥‥。知ってたのか。結愛に教えたはずはなかったんだけどなー。」

 驚きとも取れるような、どこか納得したような表情を浮かべていた。

「ピアノか‥‥‥。」

 譜面台を優しく撫でながら、おもむろに口を開く。

「想志はさ。‥‥‥何であの時、『大丈夫』って見せてくれたの?」

 彼女が言っているのは、きっとコンクール本番の日のことだろう。結愛と話したこと、あの時の光景を思い返す。

「何でって言われてもな‥‥‥。別に特別な理由があるわけじゃない。ただ単に、美鮮に『大丈夫』ってそう伝えたかっただけなんだよ‥‥‥。」

『大丈夫』『問題ない』『気にしないでいい』

 そんなはずないのに、そういう時に限ってきまって口にする。優しくて哀しい嘘。本当に、大丈夫なんだと、それだけを伝えたかった。

「そう‥‥‥なんだ‥‥‥。」

「ちゃんと‥‥‥ちゃんと伝わってたよ。想志の気持ち。‥‥‥だから、最後まで止まらずに弾ききれた。‥‥‥本当に、感謝してるんだからね。」

 ああ―――それが聴けてよかった。それだけがずっと心に引っ掛かっていた。あの時ちゃんと美鮮のことを支えられていたのか、今でも彼女と関わる度にそれを思い出していたから。

「私は大丈夫。今も‥‥‥ね。‥‥‥だから、想志は私の心配なんてしなくていいから、もっと自分のことを優先してあげてね。」

 その微笑むような笑顔は、とても綺麗でいて、とても儚げに見えた。

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