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第三部 第十一章「この想い出をいつまでも」

 二〇一九年。八月二十日。

 夏休みに入ってから約一ヶ月のこと。


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「祭りに行くのはいつぶりだったっけ。」

 昔のことを思い出そうとしても、よく思い出せない。まるで、固い鍵がかけられているかのよう。

「よう。まさか俺も誘ってくれるなんてな。」

「せっかくなら、部員全員で行きたいと思ってな。」

 想太と合流し、電車へ乗り込みひとまず安堵する。

 事の発端は一週間前。部員全員が登録されたラインのグループ内に、女子陣営からの爆弾が投下された。内容をかいつまんで話すのなら

『来週の八月二十日にある花火大会、夏祭りに行こう。断ったら家まで迎えに行く』

 というもの。

 怖い。最後の一文に狂気が垣間見えるのはこの際気にしないことにした。かくして、まずは想太と合流し、会場へと向かっているわけだ。

「想志は女子の浴衣姿気にならないのか?」

「気になるは気になるけど、それより俺は電車が遅延しないかどうかの方が気になるよ。」

 だって、遅刻したら絶対怒られそうだし。主に、結愛に。

「細かいこと気にするんだな、お前は。」

 陽気に笑うその姿を見ていると、想太が今日のことを楽しみにしていたことが分かる。その気持ちは分からなくもない。

 そうして十分ほど電車に揺られて目的地の場所に到着した。電車を降り、そそくさと出口へと向かう。すると、彼はおもむろに口を開いた。

「想志。‥‥‥楽しめよ。」

 彼の気にかけるような表情に、俺は満面の笑みを返した。


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 Prelude


「三人じゃなくてよかったの?」

「うん。みんなで行きたいなって思ったの。」

「そう‥‥‥それならいいんだけど‥‥‥。」

 何も変わらない。何も選ばない。それが彼女の心からの選択なら、私はそれを尊重するだけ。


 それしか出来なかったから。

 傍に居ることすら出来なかったから。


 そして、彼にも―――


 彼と私は似ていないようで、どこか似ている。彼が誰からも理解されないように、私の想いもまた、誰からも理解されないものなのだ。決定的に違うのは、彼は今も進み続けているということ。止まってしまった私にしてみれば、その距離はとてもとても遠く感じてしまう。

 出すぎた真似だということは理解してる。けれど、今まで何も出来なかった分、今とこれからの彼女の背中を押したい。


 それだけが、私の望みです―――


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「想志!こっちだよー。」

 声のする方へ目線を向けると、そこには美鮮と結愛と結城が浴衣姿で待っていた。

「待たせてすまん。」

 結局。五分ほど遅れてしまい、とりあえず謝罪する。

「全然大丈夫だよ。」

「想乃華はこう言ってるけどね。さっきまであたふたしてたんだよ。二人が乗ってる電車が事故ってたらどうしようとか、怪我してたらどうしようとか。それはもう、見てる分にはめちゃ楽しいぐらいの慌てっぷりだったね。」

 結城は思い出したかのように笑い出す。

「もう。そんなに笑うことないじゃん。」

 美鮮はふてくされたかのようにそっぽを向く。

「そっか。心配かけて悪かったな。」

「別にちゃんと無事に着いてくれたのならそれでいいの。」

 彼女はほんのりと頬を朱に染める。それは近くに照らされる提灯によるものだろうかとふと思う。

「そうだぜ、想志。女の子を心配させるんじゃねえぞ。」

 ボンと背中を叩く想太に言い返したくなる気持ちをぐっと堪える。まあ、遅刻したのは想太が合流場所に遅れたからというのは黙っておくことにした。

「そんなことは置いといて。先輩。私の浴衣どうですか?」

 黄緑を基調とした色で、鯉の刺繍が施されている。元気に満ちた結愛らしい。

「うん。とっても似合ってるよ。」

 こういう時に気の利いた言葉をかけられないのは俺の悪い所だ。

「そ、そうですか。‥‥‥ありがとうございます‥‥‥。」

 結愛は急にもじもじとし始め、下を向く。

「想志君。想乃華は?想乃華の浴衣どう?」

 美鮮の浴衣は白地をベースとして、赤と青の朝顔が描かれている。

「似合ってるよ。とっても。」

 結城がこんなにもグイグイと質問するのを見たことが無かったので、思わず驚いてしまう。

「ぶ~。それじゃあ結愛ちゃんと言ってること同じだよー。」

 語彙力の無さには自覚があるので、その辺で勘弁してもらえませんかね、ほんと。似合ってるなんて言うまでもないだろ。

「もー。茜、そんなに聞かなくていいよー。」

 美鮮の頬が更に紅潮し、結愛はそっぽを向き、想太と結城はその光景をニヤニヤと見つめており、もう収拾がつかないぐらいにはカオスな状態だった。

「まあまあ。想志をいじめるのはその辺にしてやれよ。」

 その様子をさっきまで楽しんでいた想太が、何食わぬ顔で助け船を出す。ありがたいが、もうちょっと早く助けてくれないものかと心の中でつぶやく。

「そうだね。花火が上がるまであと一時間ぐらいしかないし、さっさと屋台巡りに行こっか。」

 うんうんと、結城が同意する。

「二人とも、なんか相性いいな。」

 聞こえない程度にぼやいたつもりだったのだが、それを聞き逃してはくれなかった。

「想志君。今、何か言った?」

「いや、なにも‥‥‥。」

 結城の何とも言えない圧に俺は押し黙るしかなかった。怖いです、ほんとに。‥‥‥なんかもう、色々とすいませんね。


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 想太と結城に先導され、屋台を練り歩く。五人一列になるわけにもいかなかったので、前列には結城、想乃華、想太の三人。後列には俺と結愛の二人。前の三人は三人で話に花が咲いているようだ。

「先輩は、屋台でこれ好きみたいなのってありますか?」

 結愛は顔を少し傾けて尋ねてくる。

「んー。どうだろう。これといって、好きなのはあんまりないかな。」

 幼い頃。母親に連れられて近所の夏祭りに何度か行った記憶はあるのだが、なぜだかうまく思い出せない。

「それはもったいないですよ!いっぱい楽しいのがあるんですし。」

 ふと、少し前の彼の言葉を思い出す。

『楽しめよ―――』

 本当に、彼には頭が上がらない。彼はいったいどこまで俺のことを見透かしているのだろう。

「そうだな。せっかくだし、楽しむか!」

「はい!それが一番です!」


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 一方、その頃。前列ではというと。


「ほら、想乃華。このままだと、結愛にグイグイ行かれて、さらっと想志君かっさらわれちゃうよ。」

「そうだぜ、美鮮。想志は恋愛面ではとろいけど、来るもの拒まずだからな。気を抜いてると、やられちまうぞ。」

「二人とも、そんなに言わないでよー。」

 冷ました頬が再び染まっていく。

「想太君って、想乃華のそういう所気づいてたんだね。」

「そりゃあ、あんだけわかりやすいとな。」

「だよねー。やっぱりわかりやすいよねー。」

「もう。そんなこと言ってたら二人とも置いていっちゃうからね。」

 わざとらしく怒る想乃華へ二人は笑みを向け、彼女の隣へと歩を並べる。

 これでいいのだと。そう願いながら。


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 Interlude


 何度も、何度も問いかける。

 これでいいのかと。このままでいいのかと。


 何度も、何度も言い聞かせる。

 彼女の隣に居るべきなのは自分ではないのだと。


 結末なんてわかっている。それでも叶えられる願いがある。

 ならば、離れていく足を止めることはもうしない―――


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「先輩!次あっちに行きましょう!」

「金魚すくいやりましょうよー。」


 そんなこんなで気づけば結愛に振り回されっぱなしだった。だがまあ、

「えへへ。金魚釣れてよかったです。」

 こんなにも笑顔な彼女が居るのだ。あっという間ではあったが、振り回されるのもそう悪いものではなかった。

「結愛ー。ちょっといい?」

 結城が声をかける。

「大丈夫です。ちゃんとわかってますよ。横取りしすぎて少し申し訳ないですが。」

 その言葉に結城と想太は笑みを浮かべる。

「想志。せっかくだし、美鮮と二人でどっか屋台行って来いよ。」

「二人でか?別に全員でも‥‥‥」

「想志君?」

 全員で行くのも良いんじゃないかと言おうとしたところで、結城が間髪入れずに無言の圧をかけてくる。結城っていつからこんなに怖くなったっけ。

「わかった。‥‥‥じゃあ、行ってくるよ。」

「おう。花火の時間までには戻って来いよー。」

 想太へ軽く返事をし、美鮮の方へ身体を向ける。

「んじゃ、行くか。」

「うん。」

 目的もなく歩き出す。どこに行くのかも、何をするのかも定まらぬまま。

「なんか、美鮮って変わったな。」

 部活に入ってから、ずっと思っていたことを口にする。こういう時でないと、聞けない気がしたから。

「そう‥‥‥かな。」

「うん。なんかさ、中学の頃は結愛みたいにめちゃ元気!みたいな感じだったんだけど、高校に入ってからはなんかおとなしくなったっていうか、そんな感じがする。」

 なぜか、もっと気の利いた話題を振れない自分に苛立ちが募る。

「んー。言われてみればそうかもしんない。‥‥‥中学の時は、色々あったし‥‥‥。」

 色々‥‥‥か。確かに、そうだな。俺には彼女の真意も心境の変化も何もわからない。‥‥‥けれど、何より今彼女と言葉を交わせていることに、どこか温かいものを感じていた。

「そうだな。‥‥‥すまん、変なこと聞いちゃって。」

「いいよ。全然。」

 美鮮は優しく微笑む。

「そうだ。どっか行きたいところとかあるか?ずっと歩いてるのも疲れるだろ。」

 俺はまあいいとして、美鮮はサンダル履いてるし。靴擦れとかになったら面倒だろうし。

「行きたいところ‥‥‥。‥‥‥あ。」

 ポツリとつぶやく。彼女の視線の先にはヨーヨー釣りと書いてあるのぼり旗へ向けられていた。

「ほら。行くぞ。」

「‥‥‥うん。」

 目当ての屋台の近くへ行き、中をのぞく。そこには色とりどりのヨーヨーが水上に浮かんでいた。

 赤。オレンジ。ピンク。黄色。緑。青。加えて、縞模様や斑点などが装飾されている物もあった。

「きれい‥‥‥。」

 美鮮は目を輝かせ、恍惚とした表情をしている。彼女のこんな顔は初めて見た気がする。いつも、怒っているか哀しんでいるか、微笑んでいるかのどれかしか見たことが無かった。何も、何も知らない。美鮮のことも。結愛のことも。傍に居ていてくれているのに、何も―――

「綺麗な物、好きなの?」

「うん。こういうのはずっと見てられる。」

 屋台に設置されているライトのせいか、ヨーヨーを見つめる美鮮の目が宝石のように輝いて見えた。

「どれか欲しいのある?」

 ふいに聞かれたことに戸惑ったのか、美鮮はわなわなと口を開いては閉じを繰り返した後、消え入りそうな声を出す。

「これ‥‥‥。」

 俺は頷きで返し、店主へと歩み寄る。

 ふと、『誰か一人のために』というのは、こういうことなのだろうかと思った――――


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「先輩たち!もうすぐ始まっちゃいますよー。」

 俺と美鮮は結愛たちと合流し、花火がよく見えそうな橋の方へと移動する。ここは歩行者のみが通れる場所であり、俺たち以外にも花火を見ようと人がまばらに集まっていた。おそらく、あと十分もすれば大勢の人でにぎわうだろう。

 想太と結城は美鮮が手に提げている物を目にし、笑みを浮かべる。

「想志。お前はやっぱり俺が見込んだ男なだけあるなー。」

「何いきなり気持ち悪い事言ってんだよ。ったく、結城といい想太といい、お前ら何か今日変だぞ。」

「変とは失礼だなー。ただ私は、純情な乙女に手を差し伸べているだけなのに。」

「そうだぞ。俺たちは誰かさんのためを思ってやっているだけだ。そんなに酷い事言わなくてもいいだろー。」

 ブーブーと野次を飛ばす二人。アイツらはあいつらで楽しそうだし、まあいっかと意識から遠ざける。

「結愛は、俺たちがいない間に何してたんだ?」

「私ですか?んー。これといって特には。‥‥‥ああでも、茜先輩と工藤先輩とおしゃべりしてました。‥‥‥色々と。」

 結愛がアイツらおちゃらけ組と仲良く話をしているのは想像に難くない。結愛も結愛で、いつもテンション高いし。

 『どんな話してたんだ?』と聞きたくなる衝動をぐっとこらえる。理由は自分でもわからないが、なぜかそれは聞くべきではないと直感した。

「そっか。」

「はい。」

 辺りが少し薄暗くなってきたからだろうか。結愛の瞳が微かに潤んでいるように見えたのだが、暗くてよくわからなかった。

 しかし、それでも尋ねないわけにはいかなかった。

「何かあった?」

「いえ。本当に何でもないです。心配しすぎですよ、先輩は。」

 本当にそうならいい。けれど、彼女の様子から察するに、これ以上は深入りするべきではないと判断した。

「想志!花火!」

 美鮮の呼びかけに、空を見上げる。


 ヒューと打ちあがる高い音。ボンと破裂する低い音。そして、字の如く花のように綺麗に咲き誇る花火。打ちあがる度に期待に胸を膨らませ、それが花開いた時には万感の思いに包まれる。ふと、手のひらが温かいものに触れていることに気づく。視線を向けると、ぎゅっと美鮮が左手を、結愛が右手を握っていた。

「こんな日がずっと続けばいいのに。」

 声にならぬ声で誰かがつぶやく。

 ずっと‥‥‥か。それには同意せざるを得ない。この部に入ってから、部活らしいことはまだ少ししか出来ていないが、それでも彼女たちと過ごす時間は、いつしか俺にとって代え難いものになっていた。‥‥‥だが、きっとそれだけではダメなのだ。でなければ、俺は彼女たちに―――

「終わりがあるからいいんだよ。」

 物事には必ず終着点が存在する。それは人間とて同じだ。

『死』というゴールへ向かうまでの長くて短い旅路を、きっと『生きる』と言うのだろう。そう形容するに相応しい。終着点に行き着き、ゴールを迎えた時に初めて、『生きた意味』が生まれる。

 ただ、それだけのことなのだ。

 ほら、眼前に広がっている光景だってそうだろう?

 打ちあがり、花開く。終着点でそれらは俺たちの胸の中に残り続ける。難しく考える必要なんてないのだ。きっと、それは俺たちが思っているよりも単純明快なのだから―――

「そうですね。どっちの考え方も好きですが、私的には終わりがあるから今が愛おしいっていう方が、何かしっくりきます。」

 どちらの手だったかはおぼろげだが、確かにより強く握りしめられた感覚を得た。


 いつか、遠いいつかの話。この光景を思い出す時が来たとしたら。目の前で上がり続ける花火のように、彼女らと想い出話に花を咲かせることができる日は来るのだろうかと、祈るような気持ちで見つめ続けた。

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