断章「願望」
血まみれで臓器をむき出しにして死んでいる人がいた。
助けられなかった人がいた。
誰かのために頑張ったのに、何一つ報われない人がいた。
伝えたい想いがあるのに、相手のためを思って必死に我慢をしている人がいた。
何も出来なかったのに、『ありがとう』って言ってくれた人がいた。
皆、今にも零れ落ちそうな涙を堪えていた。
何かしてあげられたらと何度も思った。
でも、最後の最後まで何も出来なかった。
結局は口だけだった。
その顔を見たくなかった。
その姿を見たくなかった。
目の前で何も出来ずに、ただ立ち尽くしたくなかった。
もっと幸せになるべきだったのに、それを手に入れようと努力したのに、何も掴み取れない人を見たくなかった。
心が張り裂けそうだった。
胸が苦しかった。
その人の代わりになれたらいいのにと本気で思った。
赤の他人の出来事なのに、どうしてこうまで共感してしまうのだろうと、自分を呪いたくなることもあった。何かそういう持病を持っているのかなと思ったこともあった。でも‥‥‥そんなことは無かった。分からない事だらけだけど、自分の胸の内にある『何か』を知ることができた。
自己を省みないという在り方が異常だということはわかっている。
もちろん、痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。
それでも、なぜか他人が苦しんでいるのを見るのは、もっと嫌だった。
何も出来ないなんて分かってる。諦めているのではなくて、単純に物量的に不可能だと。
なにも、世界中の全ての人を救いたかったわけではない。
そんなことは無理だと、傲慢だと理解している。
だからせめて、目の前で起こる惨劇を少しでもマシなものにすることができるのならと思った。
そして、社会についての知識を身に着けていくと、『幸福は誰かの不幸で成り立っている』ことを知った。もちろん、『誰も不幸にならずに幸福になれる』ケースも存在することは理解している。つまりは、人生における幸福量が一定であり、『幸福であるプラス』と『不幸によるマイナス』によってその均衡は保たれているということを知った。
いつしか、自身の幸福を受け止めることができなくなっていた。それは誰かの不幸、代償によるものだからだと思ってしまったから幸福というモノを受け取ることができなかった‥‥‥。そうして、気づいたら何もかもを失っていた。
しばらくして、一つの考えに至った。なにも、『一人が不幸になって一人が幸福になる必要はない』と。一人が幾重にも不幸を背負い続けることで多くの幸福を生み出すことができることもあるだろうということ。つまりは、自己犠牲をすることでより多くの人を幸福にすることができるだろうと考えた。
俺は誰かを幸せにしてあげられることなんてできない。
思い上がりだという事は重々承知しているが、それでも‥‥‥自分が不幸になることで誰かの幸せに少しでも繋がる可能性があるのなら‥‥‥喜んでその不幸を一身に受け入れると誓っただけ。
憐れんでほしいわけじゃない。助けてほしいわけじゃない。そんなものは不要だ。それだと、何のために自己犠牲をしているのか分からなくなる。
―――ただ、後悔をしないために―――




