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第三部 第六章「言葉でこじ開けて」

 二〇一九年。五月一日。

 新幹線でボランティアの目的地へ向かい、宿泊予定のホテルへ向かう。幽霊部員と言いながらも、ちゃっかり部員全員で来ているのだった。当然ながら、顧問であるおじいちゃん先生も同伴している。道中はトランプをしたり読書をしたりなど、比較的ゆっくりと過ごすことができた。また、お金に関しては学校側が負担してくれるという太っ腹だ。そして、ボランティアは二日間行われる。その間は学校を休んでも欠席扱いにはならない。一同、それなりの対偶の良さにほっと息をついたものだ。それだけ、うちの高校もこのボランティアには注力したかったのだろう。

 ホテルへ到着し、チェックインを済ませると、男子と女子で別々の部屋へ分かれる。おじいちゃん先生は軽い注意事項を済ませ、先に一人部屋へと向かっていった。

「先輩。夜這いしちゃダメですからね。」

 この後輩は笑顔で何とんでもないことを言ってやがるのか。

「んなこと、するわけねーだろ。」

 あっち行きやがれと追い払う仕草をする。

「もー。後悔してもしりませんからねー。」

「するわけねーだろ。」

 結愛とのじゃれ合いを美鮮と結城がほほえましく見つめている。

『見てないで、早く結愛を部屋まで引っ張って行ってくれよ。』

 心の中でそう吐き捨て、想太と共に部屋へと向かう。

「お前ら、本当に仲が良いのな。」

「そうか?まあでも、あんなに俺をいじるのは結愛が高校に来てからかもな。前はもっとおとなしい感じだった。」

 ふーんと想太は興味があるのかないのか、察しづらい返答をする。

 部屋へ着き、オートロックのドアを開錠する。中にはシングルベッドが二つ。テレビ。冷蔵庫。いたってシンプルな部屋だ。ただし、大事なのはユニットバスではなく、大浴場があるということ。

『うちの校長、気前良すぎでは?』


 とりあえず荷物を置き、時計を確認する。時刻は十八時。

「風呂行こうぜー。」

 想太が提案し、俺も同意する。

 大浴場には露天風呂やサウナが設備されており、高校生が泊まるホテルでは最上級と言って差し支えない。適当に体を洗い、湯船につかる。浴場に来るや否や、想太は落ち着かない様子だった。体を流している時も、どことなくソワソワしていた。いや、ウキウキとしていたの間違いだろうか。

「想志。サウナ行くぞ。」

「え。」

 想太は笑顔で提案し、俺の手を引く。

「ちょ、おい。俺はサウナ苦手なんだが‥‥‥暑いの苦手だし。」

「何言ってんだよ。いいか?サウナってのは短時間で体温を上げる事が出来て代謝を上げる事につながる。それだけじゃない。交感神経と副交感神経を刺激して自律神経を整える事が出来る。つまりは、サウナってのは体に良い事だらけでやらないなんて選択肢はないんだ。やるんだ。やるだろ?」

 息継ぎをせずに捲し立てる彼に圧倒され、半歩身を引く。

「お前、まさかサウナがあるって知ったからあんなにソワソワしてたのか?」

「まあな。大浴場って聞いた時からもしやとは思っていたが、本当にあるとは思わなくてなー。もう嬉しくてしょうがねえよ。」

 あー、なるほどと納得する。さっきの様子はそういう事か。

「わかった。入るから、そんな引っ張んなよ。あと、入るつってもちょっとだけだからな。」

 一応、釘を刺しておく。でなければ、想太が満足するまで付き合わされそうな気がしたからである。

「わーってるよ。ずっととは言わねーから、試しにちょっとだけ、な?」

 想太がここまでゴリ押しするのは珍しいので、仕方なく付き合うことにした。


-----------------------------------------------------------------------------------


 想志君と想太君と別行動になってから、私たちはホテル周辺を散策していた。先にお風呂に入るかという話にはなったが、私の提案でその前に散歩しようということになった。まあ、仮に汚れたとしても後で入れば問題ないという事だろう。ちょうど陽が沈み、もうじき月が現れる時間帯。駐車場を抜け、並木道を歩く。

「知らない街を歩くのって、何か新鮮ですね。ちょっとだけワクワクします。」

 結愛ちゃんは足取り軽やかに私たちを先導してくれる。

「そうだね。まさかボランティアとはいえ、学校をさぼれてこんなに良いホテルに泊まれるなんてね。」

 想乃華の言い方に引っ掛かるところはあるが、私とて概ね同意見だ。

「いやー。幽霊部員とはいえ、この部活に入れてよかったよー。じゃなきゃ、私も来れなかっただろうし。」

 実際、お悩み相談たまにボランティア部なんていう変な部活に入部できたからこそ、私は今も彼女らの傍に居られるのだから。

 入部して以降、週に一回程度しか顔は出さないが、三人はうまくやれているようだった。想乃華からは毎日話を聞いてはいるものの、心配であることに変わりはなかった。だからこそ、いつ終わるかはわからないけれど、少しの間でも仲良くできていることに満足感を覚える。

 私たちは目的もなく歩きながら、物珍しそうな店を覗いては出てを繰り返している。こういうのはとても楽しい。‥‥‥けれど。ここ最近、どうにも想乃華の様子に違和感を感じる。正確に言うならば、部活を新設した時から、ソレはちょっとあったが、ここ一週間でより大きくなっていた。

 ふと、カップルらしき男女とすれ違う。結愛ちゃんはそれを見てキラキラと目を輝かせていたが、想乃華は一瞥すると目線を下に落としたのだった。何でもないその一幕が、私にはひどく言いようのない感情を抱かせた。

「結愛ちゃんはさ―――」

「結愛でいいですよ。せっかく一緒の部活でこうやって過ごしているんです。だから、呼び捨て‥‥‥とか‥‥‥もう少し気軽に接してくれると嬉しいです。」

 言葉を遮るように、彼女は言葉を重ねる。

「ありがと。」

「じゃあ‥‥‥結愛はさ。想志君に対してめちゃめちゃ積極的なんだね。」

 どういう風に聞くべきか悩んだが、彼女の性格的に直球で尋ねるのが良いだろうと判断する。

「そうですね。‥‥‥いやー。こうやって他の人からそういうの言われると、なんか照れちゃいますね。」

 結愛はえへへと軽い笑みを浮かべ、歩みを早める。

「自分語りにはなっちゃいますけど、中学の時はただ想志先輩の隣に居るのに必死でした。絶対に離したくないって。‥‥‥要は、余裕が無かったんです。」

「でも、今は違います。先輩の近くにいても前ほど緊張で心臓がドキドキすることは無くなりましたし、ちょっとは余裕が持ててるんです。けれど、先輩のことが好きっていう事には変わりありません。今でも思うんですけど、私‥‥‥中学の頃は急ぎ過ぎてたっていうか、常にバタバタしてて早く距離を縮めようと躍起になってました。‥‥‥でも、今はこうやってゆっくりでも先輩の傍に居られたらなーってそう思うんです。」

「ごめんなさい。答えにはなってないかもですが。」

 苦笑いをする彼女に微笑む。

「ううん。ありがと。」

 結愛は真っ直ぐで自分の気持ちに正直な子だなと素直に思う。想乃華とは正反対だけど、その想いは変わらないのだと。

 この部に入る前に、想乃華から中学で何があったのか、おおよそは聞いていた。あの頃は私は介入することができなかった。いや、怖くてそれから逃げていたけれど、今は違う。その機会チャンスを再び得られたのなら向き合うべきだ。だからこそ、私は『ここ』にいる。

「想乃華はいいの?このままだと結愛に想志君取られちゃうかもだよ?」

 言っておいてなんだが、こんな聞き方はしたくなかった。それも、結愛の目の前で。これは明らかに二人の対立関係を煽った問いであり、まだ本題であるボランティア活動すら始まっていない前日にこのようなことをするのはリスキーだ。というのも、仮にこれで彼女らの関係が悪化してしまうという事態になれば、部の存続はおろか、彼との関係さえ壊しかねないことにつながるからだ。けれど、このイベントでどうにか、何かしらのきっかけを作らなければ、何も進まないような気がした。

「それはもちろん嫌だよ。嫌だけど‥‥‥。」

 言葉が詰まる。想乃華自身、悩んでいるのだろう。迷っているのだろう。結愛も私も、答えを急かすことだけはせずに、想乃華が言葉にするのをひたすらに待ち続ける。

 そうして、来た道をUターンし、ホテルへと戻る。しばらく時間が経った頃。ホテルまであと百メートルほどといった距離。

「私はね。想志が結愛に取られるのが嫌。仲良くしているのが嫌。‥‥‥でもね。アイツを本当の意味で笑顔に出来るのは、きっと私じゃなくて結愛だと思うの。私にはできない。」

『そんなことは―――』

 結愛がそう言いかけて言葉をつぐむ。最後まで聞くべきだと思ったのだろう。感情で否定するのはその後だと。

「私はアイツに幸せになってほしい。笑顔でいてほしい。でも、アイツは他人には優しすぎるけど、自分には一切妥協しない。それを自分自身に許さないように見える。私はさ‥‥‥近いような遠いような場所で、ただ見つめる事しかできなかったから。何も‥‥‥できなかったから‥‥‥。でも、結愛は違う。結愛はここまで追いかけてきて、私たちの関係を変えてくれた。アイツの笑顔だって間違いなく、結愛が来てから増えた。だから‥‥‥私は相応しくないんだって‥‥‥私なんかよりも結愛が傍に居てあげた方がアイツにとっては一番なんだろうって‥‥‥思ったの‥‥‥。」


 自己の幸福よりも彼の幸福を優先しようとする想いは尊いものだ。

 そのはずなのに、それはどこか悲しく思えた。


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 サウナへ入り、水風呂に浸かる。このサイクルを何度繰り返したかわからなくなってきた。こういうのってやりすぎは良くないんじゃないかと問うてみたが、想太は『まあまあ。そんなこと言うなよ』と言うのみだった。

「露天風呂。行かねーか?」

 サウナ地獄からやっとの思いで解放され、そそくさと外の空気を求めて向かう。

 幸い、露天風呂には誰もおらず、貸切状態だった。風呂へ浸かり、外へと視線を移す。夕日は沈み、辺りは暗くなっていた。住宅街よりも高い場所にホテルが作られているため、街並みを一望することができた。まばらに点いた灯り。お店の電光掲示板。昼から夜へと移り変わっていく時間に、つい目を奪われていた。

「なあ、想志はアイツらのこと好きじゃないのか?」

 予想すらしていなかった問いに、思わずせき込む。

「いきなり何言ってんだよ。」

 俺はあからさまに呆れた表情を彼に向ける。

「冗談で言ってるわけじゃねえよ。もちろん、恋愛的な意味で好きかどうか‥‥‥って話だけどな。」

「そういうのは普通、夜中、部屋でやるもんだろ。」

 恋バナなんてそういうものだろう。

「それはそうなんだけどよ。お前。絶対答える気ないだろ?」

「‥‥‥まあな。」

 それは当然だ。というより、彼女らとの関係は複雑極まりないうえに、おいそれと話せるものでもないだろう。

「部屋で聞いたとしても、どうせ寝たふりをして躱すつもりだったんだろうが―――」

 想太はポンと俺の肩を叩く。まるで、逃がさないと言うかのように。

「お前が答えてくれるまで‥‥‥逃がすつもりはないぞ。」

 笑顔で恐ろしいことを口にする彼には本当に参る。部活へ入る時もそうだったが、想太には毎度のようにしてやられる。

「それにさ。入部した日の放課後。想志は言ったよな。『俺のおかげで向き合うことができた。サンキュ』ってな。」

 なんでそんなこと覚えてんだよ‥‥‥。変なところで記憶力が良いのはズルい。

「なら‥‥‥ここらで、その借りを返しておくのも悪くないんじゃないか?」

 想太は口角を上げ、いたずらな笑みを浮かべる。

「ったく‥‥‥お前ってやつは本当に―――」


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 規則的な呼吸が聞こえる。

「想志のヤツ‥‥‥もう寝ちまったか。」

 寝返りを打ち、数時間前のことを思い返す。


『長い話になる』


 そう切り出して彼は話し始めた。

 正直、想定していたよりも何倍も重い話だった。想志は自分の目的、かっこつけて言うなら、己が理想のために最善の手段を取り続けたように思える。彼の想い、覚悟は本物だ。疑う余地はない。俺は彼の在り方を正しいと思えてしまう。自己を省みない姿。他者を優先し続ける姿。確かに他人から見れば、その在り方を痛ましく思う者もいるだろう。けれど、彼がそう信じたのなら。覚悟を決めたのなら。俺のような部外者が何も言えるはずがなかった。



 故郷に戻ってきているからか、ふとあの光景がフラッシュバックする。



 車のクラクション。

 自転車のベル。

 渋滞した道路。

 歩行者を轢いてしまっても構わないと言わんばかりの自転車。

 運転席がもぬけの殻になったタクシー。

 団子状態の歩行者通路。


 早く出せという怒号。

 我先にと逃げ出す人。

 泣き出す子ども。

 その場にへたり込む女性。

 誰かを抱えて走る男性。


 倒壊した家。

 地面に倒れた電柱。

 そこにあってはならないビル。

 火に包まれた家屋。


 まさに、地獄と呼ぶに相応しい光景だった。十分前にはそこに在ったはずのあらゆる物、人が変貌していた。これは夢か何かなんだと思った。けれど、どれだけ時間が経っても、どれだけ傷を負っても覚めてはくれない。『お先真っ暗だ』と笑い飛ばせればよかった。これは夢なんだと洗脳でもされるかのように、思考を一色に染める事が出来たら楽だった。でも、現実はそれすらも許してくれない。


『お兄ちゃんっ』


 助けたいヒト―――


『この子だけでも』


 助けたかったヒト―――


「なあ‥‥‥。俺じゃなくて、お前なら‥‥‥。オマエなら―――」

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