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第三部 第五章「起源」

新設する部活の書類にサインをしてから約一週間後。美鮮と結愛に呼ばれ、俺は歴史準備室へと足を運んでいた。

「はい。これ。」

 美鮮は一枚のプリントを配る。

「これは?」

「ボランティア募集に関するプリント。三ヶ月に一回でいいから、この中から一つボランティアの依頼をこなせば、部としては存続させてもらえるらしいよ。」

 プリントには、地域のゴミ清掃。折り鶴を作って届けるもの等。ジャンルに富んだボランティアが掲載されていた。

「まあ、何はともあれ、部として認められたという事で!めでたしめでたしですねー。」

 結愛は呑気そうに笑顔で口にする。教室内に置かれているホワイトボードには

『お悩み相談たまにボランティア部』

 と堂々と書かれていた。おそらく、結愛が書いたのだろう。そして、その文字の周りにはちょこちょこと絵が書かれていた。花やら似顔絵やら。まるで、卒業式の時のクラスの黒板が装飾されたかのよう。地味で何もない教室の中でホワイトボートだけが異彩を放っていた。どんだけ楽しみなんだよと悪態をつくが、それは置いておく。何よりやるべき事があるからだ。

「それで、これからはどうする?お悩み相談よりかは、とりあえず先にボランティアをやっといた方が良いと思うんだが。」

 同意するかのように二人もうなずく。

「そうだね。まずは学校側に、この部は学校にとって有益である事を認めさせるのが先決かな。」

「てことは、このプリントの中から、どれか一つをこなせばいいってことですね。」

「そうなるな。何かやりたいのある?」

 彼女らに問いかけるも、答えは返ってこない。

 結愛はムムムとプリントを凝視し、美鮮はぼうっとして上の空状態だ。

 まあいい。俺もどれが良いか考えてみるか。

 無難に行くならゴミ拾いかな。だって鶴とか折れないし‥‥‥。あとは何があるかなーと目線を動かす。

『災害ボランティア』

 ふと、地獄のような光景を思い出す。

『わかっているよ。父さん‥‥‥。今自分の知らない所でも悲惨な出来事は起きている、そうだろ。』

 だから、このようなボランティアが募集されている。こんな事は日常茶飯事だ。だからこそ、こんな所でのほほんと過ごしている自分に嫌悪感が募る。何も出来ない自分自身に。俺自身が罪悪感を感じる必要はない。けれど、毎日誰か知らない人が死んでいくニュースを次々に見た。映像ではあるが、死体らしきものも見た。死んでいく人たちを‥‥‥見た。

「先輩?先輩!」

 顔を上げると、心配そうな顔を向けられていた。

「大丈夫ですか?顔色‥‥‥悪そうですけど‥‥‥。」

 そんなに顔色が悪かっただろうか。まあいい。心配させたことに変わりはないのだから。

「ああ。大丈夫だよ。問題ない。」

 努めて笑顔で答える。ただ、彼女に暗い顔をしてほしくなかった。結愛には笑顔が似合っているのだから。ネガティブな顔は見たくないから。

「今日はこの辺でお開きにする?」

 美鮮が気を利かせて提案してくれる。

「いや。ボランティアの件なんだが、災害ボランティアでもいいか?」

「たぶん、ここに書いてあるものの中で一番大変だと思う。けど、もし‥‥‥二人が良いのなら―――」

「じゃあ、それにしましょう!」

 俺の言葉にかぶせるかのように明るい声で言い放つ。

「決定だね。」

 美鮮も同意する。

「いいのか?」

「気にしなくていいよ。だって、この部は私と結愛で始めた事なんだから‥‥‥。想志を巻き込みたいっていうだけでね。想志が提案してくれるのなら、私たちにとってもそれが一番なの。だから、そんな事気にしなくていいよ。むしろ、ここにいる時ぐらい、もうちょっとリラックスしていいんだからね。」

「そうですよー。私も先輩が選んでくれるならそれがいいです。」

 二人の優しさはとてもありがたい。こうやって言葉を交わせるだけでも嬉しいのに、彼女らの温かさは本当に心に染みる。

「ありがとう。」

 心からのお礼を伝える。この部に来たときはどうなることかと思っていたけれど、案外良いものだなと思ってしまう。

「それじゃあ顧問の先生に言ってきますねー。」

 こんなわけのわからん部活に顧問なんていたのか。ただ、一つの疑問が浮かぶ。

「そういえば、顧問の先生って誰なんだ?」

「世界史の先生ですよ。おじいちゃんみたいな先生です。」

 そう言えば、そんな先生がいたなーと思い出す。世界史の授業を受けているわけではないので話したことはないが、職員室で見かけたことくらいはある。

「まあ、今はこんな状態ですけど、仮にも歴史準備室ですからね。それで、日本史やら世界史の先生が良いんじゃないかーみたいな話になったらしくて、それでおじいちゃん先生にお鉢が回ってきた、みたいな流れです。」

 なるほど、それなら納得はいく。

「でも、ここって職員室からめちゃめちゃ遠いのでおじいちゃん先生には重労働だから、基本的には部活の時間には来ないそうです。部周りの手続きやらをやってくれるって感じです。」

 いつの間にか、顧問の先生のあだ名がおじいちゃん先生になっていることに吹き出しそうになるのを必死に抑える。

 すると、下校のチャイムが鳴る。

「じゃあ、決まったことだし帰ろっか。」


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 俺も帰るかーと思い、歴史準備室を後にする。もう皆帰らなきゃいけない時間だし、教室には誰もいないかなと予想していたのだが、それは大きく外れた。

「よう。部として正式に認められたんだって?」

 想太がぶっきらぼうに声をかける。多少、面食らったが別に驚くことではない。

「みたいだな。とりあえずボランティアをすることになったよ。」

 幽霊部員ではるが、部員である事に変わりはない。だから、一応、決定事項は伝えておくべきだと思った。

「まあ、部のことを考えればそうなるだろうな。」

 見透かしたように言う彼に問いを投げる。

「想太は、俺があの部に入ることをわかっていたのか?」

「まさか。半々だよ。入る可能性と入らない可能性どちらもあった。そんなのわかるかってんだ。」

 鼻で笑うかのように、その問いを軽く吹き飛ばす。

「ただ‥‥‥お前には入ってほしいと思っていた。アイツらのあんな顔なんざ見たくないからな。」

「そうか‥‥‥。想太のおかげで、俺はまた向き合うことができた。だから‥‥‥サンキュな。」

「おう。」

 あえて何も聞かないでいてくれる彼の優しさに感謝を抱く。

「それで、何のボランティアに行くんだ?」

 湿っぽい空気を晴らすかのように、張りのある声で尋ねてくる。

「災害ボランティアだよ。でも、幽霊部員だし、絶対に参加しなくちゃいけないって訳でもないんだぞ?全員強制参加って言われてないし。」

「災害‥‥‥?」

「おい、それは何のボランティアだ?」

 急に身を乗り出す彼に驚きながらも、プリントに記載されていたことを思い返す。

「数年前に大地震とか津波が起きたのは覚えているだろ?要はそこの復興ボランティアだ。」

「そうか‥‥‥。」

 答えるや否や、想太は身体の力を抜く。彼のあまりの様子の変化には、思わず聞かざるを得なかった。

「どうしたんだよ、急に。参加しなくていいって言ったろ?」

「いや、気が変わった。俺も行こう。」

 想太はああ言っているが、このボランティアはそんな気軽に行けるようなものではない。数年前、とある地方で大きな地震が発生し、津波まで押し寄せた。

 後に津波の恐ろしさを世間に知らしめることになったこの災害は、当時生きていた人間ならば、今でも誰しもが覚えていることだろう。それほどまでに、強烈な出来事だった。それは、もちろん彼とて知っているであろう。だからこそ、ゴミ拾いのように気楽にできるものではないことは理解しているはず。

 それなのに、幽霊部員の彼がそこまでこだわる理由が俺にはわからなかった。

「想志。そこはな。」

 背を向け、夕焼けの灯りに照らされながら彼は告白する。

「俺の故郷なんだ。」

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