第三部 第四章「変わらないもの」
結城と想太が退室してから教室内は沈黙に包まれていた。
『キッチリ話しておけよ。』
言われなくても分かってる。ずっと一方的に拒絶したのに、彼女らは今もこうして目の前にいる。ならば―――
「二人はどうして‥‥‥部活を作ってまで俺を巻き込もうとするんだ‥‥‥?」
戸惑い交じりの問いに、結愛は優しく微笑む。「そんなの決まってますよ。先輩に‥‥‥恩返しがしたいからです。いえ、正確には、私がしてしまったことへの責任を果たしたいだけなんです。」
唖然とする。結愛の言っている意味が分からなかった。
恩返し?
責任?
それが何を指しているのか、何を思ってそう言ったのか‥‥‥何も。
「私は先輩にいっぱい‥‥‥いっぱい迷惑をかけてきました。今だって迷惑だとは思いますが‥‥‥。」
雫を瞳に湛えながらも、精一杯の笑顔を作る。
「だから、その責任を果たしたいんです。沢山‥‥‥迷惑をかけちゃったから、だから‥‥‥せめて私にできる事をしないといけないなって‥‥‥そう思って―――」
もはや、何が正しくて何が間違っているかなど判らない。あの時の、入学式前の裏門で伝えてくれたことは嘘だったのか。彼女は自分のためではなく―――
「結愛は‥‥‥何も迷惑なんてかけていない‥‥‥。俺ばっかり、沢山のものを貰ってばっかりだった‥‥‥。何も、何も返せていやしない。なのに、どうして―――」
「そんなことはありません。」
彼女は強く言い切る。何かを断ち切るように。
「先輩は沢山の想い出をくれました。沢山の温かい感情をくれました。それだけで、満足なんです。幸せなんです。たとえ‥‥‥恋人同士になれなくても‥‥‥その想い出だけで‥‥‥十分過ぎるんです。」
途切れ途切れの言葉が線になって結ばれる。
「ありがとう。」
長かった。本当はもっと話していたかった。
けれど、そうすることはできなかった。だからこそ、二年半ぶりに想いを伝え合う事が出来て心の底から嬉しい。だが、これだけは聞いておかねばなるまい。
「結愛は入学式の前の日、『諦めてない』って言っていたよな‥‥‥。けれど、今聞いた、俺と関わろうとする理由にはそれが無いように思える。」
そうだ。どんな理由で接点を持とうとするとしても、それだけは確かめるべきだ。
「結愛は、俺のこと‥‥‥好きにならないよな?」
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Interlude
私は今でも先輩のことが好きだ。愛している。ここに来た理由に、さっきの説明は嘘偽りない。ただ一つの疑問は、先輩がどうして私だけでなく、女子を避けるようになったのかということ。そんな事‥‥‥わかる訳がない。けれど、今の先輩の表情で確信した。だってしょうがないんだもん。そんな希望を持ったような、一縷の望みに賭けるような顔で聞かれたらさ。
「先輩のこと‥‥‥好きにならないよ‥‥‥。」
ただ一つわかったのは、先輩は感情が表に出やすいということ。たったこれだけ。けれど、あの時の私よりかは、ほんの少しだけど‥‥‥前に進めたかな―――。
Interlude out
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「そうか―――」
『諦めない』
結愛はそう言っていたけれど、すべてが晴れたわけではないけれど、今の彼女が嘘をついているとは思えないから。彼女の言葉を信じたいから。
もっと―――たいから―――
「ありがとう。今までいっぱい迷惑をかけてごめん。」
「さっき言ったじゃないですか、先輩。迷惑だなんて‥‥‥そんなことは一ミリたりとて思った事はないですよ。むしろ感謝ばかりです‥‥‥それに―――」
「私はそんなことないのに、先輩がそんなことを言い続けてたら、私の感謝の思いはどうなるんですか‥‥‥。本人が否定しているのに、まだ信じられないとでも言うつもりですか?」
その言い方はひどくズルい。何がとは言えないが、とにかくズルい。彼女を信じられない訳がない。信じているに決まっている。ただ、迷惑ばかりかけてしまったのだと思わなければ、己の中の罪悪感を払拭することなど出来るはずがないから。許してくれているだけなのだと、勝手に思えたら‥‥‥自分が悪いのだと、すべて背負うことができたらどれだけ楽なのかと思えたから。
「そんなわけ‥‥‥ないだろ‥‥‥。」
けれど、彼女はそれを許してくれない。本当にズルい人―――
「信じてるに決まってるだろ。」
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Interlude
痴話喧嘩か、それに似た何かを見せられている。結愛と想志がまたこうして向き合っている姿を見れるのは素直に嬉しい。
/早くどいてほしい。
彼が再び、感情を露わにしている姿を見られて嬉しい。
/なんで私には向けてくれないの。
本当に本当に、たまらなく嬉しい。
/独占したい。
早く、彼と言葉を交わしたい。今まで溜め込んできたもの全てをぶつけたい。
/要がないなら消えて。
あれ‥‥‥私って何で彼女のことをオウエンしてたんだっけ‥‥‥
Interlude out
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「想乃華先輩もさ‥‥‥ほら‥‥‥」
結愛に促され、美鮮は口を開こうとするが、口を僅かに震わせる。
しばらくして、美鮮は決心したかのように口をきつく締め、言葉を紡ぐ。
「私も結愛と同じ。想志には沢山助けられてばっかりだったのに‥‥‥。他人を拒絶していくアンタに何もしてあげられなかった。私だってアンタから貰ってばかりだった。なのに、私は‥‥‥。」
「‥‥‥違う。俺は別に助けた覚えは―――」
「ううん。文化祭の時だってそうだった。」
「文化祭‥‥‥。ごめん。俺は本当に覚えていないんだ。ただあの時は必死だっただけで‥‥‥。」
「いいの。私はちゃんと覚えてるから‥‥‥。それでいいの。」
「私はただ‥‥‥あの時の恩返しがしたいだけ。助けてくれたアンタが苦しそうな顔をしているのは見たくないだけよ‥‥‥。」
ああ、本当に久しぶりだ。二人と再び言葉を交わせたことが。心を通わせたことが。互いに向き合えたことが。それがたまらなく嬉しかった。
『好きにはならない』
『好きではない』
そういう趣旨のことを面と向かって伝えてくれて嬉しかった。今まで、ずっと苦しかった。ただ、苦しんでいる顔を、悲哀に満ちた顔を見たくなかっただけ。それを見ないがために、やれることをやった。けれど、結局はなぜか助けたい相手から好意を持たれるようになり、それを断り続けるということを何度繰り返しただろうか。両手では数えきれないほどであることに違いはない。今でも、彼女らの表情を鮮明に覚えている。今にも泣きだしそうな顔。いつもでは見たことのない表情。『ありがとう』と去り際に言ってくれた人。『バカ』と言ってくれた人。『気にしないで』と言ってくれた人。『じゃあね』と言ってくれた人。『友達として』と言ってくれた人。『それでも』と言ってくれた人。思い出せばキリがない。そうして、理解した。本当の意味で傷つけたくないのなら、少なくとも異性とは関わるべきではないと―――。
だからこそ、『好きにならない』『恩返しのためにやっているだけ』とそう言ってくれた彼女たちが世界で何よりも優しく見えた―――




