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第三部 第三章「想いの形」

「うーん。どうやって接点を作るのが良いんですかねー。」

 結愛の同意を得てから、私たちはさっそく作戦会議に移っていた。

「そうだねー。同じ委員会とかだと接点薄すぎるし、生徒会はもうやんないだろうし。」

「そういえば、想志先輩ってバスケ部に入ってないんですか?中学でキャプテンやってたし。」

「入ってないよ。まあ、あんまり目立ちたくないんだろうね。」

「なるほど‥‥‥。」

 二人してうんうんと頭を悩ませていると、結愛はポンと手を叩いた。

「想乃華先輩って、部活に入ってますか?」

「いや、入ってないよ。」

「じゃあ、決まりですっ!」

 結愛は身を乗り出し、私の肩をがっちりと掴む。

「三人の部活を新しく作ればいいじゃないですか!」


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 翌日。

 二年A組教室。

 昨日送られてきたメッセージを見返す。

『先輩!明日の放課後って空いてますか?よかったらお話したいです。』

 一つため息をつく。

「結愛の奴、俺が返信しないって分かってるのに送ってくるなんて、何のつもりだよ‥‥‥。」

 結愛がこの高校に入学し、入学前からわざわざあんなあいさつをしてきたのだから、彼女が何かしらのアクションを起こすことは予想の範疇だった。だから、こんなラインを送られてきても別段驚くことではない。ただ不気味なのは、彼女自身、無視されるとわかったうえでこうしているという事。それに、少しばかりの悪寒を覚えた。まあ何にせよ、今日はさっさと帰るのが一番だ。そうして帰り支度を済ませ、さて帰ろうかと席を立とうとした時。

「おーい、想志ー。帰るとこ悪いんだけど、今ちょいと時間作れるか?」

 声をかけてきた張本人である工藤想太は、教室の出入り口から声をかけ、そちらへと手招きしてくる。

「まあ、帰っても何もやることないしな。それで、何の用?」

「見てほしいものがあってな。たぶん、すぐ終わると思うから来てみ。きっと面白いことになるぞ。」

 笑顔を多分に含めた表情を浮かべた想太の後をついていく。

 彼。工藤想太とは高校一年の時から同じクラスであり、男子の中では一番仲の良い生徒だ。といっても、特別、親密な関係というわけではない。ただ単に、お互いに気を遣わなくていい、そして、たまにはバカなことを言い合えるような仲。彼のことを深くは知らないが、彼とて俺のことをよくは知らないだろう。互いに詮索し合わない、気が向いた時に話したり遊んだりする程度。簡潔に言うなら、何かと都合の良いような関係だ。俺自身、そんな関係を気に入っている。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか目的地に着いていたようだ。想太はとある教室の前で立ち止まり、廊下から教室内を指さす。看板には歴史準備室と記載されている。

「おい、想太。ここは確か、歴史研究部とかいう部活だか同好会だか、よくわからん所の部室じゃなかったか?」

「少し違うな。確かにその部室だったけど、去年廃部になってからはここは使われていないんだ。」

「しかも、歴史準備室なのに日本史やら世界史やらの先生は全く使ってないらしいぞ。なんせ、職員室からこんなに遠い教室を行ったり来たりしたくないとか何とか‥‥‥。」

 正直、そこまでは知らなかった。ここは三階廊下の一番奥、突き当りの教室だ。廃部になったと同時に、鳴りを潜めている状態だ。もはや、記憶から消えかかっていたまである。

「まあ、そこら辺のことはいいとしてだ‥‥‥。それで、ここにいったい何の用があるってんだよ。それに、何で暗幕みたいなのがあるんだ?」

 歴史準備室の窓には暗幕のようなものがぶら下がっており、廊下からでは中の様子は窺えない。何だかそれがとても胡散臭く見えた。

「まあまあ、見ればわかるって。」

 想太はニヒルな笑みを満面に浮かべ、教室のドアをガラリと開けた。


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 歴史準備室はとても狭い教室で、通常の教室の二分の一程度の広さだ。学校の代名詞と言っていい黒板は無く、その代わりとでも言うかのように、ホワイトボートが教室前方に佇んでいた。マジックペンは黒のみ。察するに、『お前らこの教室そんな使わんやろ』という思惑が見え見えである。机は四つしか置かれておらず、およそ教室を構成するのに必要な最低限の物しか置かれていなかった。簡素とした教室で、面白みは全くない。だというのに、なぜ彼はこんな場所に―――


「先輩。こんにちは!」



 ああ―――本当にどうしようもない後輩だ―――


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「想太。これはどういう事だ?」

『聞いた話と全然違うぞ』と猛烈に訴える。

「すまん。どうしてもって頼まれてな‥‥‥。」

 想太は苦笑いを浮かべ、頭をかく。俺は重いため息をつき、教室内を一瞥する。工藤想太。結城茜。美鮮想乃華。実想結愛。自身を合わせて五名が一堂に会していた。

『わけがわからん』

 思考はその一点に支配されていた。結愛だけならまだわからないことはない。事実、彼女に呼び出しを受けていたのだから。だが、美鮮と結城までいるとはどういう事だ。それに、想太が彼女らと接点があるようには思えない。

 何より、いったい何のためにこの五人が、こんな辺鄙な場所で集まっているというのか。

 美鮮は軽く俯き、想太と結城はどうしたものかと、あははーと苦笑いをしている。そして―――

「先輩。来てくれてありがとうございます。ちょっとだけお時間いいですか?」

 結愛はそう言って微笑む。俺にはそれがとても恐ろしく見えた。『わざわざここまでしたのだから帰るんじゃねえぞ』と言わんばかりの気迫。

 だが、何であれ、やるべき事は変わらない。今まで彼女たちを何のために避け続けていたのかを忘れたわけじゃない。であるのならば、いつも通りにやるだけだ。

「ごめん、結愛。俺は―――」

「想志―――」

 結愛の申し出を断り、教室を出ようとしたが、想太が間髪入れずに制止する。

「想志。俺は今までお前に何があったのかは知らない。けど‥‥‥お前のことを心配してくれてる人が今ココにいるんだってことを忘れるんじゃねえ。お前がやりたいのは、こいつらを悲しませることか?」

 いつになく口調が荒い彼の言葉に、つい足を止める。

「無理強いさせたいわけじゃない。でも、話しぐらい聞いてやったらどうだ?」

 ふっと軽く息を吐く。

『ったく‥‥‥本当にズルいよな‥‥‥』

 それを心の奥底に追いやり、身体を反転させ、彼女らと向き合う。

「わかった。聴くよ。」

 結愛と美鮮は満面の笑みを浮かべる。ああ‥‥‥、二人のそんな顔を最後に見たのは、もういつのことだったか―――


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「えっとだな‥‥‥ちょっと待って。一旦、情報を整理させてくれ。」

 こめかみに手を抑えつつ、やれやれと首を振る。

「つまりは、この五人で新しい部活を作って、結城と想太は実質、幽霊部員って事か?」

 あまりの話の進みに頭が痛くなる。

「まあ要はそういう事ですね。結城先輩と工藤先輩は、言ってしまえば規定部員数に達するための幽霊部員ってことです。」

 結愛は満足そうに返答する。

「想太と結城はそれでいいのか?こんな何をするかもわからん部活にぶち込まれて。気の毒過ぎるだろ‥‥‥。」

「私は構わないよ。結愛ちゃんと、それに‥‥‥想乃華の頼みだからね。聞かない訳にはいかないよ!」

 結城はとても嬉しそうな表情をしている。どうやら、この状況になることを望んでいたように見える。

「想太はどうなんだ?」

「俺も大丈夫だよ。幽霊部員ってことは何もしなくていいんだろ?ならいいさ。ただの数合わせぐらいどうってことねーよ。」

 我が友の懐の深さには恐れ入る。今日でもう何度目かわからないぐらいのため息をつく。

「言っておくが、俺はこの部に入るつもりはない。‥‥‥あくまで、話を聴くだけだからな。」

 ワクワクとした表情を全面に出している結愛へ釘を刺しておく。

「わかってますよ!それで、先輩。この部のことは何となく理解できましたか?」

「何言ってんだよ。肝心なことが何一つわかってねえよ。」

『はて?』と疑問符を浮かべる結愛。それを見かねてか、美鮮が口を開く。

「想志が言いたいのは、この部は何をする部活なのかってことでしょ?」

『あー、そういうことかー』と天然ボケをかます誰かさんのことは、この際放っておこう。

「そういうことだ。それが何一つとして説明されてない気がするんだが。」

「想志先輩。よく聞いてくださいね。」

 急にかしこまった言い方になり、少し動揺する。

「実はそれを決めようっていうのが、今回の集まりの目的なんです!」

『は?』

 時が止まったような感覚。この後輩はいったい何を言っているんだか、もうわけが分からなくなった。再度、見かねたかのように美鮮がフォローを入れる。

「想志をここに呼んだ目的はもちろん他にあるよ。でも、今は‥‥‥ね―――」

 美鮮は結愛へ視線を向ける。それに連れられて俺も結愛の表情を窺う。

 とてもにこやかな表情。それに、とても懐かしいものを感じて―――

 美鮮が言いたいことを何となく察し、おとなしく話に乗っかる。

「それで、何の部活にしようか。」

「そうですねー。メインで活動するのは私と想乃華先輩と想志先輩だけですし、少人数でもできそうなことが良さげですかねー。」

 しれっと俺の名前を含められていることには突っ込まず、先を促す。

「それだけじゃない。この学校で同好会が認められていない以上、部活動として活動しなくちゃいけない。となると、部として何らかの成果を出さなくちゃいけなくなる。」

 美鮮が迅速かつ丁寧に説明する。

「っていうことは、文化祭とかで発表とまではいかないけど、成果物の出展とかしなくちゃいけないっていう事だよね?」

 結城が尋ねる。幽霊部員なのにわざわざ気にかけてくれる優しさに敬礼。

「そうだね。あるいは、どうにかして生徒とか学校の役に立っていると言えるような活動内容にする‥‥‥とかかな。」

『んー』と結愛は軽くつぶやき、あっと何か閃いたような声を発する。

「じゃあ、お悩み相談部とかどうですか?」

 結愛を除く、この場にいる全員が『らしい』提案に驚く。無理もない。さっきから結愛は完全にアホの子状態だったのだから。

「確かに‥‥‥。それはアリかもね。」

 想乃華が同意する。

「でもそれだとよ。生徒からは感謝されるかもしれないけど、学校側がそんな簡単に認めてくれるとは思わないんだが。」

 想太が言った事はもっともだ。どれだけ生徒側からは好評でも、それが学校側に成果として認められ、存在意義、あるいは存在しても良いと思えるような理由が無ければ、部活として活動していくには不十分だろう。ごもっともすぎる意見に、教室内はしんと静まり返る。それに耐えかねたのか

「なんかすまん。空気悪くしちまって。」

 想太はバツの悪そうな表情をする。

 そうして数分が経過したところ、結城がポンと手を叩いた。

「ならさ、ボランティア活動とかも一緒にやってみればいいんじゃない?」

 あまりの名案に全員が顔を上げる。

「それ!いいね!」

「ですね。それなら学校側にも信頼を得ることはできそうです。」

 結愛も同意し、これはもう決定の流れだ。女子三人が結束したとなれば、男子陣営にはもうどうする事も出来ない。となれば、必然的に次の疑問へぶち当たる。

「活動内容はそれでいいとして、部活名は何にするんだ?」

 お悩み相談とボランティア活動をやる。二つのことを同時に示すことができるような部活名などあるのだろうか。いや、そもそもこんな聞いたこともないような部活などあるのだろうか。

「んー。両方やるってなると、部活名とか面倒だね。」

 美鮮は手を顎に乗せ、しばし沈黙する。

「かといって片方だけの活動の部活名はなー。」

「お悩み相談だけだと、学校側への承認が大変だし、ボランティアだけやるのは嫌だしな。」

 そう言って数秒ほどの沈黙。

「なら、お悩み相談たまにボランティア部でどうかな!」

「なら、お悩み相談たまにボランティア部でどうですか!」

 結愛と美鮮がそろって同じ趣旨の言葉を口にする。あまりにもそのまま過ぎるネーミングに唖然とする。

「お前ら、ホントにおもしれーな。」

 想太が笑いを堪えきれないと言わんばかりに吹き出す。

『おもしれー女、みたいな口調で言うんじゃねえよ。』

 ため息とともに、それを頭の片隅に追いやる。

「いいんじゃねーの。知らんけど。ネーミングセンスはアレだが、体裁的には問題なさそうだし。」

「じゃあ決まりですねっ!」

 結愛はピッと指を立て、次々にまくし立てていく。

「それじゃあ、すぐに申請したいのでこの書類に名前書いてくださいねー。」

「あとは想志先輩のサイン待ちです。他の先輩方には、もう書いてもらったので。」

「んじゃ、俺はもうお邪魔なようだし、さっさとお暇するかね。」

 想太はそう言って教室の出入り口の方へ歩いていき、扉へ手をかける。

「想志。この際だ。キッチリ話しておけよ。」

 扉を開け、彼は教室を後にした。

「私も先に教室に戻っておくね。想乃華が戻ってくるまでちゃんと待っとくから、気にせず話してね。」

 結城も言いたいことを言って満足したのか、そそくさとここを後にした。


 想太の言いたいことは理解できる。要は、彼女らはここまでして関わろうとしているのだから、これからどうしていくにせよ、お互いが納得できるまで話をしろと言いたいのだろう。それが、彼女らへの誠意なのだと。そんなことはわかっている。正直、部活を作ってまで接点を作ろうとしてくるのには度肝を抜かれた。結愛がここまでしてくれるのは百歩譲って理解できる。だが、美鮮までそうしているのはいったいなぜ―――

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