第三部 第二章「溶解」
二〇一九年。四月十日。
星乃花学園入学式。
体育館内を歩く彼女を見つめていると、ふと中学での出来事を思い出す。
「あそこまでしたのに‥‥‥なんで‥‥‥」
あの時の文化祭が終わってから、俺は徹底して結愛を拒絶し続けてきた。他の多くの人へもそうしてきた。
無視をした。キツイ言葉をかけた。面と向かって『お前のことが嫌い』と告げた。
だっていうのに、なぜ彼女は今ココにいる。なぜ、入学式の前日にわざわざあいさつに来る。なぜ、ここまで来た。なぜ、諦めないと言うのか。何も‥‥‥何もわからない。何一つとして。意味が分からない。軽い恐怖を覚えるくらいには彼女のことが理解できなかった。
でも―――
やるべきことは変わらない。あの時と同じだ。今までの選択が、思いが間違いでないと信じるのならば、そうし続けるだけのこと。
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一年A組教室。私は彼女に呼び出され、入学式が終わった、この閑散とした教室へと足を運んでいた。
彼に対する彼女の想いが強いものだということは理解していた。でも、彼にああまで拒絶されてもなお、わざわざ同じ高校にやって来るなんて思いもしなかった。本当に、彼女には勝てないなとつくづく思う。彼女と比べて何か行動を起こすことができる立場にいながら、何も出来なかった‥‥‥いや、何もせずに逃げ出した私と違って―――
「想乃華先輩。お久しぶりです。」
ああ―――本当に変わっていない。いや、むしろあの頃より強くなっているような気がする。うん、やはり彼女には笑顔が一番似合う。
「うん。久しぶり‥‥‥結愛。」
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私は結愛に迎えられ、手近な席へと腰を下ろす。
「中学を卒業してからまだ一年ちょっとしか経ってないのに、すごく懐かしい感じがするなー。」
「そうですね。先輩たちが卒業してからの一年は本当に寂しかったですし‥‥‥ちょっとだけ退屈でした。」
ちょっぴりと手で表現し、結愛は苦笑いを浮かべる。
「でも、こうして想乃華先輩に会って、昨日想志先輩と会って‥‥‥私も先輩たちと過ごした時間がすごく懐かしいなーって思いました。」
彼女が何をしに同じ高校に来たのか。何のために私を呼び出したのか。それらには何となく見当はついている。だが、その話題に触れてしまえば、決定的なまでに何かが動いてしまうと無意識に感じていた。それを恐れたのかは自分でもわからないが、聴きたくないとただそう思った。
「それで‥‥‥ですね‥‥‥」
どう切り出していいものかと、結愛は少し身体をくねらせていた。聴きたくない‥‥‥聴きたくないけれど―――
結愛の表情をちらりと窺う。そうだ―――彼女はそのためにここまで来たのだ。避けてきた自分とは大違い。であるのならば、先輩として聴いてあげるべきなのだと思った。
「ここに来た理由‥‥‥でしょ?」
結愛はその問いかけに大きく頷く。
「はい‥‥‥。」
結愛は深く息を吐き、私を正面に見据える。
「私がこの学校に来たのは、想志先輩への償いのためです。」
やっぱり、私では相応しくない―――
「いまさら言うまでもありませんが、私が告白したあの日から、先輩の様子は一変しました。」
彼女は苦い表情を浮かべ、私に語りかける。
「先輩をあんな状態にしてしまったのは私のせいです。」
「私が自分のことしか考えてなかったから」
「それは違うっ!」
つい、声を張り上げてしまう。だが、そんなのはお構いなしに続ける。
「私だって‥‥‥アイツの近くにいた‥‥‥なのに‥‥‥なのに何も出来なかった。」
「確かに文化祭の日からアイツは変わった‥‥‥。それは事実。‥‥‥でも、結愛だけのせいじゃないよ‥‥‥。」
「ありがとう。先輩。」
「でも‥‥‥私が告白しちゃったから‥‥‥先輩は‥‥‥。」
文化祭後の彼の女子を拒絶する態度を見ていれば、否が応でも理解してしまう。彼は女子から好かれないようにしていた。それはつまり、彼の思惑がどうあれ、彼に告白をしてしまうのはマズイ行いだったということ。だが、その間を埋めてくれる思考、彼の考えが分からない。現状、わかっていることだけでは、どうしても飛躍がある。埋められない溝がある。結愛の告白がトリガーとなり、そうなってしまった。これに変わりはない。であるのならば、彼のことを―――
「私は、想志先輩のことを全然理解できてませんでした。いえ‥‥‥わかった気に、理解していた気になっていただけなんです。」
「だから、私は想志先輩のことをもっと知って、今までの私の行いを償いたいって思うんです。それに―――」
彼女はそこで言葉を区切り、今にも零れ落ちてしまいそうな雫を瞳に堪えたまま、パッと笑顔を咲かせ、再度言葉にする。
「何より、想志先輩のことが大好きですから―――」
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Interlude
何も出来なかった。
何もしなかった。
逃げ出した。
考えることを止めた。
私がこの高校に進学したのは結愛と同じ理由だ。彼がいるからここまで追いかけてきた。中学から環境が変われば、何かが変わるのではないかと何の根拠もない考えを持っていた。それだけが希望だった。それだけに縋りついてきた。
でも、結局は何も変わらなかったし、最後まで人頼みだった。こんな自分を憎んだことは数知れず。それでも、変わろうとしなかった。でも、彼女は違う。結愛は私なんかよりもよっぽど強い娘だ。結愛なら‥‥‥私と彼と彼女の止まってしまった時間を動かしてくれるのではないかと期待せずにはいられない。でも、私だって―――
きっかけは与えられた。きっと、これが最後のチャンス。なら―――
Interlude out
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「私だって、アイツのことをよく理解できてなかった。知らないことばっかり。」
いつか、彼に指摘された悪癖を自覚し、ふと笑みを浮かべる。
「それに、アイツに言いたいことは山ほどあるし、伝えたいことだって沢山‥‥‥。」
「私も、結愛もアイツに思う所がある‥‥‥。‥‥‥ならさ‥‥‥一緒に協力しない?」
「だって、アイツと話す機会を作ることすら一苦労なんだし。結愛が居てくれたらアイツも心を開いてくれるかもだし‥‥‥。」
またもや根拠のない自信。私にはそれしかなかった。それなのに、彼女は少し驚きの表情を見せ、すぐさまとびっきりの笑顔を浮かべる。
「はい!喜んで!」
何をすればいいのかわからない。何から始めればいいのかすらわからない。
けれど、今確かに、あの日から止まった時計を再び動かすことができた―――




