第三部 第一章「在りし日の想い出」
『真面目すぎる人だな』
それが私が彼へ懐いた第一印象だった。
生徒会選挙の日。沢山の立候補者が演説をしている中、私は強烈な睡魔に襲われていた。
『また、どこかで聞いたようなよくある公約を言ってるなー』
あいさつの良い学校。文武両道を目指した学校。遅刻や欠席をゼロにできるような学校。毎年聞くような、よくある公約。端的に言えば、それらの演説に飽きて眠くなっていたのだ。
だが
『理不尽なことを可能な限り排除した学校にします』
それを聞いた瞬間。私は思わず顔を上げて、声の主を探した。少し髪がぼさっとしていて、何となくパッとしない、どこにでもいるような男子生徒。しかし、他の候補者と比べると
顔つきが明らかに違うという印象を抱いた。緊張している風ではなく、何か大事な思いを伝えようと懸命になっている姿。たかが生徒会選挙で、ああまで必死になっている人を初めて見た。だからこそ、だろうか。いつしか、彼のことをもっと知りたい、関わりたいと思うようになっていた。
そうして私は、輝井先輩のラインを想乃華先輩から教えてもらい、やり取りを始めた。正直、生徒会選挙の様子から察するに、輝井先輩は真面目でお堅い人なのかなーと、何となく思っていた。でも、実際は違った。少しずつ話していくうちに、先輩はお茶目っていうか何というか、とにかく話してて楽しい人という印象に塗り替えられた。だって、人前に立った時には超真面目なオーラを出すのに、普段話している時は変なところでツボにはまって笑い出すし、変なギャグみたいなのを突拍子もなく真顔で言いだすのだから。
『ああ、こういう人が正真正銘の天然なのかー』
と、思わずそう感じずにはいられないほどだった。印象が180度変わったような感じ。本当にギャップがずる過ぎる‥‥‥。こういうのホント犯罪なんですけど‥‥‥。
私の方が学年が一つ下っていうのもあって、最初の頃はラインでしか話せなかった。というより、そもそも接点が無かった。でも、どうにかして一緒にお話しできるような時間はないかなって頑張って探してみた。学校という構造上、他学年と接触できるような機会は学校行事がほとんどだ。あるいは、同じ部活や委員会、掃除場所ぐらいしかない。先輩はバスケ部に所属しているけど、この学校の部活ではマネージャーという役職が存在しない。そして、女子バスケ部は数年前に部員不足で廃部。委員会は四月に決定してから一年間は変えることができない。となると、残された手段は同じ掃除場所になることのみ。掃除は縦割り式のため、他学年同士で一つの場所に割り当てられる。
その考えに行き着くや否や、輝井先輩と同じ部活に所属してるクラスメイトや想乃華先輩に手伝ってもらった。具体的には、輝井先輩がどの掃除場所に行きたいかということを本人からさり気なく聞き出してもらった。
そうして、私は晴れて輝井先輩と同じ掃除場所になることができた。それを知った日、私は嬉しくて嬉しくて、夜は全然眠れなかった。
『先輩のこと‥‥‥名前で呼んでもいいですか?』
顔が真っ赤になっていたことは今でも鮮明に覚えている。それぐらい、勇気のいることだったのだ。
『いいよ。』
想志先輩は優しく微笑んでくれた。直接、面と向かってお話しすることだけでも緊張するのに、先輩の笑顔が優しさで満ちているのを直視して、あまりの嬉しさと理由のない恥ずかしさに感情を支配された。
そうして、ほんのちょっとずつではあるけれど、先輩と仲良くなっていった。
/仲良くなれた気がした。
『恋人との相性診断』
学校の図書館からそういう類の本を借りては、ラインで先輩にそれらについての質問ばかりしていた。
『一緒に遊ぶとしたら、アウトドア系が良いですか?家とかでゲームしたりとかのインドア系ですか?』
本当は『デートするなら』と言いたかったけれど、別にそういう関係でもないのにそんな直接的な表現は流石に使えないなと思った。
/なれるわけがないのに。
『先輩は手を繋ぐときに、直接握りたい派ですか?それとも、服の袖とか掴む方が良い派ですか?』
本によると、想い人にこの質問をして実際に行動に移すと恋が成就するという。
子供騙しの恋のおまじないのようなものだ。
私は服の袖を掴むのが良いなって答えた。だって、直接握られたら緊張して‥‥‥汗ばんじゃうかもじゃん‥‥‥。でも、先輩は直接が良いって言ってくれた。それを聞いて、先輩が言うならそっちが良いって思った。
/勝手に一人で舞い上がっていただけ。
つい自分でも、ちょろいなって自覚してしまう。
体育祭の時だって、先輩と関われる機会をどうにか作った。ビブスや競技に必要な物を直接渡すことができる係に就き、それを先輩に渡すことで短い時間だけれど話すことができた。本当は同じ係になりたかったけれど、もしそうなってしまったら体育祭の間はずっと先輩と一緒に居るということになってしまうから、恥ずかしすぎてそれに私が耐えられないと思って、少しだけ接点が持てるような位置についた。
/関わりすぎて嫌われるのが怖かっただけ。
先輩と過ごす時間はいつもいつも楽しくて、本当にキラキラとした毎日だった。かけがえのない日々だった。最初の頃は単純に先輩に興味を持ったから関わっていたけれど、気づいたら私は想志先輩のことを恋愛対象として好きになっているんだなって自覚した。少女漫画で読んでいたように、突然恋に落ちるなんてことは無かった。ただ、先輩のことが気になって気になって、少しずつお話して距離を縮めて、そうやって時間をかけて先輩に歩み寄って行って、気づいたら恋に落ちていた。その時に理解した。
―――現実での恋というのは、こういうことなのだと―――
幼い頃から、少女漫画のような世界が現実にも広がっていると、何となく思っていた。けれど、そんなことはなくて、至ってシンプルで‥‥‥とっても複雑。矛盾を孕んでいるけれど、それでも成立しているのが私が見てきた現実。
先輩に告白したあの時からすべてが変わってしまった。先輩と過ごす時間も、あの時から止まってしまったラインも。先輩が掃除で無言を貫くようになったのも。何もかも。
/当たり前のことだった。
今思い返してみれば、自分のわがままが過ぎていたなと理解できる。私と関わることで先輩にはメリットなんて何も無い。それなのに、わざわざラインとか普段の会話とかで、気軽に接してくれた。気にかけてくれた。手を引いてくれた。連れ出してくれた。
あの日から先輩が苦しんでいることはわかっている。そんなの、表情やら態度やらを見れば一目瞭然だ。そうさせてしまったのは、間違いなく私のせい。私ばっかりが良い思いをしてきたのに、先輩に何一つとして返すことができていない。
正直な話。先輩が何に苦しんでいるのかなんてわからない。でも、先輩をあんな風にしてしまった責任をとらなければいけない。それに‥‥‥このまま終わりなんてのは‥‥‥嫌だ‥‥‥。
もちろん、先輩と関わらないことが先輩にとっては一番良いんじゃないかとも考えた。だって、そもそもの原因を作ったのは私なのだから。でなければ、あんなに苦しい顔をして拒絶の言葉を吐くなんてこと、先輩がするわけない。
でも、それでも‥‥‥私の胸の中には一つの想い。
『先輩と関わり続ける』
『恋に恋をする』
そんな私はもう終わり。
誰様だって思われるのはわかってる。けれど‥‥‥責任をとらなくちゃいけない。沢山のものを返さなくちゃいけない。何より『もう苦しまなくていいよ』って伝えたい。
それだけが唯一の誠意だと信じて―――




