第二部 第十二章「その想いは誰のために」
二〇二一年。二月二十八日。
「なあ、美鮮って何でそうまでして俺の隣に居てくれるんだ?」
唐突に投げかけられた問いに、私は思わず咳込んでしまう。
「え、ちょ。なに‥‥‥急にどしたの?」
そうして、彼は何かに気づいたような仕草をする。
「そうだった。急にこんなこと聞かれても訳わかんないよね。実はさ、さっき友達と話してたら、何となく軽い感じで聞かれたんだけどーーー」
「どうしてほとんどの女子とは話さないのに、美鮮だけ特別なんだ?‥‥‥ってね。」
「美鮮にはいつも感謝してる。今まで何度も助けてくれたから‥‥‥。それに、美鮮はあの時、俺にちゃんと答えをくれた。だから、今はこうして安心して頼っていられる‥‥‥。でも、言われてみれば、どうしてそこまでしてくれるのか、理由とかちゃんと聞いたことが無いなーって思ったんだ。」
『ああ、さっきの不安の正体はこれだったんだ』
漠然とそう感じた。
『なぜそうするのか?』
そんなの問い質されるまでもない。答えは既に出ているのだから。
瞬間。身体がふらつくほどの頭痛に襲われた。頭が割れそうになり、意識が少し遠のいていく感覚。そして、少しのノイズ音。
これは、あの時と同じ―――再度、いつかの無菌室の映像が流れ込む。室内にはいくつかの薬品。そして、老いた女性の姿―――あれは‥‥‥。
「大丈夫か?保健室連れて行こうか?」
遠くから聞こえる彼の声に意識が呼び戻される。
「‥‥‥もう大丈夫。ちょっとふらついただけだし、大袈裟だよ。」
想志に優しく微笑むと、彼は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「変なこと聞いて悪かった。今日はもう帰ったほうがいい。顔色‥‥‥悪そうだし‥‥‥。」
「ありがと。‥‥‥そうだね。今日は帰ろうかな。」
タイミングがいいのか、既に帰りのホームルームは終了しており、あとは帰宅するだけで済む。
「送って行こうか?」
「もー、本当にそんなたいしたことないから。心配しすぎ!」
ピッと彼に人差し指を突きつける。
「それじゃあ先帰るね‥‥‥バイバイ。」
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彼に小さく手を振り、靴箱へと向かう。
「前にも見たあの光景はいったい何なんだろう。」
靴を履き替え、家路へと歩を進める。
ふと、三年前の公園での出来事を思い出す。
「あの時も、今日と同じで頭痛がすごかった。」
「ただ、漠然と彼のもとに行かなきゃって、そういう思いだった。」
「結愛の時もそう。決まって彼と関わるか、そうしないかで悩んだ時に頭痛やらノイズ音やらがあった。」
「それだけならまだ良かった。偶々、その時の緊張やら何やらでそうなっていただけなのかなって。でも‥‥‥あの光景は‥‥‥。」
確証はない。ただ、直感した。
アレは、きっとそうなのだと。
彼に想いを伝えることはしない。それが私が出した結論だ。
では、今はどうだろう。あの光景を目の当たりにしても、それが言えるのか。今日、彼に声をかけられたときは、それを打ち明けるなど微塵も思わなかった。でも、あの後悔にまみれた表情を見てからは、少し覚悟が揺らいだ気がした。ああなってまで、彼の傍に居続けるつもりなのか。その顔は本当に後悔をしているものなのか。
そんなことを考えているうちに、ふいに睡魔に襲われ、ウトウトしてしまう。
『ああ、明日なんて‥‥‥来なければいいのに』
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ある可能性を見た。
あったかもしれない未来を視た。
幾重もの枝の果てを視た。
「あなたは、後悔しているの?」
背を向ける彼女に問いかける。
「どうだろう‥‥‥。後悔をしているかもしれないし、していないかもしれない。後悔を後悔と思わないように走り抜けてきたつもりなんだけどね‥‥‥。結局、そんなの私にはわからないや‥‥‥。」
苦笑いをする彼女を目にし、私も思わず笑みがこぼれた。やっぱりそうなのだと認識する。
「あなたは、自分の選択が、今までの道が間違っていなかったって胸を張っていられる?」
「ええ。それは‥‥‥もちろん。」
彼女は身体をこちらへ向け、満面の笑みを浮かべる。
そして、彼女は少し唇を震わせるも、きつく引き締めて言葉にする。
「彼のお願い‥‥‥叶えてあげてね。」
「他の誰でもない」
―――のために―――
そう言って、彼女は去って行った。
次第に意識が覚醒し、瞼を開く。
ふと、目元が潤んでいることに気づき、そっと拭う。
これでいいのかと、このままでいいのかとずっと悩んでいたけれど、どうやらそれは霧散したらしい。
彼女のあの表情を見た時に、私が取る選択は決まった。だってそれは、あんなに誇らしそうにしていたのだから。
―――だから、私は―――
選択肢
1.私のために
2.彼のために
case1.
そうだ。彼のお願い。それは
『私が大切だと思う人を大切にする』
二年前のあの日、彼から託された願い。今まではそれを、彼の傍に居続けるという形で体現していた。それで、願いをカタチに出来ていると思い込んでいた。だが、実際は違う。思い込むことで彼の願いを果たしながら、彼の傍に居るということを実現したかったから、彼と離れ離れになるのが嫌だったから、そうしていたに他ならない。それは、彼の願いを本当の意味で叶えた姿なのだろうか。私はこの二年間、それに薄々気づいていたけれど、無意識のうちに心の奥底に追いやっていた。だって、自覚してしまったら、もう戻れないから。今の関係性が壊れてしまうから。つまり、今までの行動は私のエゴに過ぎなかった。でも、停滞した時間があったからこそ、今こうして真にやりたいことを理解することができた。だから、これまでの二年間は決して無駄な時間では無かった。そして、気づいてしまったのなら、彼女から後押しされたのなら、もう進むべきだ。いや、進まなければいけないと思う。もしかしたら、この選択を後悔するかもしれない。でも、きっと大丈夫。彼女が示してくれたから。だから、私は胸を張ってこの選択を良しとする。




