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第二部 第六章「言葉で閉じ込めて」

 二年B組教室。昼休み。

「おーい、想乃華ー。聞こえてる~?」

 想乃華の視界を手でぶんぶんと遮る。

「あ、ごめん、茜。それで何の話だったっけ?」

「ん。あー、いや。単に今日は様子が変だなーと思って。」

「昨日の文化祭、何かあった?」

 茜はどこまで聞いていいものかと、少し探りのある尋ね方をする。

「‥‥‥」

「ね、例えばの話だけどさ‥‥‥今まで優しかった人が急に別人のようになってしまうのって、それにはどんな理由があるのかな‥‥‥」

「―――」

 茜は軽く息をつく。

「やっぱりそれか‥‥‥」

「やっぱりって‥‥‥何か知ってるの?」

 食い気味に尋ねる想乃華に面食らいながらも、茜は続ける。

「そんなの見ればわかるよ‥‥‥想志君のことでしょ?」

 しずしずと想乃華はうなずく。

「確かに、想志君は何か変わった気がするね。急に周囲を拒絶してるっていうかさ。」

 茜はチラリと想志の方へ視線を向け、すぐに想乃華の方へ向き直る。

「さっきの例え話だけど、理由なんてのは正直わかんないよ。そもそも、普段から何を考えているのか、クラスの中では一番わかんないし、予想すらできない。」

 茜は再度、想志に目をやる。想乃華には、それがどこか寂しい目をしているように見えた。

「普通はさ、怒ってるとか喜んでるとか、悲しんでるとかっていうのが分かると思うの。でもね‥‥‥想志君からは‥‥‥そういうのが全く感じられないの。」

「確かなのは、彼はいつも誰かのために動いているということだけ。けれど、それにやりがいを感じているようには見えない。」

「そう―――喩えるなら、自分のことは厭わず、人助けを命令された機械っていう感じ‥‥‥」

『あぁ―――』と想乃華は同意する。昨夜のあの何もかもを感じられない目。生気を喪っていると言ってもいい目。それはまさに、茜が言った例えと同じような感じがした。

「ただ、そんな彼が今は他人を拒絶している。それが相手を傷つける行動だっていうことは彼自身わかっていることでしょ‥‥‥」

「であるならば。彼がそうまでする理由は、きっとよっぽどのものだよ。生半可な覚悟じゃ出来ないことだろうね。」

 そう言って茜は目を伏せる。

「私には彼を変えることなんて出来ない。それが出来るとしたら‥‥‥きっと―――」

「直接的に手伝うことはできないけど‥‥‥相談ならいつでも聴くからね。」

 想乃華にとっては、その頼もしさが何よりもありがたい。

「ありがと。何とか頑張ってみる。」

 確証は無いが、想乃華は今日、彼に何かが起こる予感がしていた。


-----------------------------------------------------------------------------------


 放課後。ホームルームが終わると同時に、すぐに想志は教室を出た。想乃華は彼にバレないように密かに後を追う。『これじゃあストーカーって言われても反論できないな』と自嘲する。

「でも、今はそんなのどうでもいい‥‥‥」

 彼と一定の距離を保つ。しばらくすると、想志は体育館裏へ着いていた。そして、彼の目の前には一人の女子生徒。誰かなんぞ一目でわかった。

 想乃華は二人の会話が微かに聞こえる程度まで近寄り、物陰に身をひそめた。

「俺はお前のことが嫌いだ。顔も見たくない。だから……お前の想いには、今もこれからも応えられない。」

「もう‥‥‥近寄らないでくれ‥‥‥」

 そう言って想志は立ち去った。想乃華は女子生徒に駆け寄るか、彼を追うかで迷う。


 選択肢

 1.結愛に駆け寄る

 2.彼を追いかける



 case2.

 遠くなった彼の背中を追いかけた。


-----------------------------------------------------------------------------------


 廊下を走り抜けて後を追うと、想志は生徒会室へと入っていった。

「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥」

 肩で息をしてしまうのを、どうにか落ち着かせようとする。すうっと息を吐く。彼に何と言えばいいのか想乃華には分からない。ましてや、昨夜に『関わらないでくれ』と言われたばかりだ。さっきの彼女のように拒絶されても不思議ではない。

 だが―――このまま黙って彼を見過ごすわけにはいかなかった。


 勢いよく扉を開く。生徒会室は窓が開けられており、差しこんでくる夕日が彼を照らしていた。文化祭の翌日という事もあってか、さして生徒会の仕事はない。そのため、この教室には彼と彼女以外、誰もいない。

「想志―――」

 彼は入口に背を向けて窓から外を眺めているため、想乃華からは表情が窺えない。

「今日は仕事はないはずだ。だからここに用はないだろう?」

「それに、関わらないでほしいってお願いしたばっかりだと思うんだが。」

 高圧的な声。聞く者によっては、すぐさま逃げ出したくなるような無機質な声。それは、彼女を拒絶している態度の表れにも見える。しかし、想乃華にとってはそれは逆効果でしかなかった。

「どうして、結愛にあんなキツイ言い方をしたの?」

「想志らしくないよ‥‥‥」

「見てたのか‥‥‥。俺らしくない‥‥‥ね。でも、結愛にはそうまでしないと分かってもらえないだろうと思ったから、そうしただけだよ。」

 想乃華はその言い回しに違和感を覚えた。その言い分では、まるで『そうする必要があったからそうしたまで』と言っているようなものだった。それに気づき、少し安堵する。

「なんでそうまでしたの‥‥‥?」

 つまるところ、想乃華の疑問はその一点に集約されていた。

「‥‥‥」

 想志は沈黙を貫く。時計の針が半回転するほどの時間が経った頃。想乃華は我慢ならないと言いたげに、彼の近くまで歩みを進める。

「答えて。」

 想志は短く言い放つ彼女を無視する。想乃華自身、ここまで深く踏み込んでしまってもいいのかと躊躇してしまう。これは完全に彼個人の問題だ。それに対して他人がとやかく言うべきではないという気持ちもある。だが、それでも聞かなければならないと思った。

「想志はいつも周りの誰かを助けてた‥‥‥それなのに‥‥‥アンタが助けてきたはずの人たちをアンタ自身が傷つけてどうするのっ‥‥‥。そんなもののために、これからもそう在り続けるって言うつもりなの‥‥‥?だったら、これまでのアンタの行いは何だっていうのっ‥‥‥!」

 彼女の視界は潤み、彼の姿がぼんやりとしか映らない。

「分かってるよっ‥‥‥そんなことは‥‥‥!」

「どれだけ断ったとしても、結愛は俺なんかのことを好きだって言ってくれた‥‥‥。だけど、俺は結愛のことを好きにはなれなかった。」

 彼は拳をギュッと握りしめ、肩を微かに震わせる。

「たったそれだけのことなんだよ!それだけのはずなのに‥‥‥何でこう‥‥‥うまくいってくれないんだよ‥‥‥。」

「俺が何を言おうが、結愛はそれでも諦めないって言ってくれる。だったらっ‥‥‥これからも彼女のことを何度も何度も傷つけてしまうかもしれない‥‥‥。それなら‥‥‥俺のことを嫌ってもらうようにするしか出来なかった。拒絶すれば、もう関わらないだろうって思った‥‥‥。そうすれば、もう余計に傷つかない。結愛は‥‥‥人の好意をまともに受け取れない俺みたいな人でなしじゃなくて、もっといい奴と付き合うべきだ。俺のことをとっとと忘れて前に進んでほしい‥‥‥ただそれだけなんだよ‥‥‥」

 想乃華は言葉を失う。何となく察しはついていたが、彼はいったいどこまでお人好しなんだろうと思ってしまう。それと同時に、彼の在り方に納得をしてしまった。

 だってそれは想乃華が感じていた『他人を傷つけないようにするために自己を省みない、一番効率が良いであろう選択を取る』という彼の在り方に沿っていただけのことなのだから。彼は今までと何も変わっていない。ただ、そのための行動が少し大きくなっただけのこと。ましてや、勘違いしていたのは彼女自身だったのかもしれない。

「でも、拒絶しようがしまいが結局傷つけてるじゃない‥‥‥」

 想乃華はすぐに後悔する。こんなことは言うべきではないと頭では分かっている。なぜなら、それは彼の在り方を間接的に否定していると言っても過言ではないからだ。しかし、それでも何かを言わなければ、ここで何もかもが終わってしまうような気がしたから。

「わかってるよ。でも、『諦めない』って言われて、それでも好きになれないって分かってるのに、これからも仲良くしようだなんて虫のよすぎる話だ‥‥‥。最後の最後に拒絶するよりも、はじめのうちにそうしておく方がまだマシだろ‥‥‥。」

「それに、このままでいたら結愛はずっと前を向かずに現状維持を続けてしまう‥‥‥そんな気がするんだ‥‥‥。こんなクソ野郎のことよりも、もっと自分の幸せを掴み取るべきだ。」

『だからこそ、早々に拒絶して他の人との出会いに向かうべき』だと、強い瞳が語っていた。

 不覚にも、想乃華は彼のその考えに同意してしまう。結局のところ、最後に結ばれないのなら、初めからその芽を摘む方が痛みは少なくなるというだけのこと。

 時間を共にすればするほど、別れは辛くなるものだ。それらが比例関係にあることを彼は承知している。だからこそ、このような決断を取った。

「ここまで話すつもりは無かったんだけどな‥‥‥ほんと、美鮮には敵わないな‥‥‥。」

 想乃華へと向けるその苦笑いに悲しみを感じつつも、嬉しさに似た底知れない黒い感情を抱いた。だが、その事実に本人は気づいていない。

「なあ、一つ聞いていいか?」

「うん‥‥‥。いいよ。」

「こんな事を聞くのは馬鹿らしいって分かりきってるし、自意識過剰だってことも理解してる。」

 想乃華は何かを察する。想志が前置きをするときは、決まって何か大事なことを言おうとすると経験則で理解していた。

 想志は頭を軽くかき、尋ねる。

「たとえ俺が何をしようが、美鮮は‥‥‥俺のことを好きにはならないよな‥‥‥?」

 瞬間。想乃華の呼吸が早くなる。手はじんわりと汗ばみ、息が浅くなる。

「ごめん。本当、馬鹿なことを聞いちまった。思い上がりもいい所だし、そんなことあるわけないよな。」

 再度、想志は苦笑する。想乃華は彼の意図するところを察するために思考をめぐらす。馬鹿正直に『はい』か『いいえ』で答えるのなら簡単だ。そんなもの、とっくに自身の中で答えは出ている。だが―――これはそう単純な事ではないと理解している。

『考えろ。考えろ』

 彼の行動原理、今までの行動、彼と話したこと。それら全てを思い出せ。

 そうして、ふと思いつく。

『そう‥‥‥か。好きって答えたら、傷つけないためにここでバッサリと拒絶されるかもしれない‥‥‥逆に好きにならないって答えたら、彼の余計な重荷にはならずに、彼から拒絶される事なく、傍に居られるかもしれない。』

 実際、彼女の予感はそうズレたものではない。おおよそ的中していると言っていい。そもそも、彼が結愛だけでなく他の生徒をも拒絶したのは、昨夜送られてきたメッセージによるものだ。曰く

『先輩のことを好きだと思っている人は、先輩が考えるよりも‥‥‥ずっと、沢山いますよ。』

 結愛にだけ好かれているのなら、結愛のみを拒絶すればいい。だが、彼女によればそうではないらしい。

『沢山いる』

 それらが誰を指しているかなんぞ、想志には知りえないことだ。だからこそ、全ての女子生徒を拒絶する必要があった。『恋が報われない』というのは、彼自身、知識あるいは常識として持っている。ましてや、彼には『好き』などという感情が理解できない。であるならば、彼が『拒絶』という行動を選択することは彼自身の信念に沿ったものだ。何も不思議なことではない。

 想志にとって、想乃華は相対的に見ても仲のいい生徒だ。彼が悩み事を打ち明けるのは決まって想乃華だけだった。それだけ彼にとっては特別な存在。それすらも拒絶するというのは、いくら彼といえども、とても心を締め付けるものであったことに違いはない。だからこそ、今こうして尋ねておかなければならなかった。

 想乃華は深く深呼吸をする。

 そして、努めていつも通りに明るく告げる。


 選択肢

 1.彼への想いを伝える

 2.『好きにならない』と伝える


 case2.

「好きにならないよ‥‥‥心配しなくて大丈夫だよ‥‥‥」

 目元に浮かんでしまいそうな涙をぐっと堪える。握りしめた拳を見られないように背中へとやる。

 彼の傍に居続けるための、小さな小さな代償。

「そうか‥‥‥それならよかった。」

 想志は満面の笑みを浮かべて、彼女に微笑むのであった。

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