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第二部 第四章「変化」

 文化祭当日。想志と結愛は喧騒に満ちた校舎内をぐるりと回っていた。

「先輩。次は美術部の所に行きましょうよー。私、趣味で絵を書いてるのでちょっと見に行きたいです!」

「そうなんだ。じゃあ今度見せてくれよ。」

「いいですよー。‥‥‥まあでも、そんなに上手くはないんですけどね。」

 ふと思い出したかのように想志に尋ねる。

「そういえば、展示してある教室ってどこでしたっけ?」

「美術部は確か‥‥‥二年C組だった気がする。」

 想志は生徒会での教室の割り当てを思い出す。今、二人がいるのは一階のため、美術室へと向かには二階への階段を使わなければならない。

「にしても、階段めちゃ人多いな。」

 通常よりも多くの生徒が同時間に行き来しているため、満員電車かのように混雑していた。

「ほら、手繋ぐぞ。はぐれたら面倒だし。」

 結愛に有無を言わさず、彼女の手を握る。想志は結愛の頬が赤らんでいることに気づきはしたものの、当然のごとく、その真意を一ミリたりとも理解していない。

 そうして、階段を上りきったという所で想志は視界の端に、誰か見覚えのある生徒が血相を変えて3階への階段を走っていることに気づく。

「結愛、ごめん。ちょっと大事な用が出来たから少しだけ待っててくれるか?」

「え。あ、はい。いいですよ。」

 結愛は困惑した様子だが、想志の表情から何かを察したようだった。

「ありがと。すぐ戻ってくるから。」

 想志は更に階段を駆け上がる。一階と二階に全ての展示フロアが存在しているため、三階にはそれが存在しない。そのため、二階から三階への階段はほとんどの生徒が利用していなかった。

「たぶん、三階の方に行った気がするんだけど‥‥‥」

『誰か』に確証はない。だが、特にこの一ヶ月間ずっと傍にいてくれた誰かの面影が見えたから、というだけの感覚。

「見間違えじゃないよな‥‥‥」


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 三階にはほとんど生徒がいなかった。ただ一人を除いて。廊下の隅にちょこんと座る彼女を見つけ、ほっと胸をなでおろす。眼前には体育座りで顔をうずめている女子生徒一人。誰などと尋ねるまでもない。彼女のあんな姿は見たことがないが、見過ごしておく理由もない。ただ、見てしまったから。気づいてしまったから。知ってしまったから。それを無かった事のようにだけはしないという彼のいつもの行動原理。であれば、やるべき事は決まっている。

 カツカツと、上履きの音が響く。想乃華はそれに気づき、音の正体を確かめるべく顔を上げる。

「隣、座ってもいいか?」

 聴き慣れた声に思わず目頭が熱くなる。無言ではあったものの、それに満足したかのように想志は腰を下ろす。

 ポンポンと背中を優しく叩き、ゆっくりと上下に撫でる。その温かさに堪えていた感情が湧き出てくる。

「―――」

 彼には聞かれたくないという思いとは裏腹に、嗚咽交じりの涙が溢れる。

 そうして、いったいどれくらいの時間が経っただろうか。想志には彼女は少し落ち着きを取り戻したかのように見えた。

「あっち、むいてて‥‥‥」

「絶対、今の顔‥‥‥見ないで‥‥‥」

 背中合わせのような状態。お互いの熱が背中から身体、そして心まで伝播する。

「何かあった?」

 尋ねる想志の声音はとても優しいもののように、彼女には聞こえた。

「‥‥‥」

 想乃華は沈黙したままで、下の階から聴こえる喧騒のみが微かに聴こえてくるだけの時間が流れた。

「結愛と‥‥‥手を‥‥‥繋いでたでしょ。」

 途切れ途切れになりながらも言葉にする。

「え、あ。うん。あんなに混雑してるとはぐれちゃいそうだったから。」

「どうして、今日は一緒に回ってるの?」

「昨日の夜、ラインで誘ってくれたんだ。ちょっとだけ時間取れませんかってね。」

「そう‥‥‥だったんだ‥‥‥」

『結愛のこと‥‥‥好き‥‥‥なの?』

 どうしても聞いてしまいたいそれを必死に心の奥底に追いやる。これは今、私が聞いていい事じゃないとそう思って―――

「よしっ!」

 努めていつも通りのテンションで声をかける。

 彼と面と向かってお礼を言うには恥ずかしいのか、背中越しで伝える。

「ありがと。私はもう大丈夫。そろそろ結愛のとこに行ってあげて‥‥‥」

 微かに伝わる熱が彼女の背中を押す。

「わかった‥‥‥何かあったら連絡してくれ。いつでも来るから‥‥‥」

 そう言って想志は立ち上がり、階段へと向かっていった。


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 Interlude


 彼が下の階へと向かうのを確認し、再び床へとへたり込む。昨夜、彼女からラインを受け取った時から、こうなることは何となく予想がついていた。だからこそ、今日は想志となるべく会わないようにしていた。ついさっき聞きそびれた問いを思い出す。

『明日の文化祭の終わりごろに告白しようと思います』

 ただ、彼女からその文面を送られてきたからには、それを尋ねるわけにはいかなかった。そうするにしても、全てが終わってから―――

「ほんと‥‥‥バカ‥‥‥」

 彼が去る間際に渡してくれたハンカチを無意識に強く握る。視界が霞んでしまうが、今はそんなことはどうでもよかった。ただ、そこから伝わるほのかな温かさが彼女の胸の中に残り続けた。


 Interlude out


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 結愛から『先に体育館に行って待ってますね』とメッセージを受け取り、想志は急いで向かった。

「ごめん、遅くなって。」

「大丈夫ですよ。それより、もうすぐライブ始まりますよ。」

 文化祭一日目の締めは即席バンドによるライブが行われる予定だ。即席ではあるものの、今回集まったメンバーは各々が楽曲を作成したり、配信活動をしていたりなど精力的なメンバーで構成されていた。

「また‥‥‥誰かの助けに行ってたんですか‥‥‥?」

 その様子が想志には、どこか不機嫌のように思えた。

「まさか‥‥‥そんなたいそうな事は何もできてないよ。ただ‥‥‥どうしてもやらなくちゃいけない事だったっていうだけだ。」

 結愛は笑みを浮かべる。だが、それは優しい表情でいて、どこか悲しい顔をしていた。

『できていない』‥‥‥か。結愛は一つの疑念を抱く。

「ほんとに‥‥‥先輩はしょうがない人ですね‥‥‥」

 気づけば体育館には人が埋め尽くされ、ライブも終盤という雰囲気。誰もが、この時間がもっと長く続いてほしいという願いを抱いていた。それは、彼女とて同じ。

「先輩‥‥‥ちょっといいですか?」

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