第5話 海辺の屋敷に届く不穏
港街の屋敷、そこにジゼルとユースティーナは先に到着していたようだ。なにせ、うちの魔車がここにある。そして、ここからは海がよく見えて、問題の島も確認できる。
あそこにサメがいるんだな、と思うとドキドキと胸が躍る。オレはそれを倒したいと、強く願っていた。
「あら、おかえりなさい」
ユースティーナが、オレを見て屋敷から出てきた。彼女は微笑み、どこか楽しそうに笑っている。そして、俺の前に立った。どうして、こんなにも近寄ってくるのか。オレの手をつかもうとしたので、それを振り払う。
「なんだよ、待ってねーで、休めよ」
「ふふ、優しいじゃない」
とっさに言った言葉に優しさを勝手に見つけて、ユースティーナは頬を染める。
「この、変態め!!」
「あら、ウェイン。人にそんな事を言うのは駄目よ。変態じゃないもの。ひどいわ」
困った子ねぇ、と言わんばかりにオレをジト目で。見てくる。そもそも、オレと同じ年齢じゃねーかよ。と、思うわけだ。それでも、何処となく年上のようにオレを躾けようとしてくる。
「貴方は、酷い人じゃないもの。私は、信じてる。だから、私に酷いことを言っても、何も変わらないわ」
ユースティーナの穏やかなマスカットはいつものペリドットのようなギラギラした輝きはない。それでも穏やかにオレを諭そうとしている。
「じゃあ、お前以外ならいーんだな?」
ニタリと口角を上げる。本当はそんな事も許さないことは分かっているのに、ふいにユースティーナから目を逸らす。
「良くないわ。カルロスに言うわよ?」
「ほっとけよ!!」
今日は特に大人しくオレを諭してくる。オレはもうそれが嫌になり、彼女の腕を振り払いズンズンと歩いた。
「後で、お話しましょうね!」
「やだね!! 勝手にしておけばいい」
「なら、勝手にするわよ。お説教しますもの!!」
チッと、舌打ちをする。しかし、満足そうなユースティーナはオレ腕を掴み、後をついてくる。ドアを開くと、ジゼルが「おかえりなさいませ」と受け入れてくれる。
「小型魔導船を動かすと聞いた」
ジゼルはにこりと笑って、オレを部屋に導く。ここの管理人は、ギルド長らしい。なので、今はここにはいないのだ。しかし、メイドなどは数人いるようだ。
「カルロスがそう申しておりました。運転は、私が行いますのでご安心くださいませ」
「そうか? なら、せいぜい転倒しねぇようにな」
「それは、勿論でございます」
ジゼルはオレを椅子に案内した。そして、テーブルには遅めの昼食が運ばれてきた。コッペパンのようなパンにウインナーが野菜とともに挟まれている。
カルロスも席につく。そして、ジゼルは準備をしていた紅茶を淹れてくれた。
そして、カルロスはオレの口にパンを入れた。
「これから、ギルド行ってくるわ。この子らは、ここに置いておくから、頼んだで」
「分かったわ。ウェイン様も、ユースティーナ様も、お守りいたします」
ジゼルは、カルロスには軽く。オレたちは、丁寧に返す。オレは黙々と食べ続けていた。ユースティーナとお留守番らしい。
カルロスはその後すぐに仕事に向かってしまった。オレは、この家で過ごすしかない。逃げてしまえばいい、が。ジゼルが監視しているので逃げられない。
一人、静かにぼーっとしていた。そばには、ユースティーナがいる。
外を見れば、雲が厚くなり始めていた。雨が振りそうだ。そんな意味もない思考を巡らせていた。
「私の他の人に意地悪をしても私は嫌わないわよ。きっちり、お説教はしますけどね!」
「するなよ。お前は、面倒くさい女の子だな」
「あら、そうかしら? 女の子は面倒くさくてちょうどじゃないかしらね」
オレは、ユースティーナの笑みに負けて、手元を見る。あの、海神が言っていたことが本当ならば、オレは生きなきゃならない。そして、どうにかこの呪を解かないといけない。
「呪いなんて、本当に解けるのかよ」
「解けると信じましょう。ね、大丈夫よ」
ユースティーナの優しい魔力はオレの心を少しだけ溶かしてくれる。弱音が吐けないオレは、ふいっと彼女から逃げるように手を引いた。
「私はね、あなたと一緒にいたいもの」
「どうしてそんなに、オレといたいんだよ。嫌ってたくせに」
「そりゃあ、貴方が意地悪ばーっかりするからよ。しってる? 女の子の方が成長が早いんですって」
「それで片付けられるのか、あの変わりようを!」
ユースティーナは「えぇ、そうでしょう?」と、楽しそうに笑う。
「貴方だって、少し変わったわ」
「……そんなのしらねぇよ」
転生した奏多の記憶がウェインを良い意味で変えているのは確かだ。呪いに飲み込まれたウェインの意思を奏多の意思がまろやかにしてくれてはいる。
しかし、それがバレたのかと思えば、ユースティーナは気にせずにジゼルが淹れた紅茶を飲んでいた。
そう、怒り心頭のカルロスが帰ってくるまでは。
帰ってきたと思えば、カルロスはカバンを乱雑に捨てた。バンッと盛大な音を立てて、それは机の上に置かれる。そして、ローブを捨ててソファーに座る。
「最悪や、なんでアイツあそこにおんねん!!」
「どうしたんだよ、ルロ」
「あー、もう。腹立つやつやわ!!」
カルロスは、グチグチと怒っている。ジゼルは、脱ぎ捨てられたローブをローブ掛けに掛けた。
「俺は、アイツが嫌いやねん!! 俺を捨てたくせに、どの顔して帰ってこいっていうんや」
どうにも、どうやらカルロスを捨てた人物と会ったらしい。そもそも、カルロスはボンド家と言っていたか。確か、伯爵家の一つだと思うが。
「あら、珍しいわね。カルロスが怒るのは」
「いや、割と怒ってねぇか?」
ユースティーナは首を傾げているが……オレとしてはカルロスが怒っているのはそこまで珍しい話でもない。
「そもそもなんで怒ってるんだよ」
「そりゃ、アイツが……最近選定された勇者を連れていたからだ」
オレは咄嗟に横取りされるんじゃないかと思った。さすがに、今日は無理だろう……なぜなら、カルロスが帰ってくる前に急な天気の変化があったからだ。
「オレたちが見つけたあの魔物、横取りするつもりらしい。忌々しい」
「……調査を任されたのは、先なのにってことか?」
「まぁな、殿下から頼まれたのはオレらだ。魔物の事件事故の調査管理をしているギルドへは、すでに殿下から通知が入っている」
カルロスは、ケッと言葉を吐き捨てた。ジゼルから渡された紅茶を乱暴に受け取りグイッと飲む。熱かったのか、彼の顔は忌々しそうに歪んだ。




