第7話 第三皇女様は、俺の選んだ甘い物まで特別らしい
川沿いの散歩を終えたカイとソフィアは、再び帝都の中心部へ向かって歩いていた。
昼を過ぎた通りには、午前中とは違う落ち着いた賑わいが広がっている。昼食を終えて仕事へ戻る職人たちの姿が減った代わりに、買い物を楽しむ女性たちや、学校帰りらしい子供たちが目立つようになっていた。
道沿いの店からは焼きたてのパンや果物の甘い香りが流れ、風が吹くたびにそれらが混ざり合う。
「本当に甘い物を食べるのか?」
カイが隣へ目を向ける。
「もちろんです」
「昼食を食べてから、そんなに時間経ってないぞ」
「甘い物は別です」
「本当に別なのか?」
「別なのです」
ソフィアは何の迷いもなく言い切った。
先ほどまで川辺で少し真面目な話をしていたとは思えないほど、今は楽しそうだった。その切り替えの早さに、カイは呆れながらも笑ってしまう。
「一軒だけだからな」
「はい」
「それと、食べるのも一種類」
「二種類です」
「増えてる」
「先ほど、分けるなら二種類でもいいと言いました」
カイは少し考える。
確かに。
川辺を離れる前に、そんな話をした。
「覚えてたのか」
「当然です」
「こういうことだけはしっかり覚えてるな」
「大切な約束ですから」
「菓子を何種類食べるかが?」
「はい」
ソフィアは胸を張る。
そこまで堂々と言われると、もう何も言えない。
「分かったよ。二種類まで」
「ありがとうございます」
「俺は別に食べなくてもいいからな」
「駄目です」
「何で」
「分ける約束です」
「俺まで強制なの?」
「はい」
「横暴だな」
「今さらですか?」
ソフィアが楽しそうに笑う。
カイもつられて笑った。
手は。
まだ繋いでいる。
川沿いでは、理由がなくても離す必要はないと思った。
そのまま街へ戻ってきた。
人通りが増えたため、今度は護衛としての理由もある。
でも。
どちらが本当なのか。
カイ自身にも。
少し分からなくなっていた。
◇◇◇
二人が辿り着いたのは、通りの角にある小さな菓子店だった。
白く塗られた壁に、淡い緑色の屋根。窓辺には色とりどりの焼き菓子が並べられ、入口の横には季節限定の商品を紹介する手書きの看板が置かれていた。
「ここです」
ソフィアが嬉しそうに指差す。
「知ってる店なのか?」
「エマに教えてもらいました」
「またエマさん」
「とても評判がいいそうです」
「その人、城下の店に詳しすぎない?」
「私のために調べてくれていますから」
確かに、ソフィアがお忍びで街へ出るなら、侍女側もある程度は情報を集めるだろう。
それにしても。
最近のエマは、妙に恋人向けの店ばかり教えている気がする。
「何か考えていますね」
「いや」
「エマのことですか?」
「分かるのか」
「顔に出ています」
「そんなに?」
「少しだけ」
ソフィアは笑いながら店先の看板へ近づいた。
「見てください。春苺のタルト、蜂蜜と柑橘の焼き菓子、白花茶のシフォン……」
「全部食べそうな勢いだな」
「全部は食べません」
「本当に?」
「……三つまでです」
「増えた!」
カイは思わず声を上げた。
「二種類って言っただろ」
「でも、実物を見てしまいました」
「だから?」
「事情が変わりました」
「変わらない」
「交渉の余地は?」
「ない」
「一つだけ追加」
「駄目」
「カイの分として」
「俺を使うな」
何度かやり取りした末。
結局、二人で二種類。
その条件で決着した。
「では入りましょう」
ソフィアが扉へ手を伸ばす。
その前に。
カイが先に扉を開けた。
「どうぞ」
ソフィア。
少し。
止まる。
「何?」
「自然ですね」
「何が?」
「扉を開けることが」
「昨日もやっただろ」
「最初は少しぎこちなかったです」
「慣れた」
「恋人らしい行動に?」
カイ。
一瞬。
言葉。
止まる。
「……お忍びの」
「はい」
「設定に」
「そうですね」
ソフィアの笑顔が少しだけ小さくなる。
カイはその変化に気づいた。
「どうした?」
「何でもありません」
「その言い方、最近信用してない」
「本当に何でもありません」
ソフィアは先に店内へ入った。
カイも後へ続く。
入口の鈴が軽やかな音を立てた。
◇◇◇
店内には、小麦と蜂蜜が混ざった甘い香りが漂っていた。
窓際には小さな丸卓がいくつか並び、二組の女性客と一組の若い男女が菓子を楽しんでいる。
「いらっしゃいませ」
栗色の髪を短くまとめた若い店員が笑顔で迎えた。
「二名様でしょうか?」
「はい」
ソフィアが答える。
「奥のお席へどうぞ」
案内されたのは、窓際の小さな卓。
椅子が二脚。
カイは先にソフィアの椅子を引いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ソフィアは嬉しそうに腰掛ける。
カイも向かいへ座ろうとした。
「カイ」
「何?」
「隣では?」
「隣?」
「昨日は隣でした」
「店が違うだろ」
「恋人は向かい合うより隣に座ることも多いと聞きました」
「誰に」
「エマです」
「やっぱり」
カイはため息を吐いた。
でも。
ソフィアの隣。
空いてる。
「……座ればいい?」
「はい」
「分かったよ」
向かいではなく、ソフィアの隣へ腰掛ける。
肩が近い。
昨日。
もう慣れたと思った。
でも。
近い。
やっぱり。
少し。
落ち着かない。
「近すぎない?」
「普通です」
「本当に?」
「恋人なら」
「またそれ」
「設定です」
ソフィア。
少し。
強調。
でも。
耳。
赤い。
「ソフィーも緊張してない?」
「していません」
「耳赤い」
「店が暑いのです」
「昨日も同じこと言ってた」
「今日は本当に暑いのです」
カイは笑った。
ソフィアは少しだけ頬を膨らませる。
◇◇◇
品書きを開くと。
ソフィアの目。
すぐ。
輝く。
「これも美味しそうです」
「まだ一個目」
「こちらも」
「二個目」
「これも」
「三つ目。終わり」
「今のは見ただけです」
「全部頼む気だろ」
「そんなことはありません」
「目が言ってる」
ソフィアは品書きを見つめながら真剣に悩んでいる。
カイはその様子を横から眺める。
「決まらないなら、俺が一つ選ぶ?」
何気なく。
言う。
ソフィア。
すぐ。
顔。
上げる。
「本当ですか?」
「ああ」
「ではお願いします」
「そんなに?」
「カイが選んだ物を食べたいです」
カイは少しだけ驚く。
「俺の好みでいいの?」
「私に似合う物を」
「菓子に似合うとかある?」
「あります」
「難しい注文だな」
でも。
品書き。
見る。
ソフィア。
好み。
七年。
知ってる。
甘い物。
好き。
でも。
甘すぎると。
途中。
飽きる。
酸味。
好き。
柑橘。
特に。
よく食べる。
「これかな」
「どれです?」
「蜂蜜と柑橘の焼き菓子」
「どうして?」
「ソフィー、柑橘好きだろ」
ソフィア。
少し。
止まる。
「覚えていたのですか?」
「それくらい」
「いつから?」
「昔からじゃない?」
「……」
「何?」
「嬉しいです」
ソフィア。
笑う。
「そんなことで?」
「そんなことではありません」
「七年も一緒にいたら覚えるよ」
「それでもです」
カイは少し照れくさくなり、品書きへ視線を戻す。
「じゃあ一つはそれ」
「はい」
「もう一つは?」
「春苺のタルト」
「即決」
「こちらは最初から決めていました」
「なら何で悩んでたの?」
「他にも食べたかったので」
「やっぱり全部じゃん」
二人。
笑う。
◇◇◇
注文から少しして。
二種類の菓子と白花茶が運ばれてきた。
春苺のタルトは、薄い生地の上へ淡い桃色のクリームが絞られ、赤い苺が小さく切り分けられて乗せられている。
蜂蜜と柑橘の焼き菓子は、表面に薄い糖衣がかかり、切り分けた断面から爽やかな柑橘の香りが広がっていた。
「綺麗ですね」
ソフィア。
目。
輝く。
「食べるのがもったいないくらいだな」
「でも食べます」
「だよな」
ソフィアは最初に。
焼き菓子。
取る。
「苺じゃないの?」
「カイが選んでくれた方から食べます」
「何で?」
「特別だからです」
言葉。
自然。
カイ。
胸。
少し。
鳴る。
「……そう」
「はい」
ソフィア。
一口。
食べる。
目。
細める。
「美味しいです」
「よかった」
「カイも食べてください」
「俺は後で」
「今です」
「何で」
「同じ味を一緒に食べたいです」
「……」
カイ。
少し。
迷う。
でも。
嫌。
ない。
「分かった」
自分で。
フォーク。
取ろう。
と。
ソフィア。
先。
小さく切った菓子を。
フォーク。
刺す。
そのまま。
カイ。
前。
「どうぞ」
「……え?」
「食べてください」
「自分で取れる」
「私が食べさせたいのです」
ソフィア。
少し。
緊張。
でも。
目。
逸らさない。
「恋人らしく?」
「はい」
一拍。
「……それもあります」
「それも?」
「他にもあります」
「何?」
「言いません」
「何で」
「恥ずかしいからです」
カイ。
少し。
笑う。
「分かりやすい人が好きって言ったら、最近本当に言うようになったな」
「努力しています」
「じゃあ」
カイ。
少し。
身。
寄せる。
「いただきます」
フォーク。
口。
入る。
蜂蜜。
柑橘。
甘い。
爽やか。
「どうです?」
「美味しい」
「本当に?」
「ああ」
「よかった」
ソフィア。
満足。
笑う。
でも。
手。
少し。
震え。
「緊張した?」
「少しだけ」
「何で」
「初めてだからです」
「何が?」
「カイに食べさせるのが」
カイ。
言葉。
止まる。
それ。
そう。
恋人。
みたい。
設定。
でも。
今。
自分。
少し。
意識。
「じゃあ次」
カイ。
タルト。
見る。
「俺から?」
ソフィア。
目。
大きく。
「いいのですか?」
「公平」
「……はい」
カイはタルトを少しだけ切り。
フォーク。
刺す。
ソフィアへ。
差し出す。
「ほら」
ソフィア。
固まる。
「自分で言っただろ」
「でも」
「嫌?」
「嫌ではありません!」
反応。
早い。
カイ。
笑う。
「じゃあ」
ソフィア。
少し。
前。
顔。
近い。
口。
開く。
一口。
食べる。
頬。
赤い。
「どう?」
「……美味しいです」
「普通より?」
「何倍も」
「同じタルトだぞ」
「違います」
「何が?」
「カイが食べさせてくれました」
真っ直ぐ。
カイ。
また。
胸。
鳴る。
「……そういうもの?」
「そういうものです」
ソフィア。
自信。
でも。
耳。
赤い。
◇◇◇
それから。
二人。
菓子。
分ける。
同じ皿。
同じ。
味。
何度。
笑う。
ソフィア。
少し。
クリーム。
口元。
「ソフィー」
「何です?」
「ついてる」
「どこ?」
「口の横」
ソフィア。
指。
探す。
「こっち?」
「逆」
「ここ?」
「違う」
カイ。
少し。
笑う。
「じっとして」
何気なく。
手。
伸ばす。
親指。
頬。
近く。
クリーム。
拭う。
ソフィア。
完全。
固まる。
「取れた」
「……」
「ソフィー?」
「……何でもありません」
「顔真っ赤」
「暑いのです」
「また」
「本当にです」
カイ。
自分。
した。
今。
気づく。
口元。
触れた。
距離。
近い。
少し。
自分も。
熱い。
「悪い」
「嫌ではありません」
「……」
「嫌では」
「分かった」
二人。
目。
合う。
少し。
長い。
でも。
先。
逸らす。
同時。
「お茶」
「はい」
二人。
ほぼ。
同時。
カップ。
手。
伸ばす。
また。
笑う。
◇◇◇
菓子を食べ終える頃。
店。
客。
少し。
増えていた。
窓の外。
午後。
光。
傾き。
街。
柔らかい。
「カイ」
「何?」
「今日は楽しいですか?」
ソフィア。
不意。
聞く。
カイ。
少し。
考える。
でも。
答え。
すぐ。
「楽しい」
ソフィア。
目。
大きく。
「本当に?」
「ああ」
「任務だからではなく?」
「うん」
「恋人設定だからでも?」
カイ。
少し。
止まる。
その問い。
前。
なら。
理由。
考えた。
今。
「それも」
少し。
考える。
「もう、あんまり意識してない」
ソフィア。
胸。
跳ねる。
「意識していない?」
「最初は」
カイ。
笑う。
「恋人らしくしないとって、ずっと考えてた」
「はい」
「手を繋ぐのも」
「はい」
「椅子引くのも」
「はい」
「店に入るのも」
「はい」
「でも」
カイ。
横。
ソフィア。
見る。
「今は普通」
ソフィア。
言葉。
ない。
「普通?」
「ああ」
「私と手を繋ぐことも?」
「……」
カイ。
少し。
照れる。
「まあ」
「隣に座るのも?」
「うん」
「一緒に甘い物を食べるのも?」
「それは普通だろ」
「私には特別です」
「何で」
ソフィア。
目。
柔らかい。
「カイとだからです」
その一言。
カイ。
胸。
また。
少し。
速い。
「……」
「どうしました?」
「いや」
「またですか?」
「違う」
カイ。
困った。
でも。
逃げない。
「俺も」
言葉。
探す。
「ソフィーとこうして歩いたり」
「はい」
「話したり」
「はい」
「一緒に何か食べたりするの」
少し。
笑う。
「好きだよ」
ソフィア。
完全。
止まる。
「……」
「何?」
「今」
「うん」
「好きと」
「言った」
「もう一度」
「嫌」
「お願いします」
「聞こえただろ」
「大切です」
「最近そればっかり」
カイ。
笑う。
でも。
言い直す。
「ソフィーと一緒にいる時間」
少し。
照れ。
「好きだよ」
ソフィア。
目。
潤む。
「泣く?」
「泣きません」
「最近よく泣くから」
「嬉しいと涙が出ることもあるのです」
「難しいな」
「カイが悪いです」
「何で俺?」
「そういうことを普通に言うからです」
ソフィア。
少し。
笑う。
泣かない。
でも。
目。
潤んでる。
「嫌だった?」
カイ。
聞く。
「逆です」
「ならよかった」
「とても」
ソフィア。
胸元。
手。
「嬉しいです」
カイ。
それ。
見る。
少し。
自分。
嬉しい。
「じゃあ」
「はい」
「また来よう」
ソフィア。
目。
大きく。
「また?」
「ああ」
「私と?」
「他に誰がいる」
自然。
答え。
ソフィア。
笑う。
「三日後?」
「腕輪取りに来る日?」
「はい」
「その時でもいい」
「婚姻準備が終わった後も?」
ソフィア。
少し。
慎重。
カイ。
考える。
「機会があれば」
「作ります」
「強いな」
「大切ですから」
「何が?」
「カイと過ごす時間です」
また。
カイ。
胸。
鳴る。
今日。
何度。
「……そう」
「カイは?」
今度。
逃がさない。
「何が?」
「私と過ごす時間」
カイ。
少し。
目。
逸らす。
でも。
さっき。
言った。
分かりやすく。
「好き」
短い。
でも。
明確。
「だからまた来てもいいって思った」
ソフィア。
目。
閉じる。
少し。
息。
吐く.
「今日」
「何?」
「本当にずるいです」
「褒めてる?」
「半分」
「残り?」
「困っています」
「何で」
「私ばかり、もっと好きになります」
言った。
ソフィア。
自分。
気づく。
顔。
赤い.
カイ.
固まる.
「……」
「……」
「今」
「忘れてください」
「いや」
「忘れて!」
「好きになるって」
「菓子です!」
「絶対違う」
「店です!」
「それも違うだろ」
「婚姻準備です!」
「もう意味分からない!」
二人.
少し.
声.
大きい.
店員.
遠く.
笑う.
周囲.
微笑ましい.
目.
ソフィア.
恥ずかしい.
カイ.
少し.
でも.
嬉しい.
なぜ.
そこ.
また.
分からない.
◇◇◇
店を出た頃には、陽が少し傾き始めていた。
昼の強い光は和らぎ、石造りの建物の壁を淡い橙色へ染め始めている。通りには仕事を終えた人々が増え、朝とはまた違った賑わいが戻りつつあった。
「食べましたね」
「予定より」
「二種類だけです」
「十分」
「次は三種類」
「次がある前提」
「あります」
「決定?」
「はい」
カイ.
笑う.
「じゃあ次も一緒だな」
何気なく.
言う.
ソフィア.
また.
止まる.
「何?」
「いえ」
嬉しい.
でも.
言わない.
「行こう」
カイ.
右手.
差し出す.
ソフィア.
見る.
「今度は何も言っていません」
「人多い」
「それだけ?」
カイ.
少し.
考える.
「……それだけじゃないかも」
ソフィア.
胸.
跳ねる.
「何です?」
「知らない」
「また」
「分からないんだから仕方ない」
カイ.
少し.
笑う.
「でも」
右手.
そのまま.
「繋ぎたい」
ソフィア.
今度.
聞き返さない.
手.
取る.
指.
絡む.
「ありがとうございます」
「だから礼いらないって」
「嬉しいので」
「そうか」
「はい」
歩き出す.
人.
増える.
少し.
カイ.
ソフィア.
自分.
側.
寄せる.
「こっち」
「はい」
肩.
近い.
手.
強く.
握る.
前.
荷物.
抱えた男.
急ぐ.
カイ.
咄嗟.
ソフィア.
腰.
手.
回す.
自分.
側.
引き寄せる.
「危ない」
「わっ」
男.
通る.
「大丈夫?」
「……はい」
カイ.
すぐ.
離そう.
でも.
ソフィア.
服.
掴む.
「このままで」
「何?」
「人が多いです」
「手繋いでるぞ」
「それでも」
ソフィア.
少し.
身体.
寄せる.
「こちらの方が安心です」
カイ.
少し.
迷う.
でも.
安全.
理由.
「分かった」
腰.
手.
添えたまま.
歩く.
距離.
近い.
「ソフィー」
「何です?」
「近いな」
「カイが抱き寄せたのです」
「そうだけど」
「嫌ですか?」
いつもの.
質問.
「嫌じゃない」
いつもの.
答え.
でも.
今日.
カイ.
自分.
少し.
追加.
「……むしろ」
「むしろ?」
「安全なら」
逃げ.
少し.
「このままでいい」
ソフィア.
笑う.
「はい」
それ以上.
聞かない.
今.
十分.
◇◇◇
夕刻。
中央広場へ戻る頃には、空が薄い橙色へ染まっていた。
噴水の周りには仕事を終えた人々が集まり、子供たちが最後の遊び時間を惜しむように走り回っている。
少し離れた場所。
マリア.
第四近衛騎士団.
待つ.
カイ.
見つける.
「そろそろ戻るか」
「……はい」
ソフィア.
声.
少し.
寂しい.
「もう?」
「日が暮れる前に帰る約束」
「少しだけ」
「陛下に怒られる」
「私が説明します」
「俺も怒られる」
「守ります」
「立場逆」
二人.
笑う.
でも.
足.
止まる.
「カイ」
「何?」
「今日は」
「うん」
「楽しかったです」
「俺も」
即.
ソフィア.
目.
大きい.
「本当に?」
「ああ」
「義務ではなく?」
「違う」
「任務でも?」
「今日は途中から忘れてた」
「恋人設定も?」
カイ.
少し.
考える.
「……うん」
正直.
「途中から」
ソフィア.
胸.
いっぱい.
「それは」
「何?」
「嬉しいです」
「そう?」
「はい」
カイ.
少し.
笑う.
「俺も」
「何が?」
「普通に楽しかった」
ソフィア.
目.
潤む.
「泣く?」
「泣きません」
「今日二回目」
「今日は泣きません」
カイ.
笑う.
「じゃあ」
少し.
真面目.
「また」
「はい」
「来よう」
ソフィア.
今.
本当に.
嬉しい.
「約束ですよ」
「ああ」
「婚姻準備がなくても?」
カイ.
少し.
止まる.
でも.
川.
手.
菓子.
全部.
楽しい.
答え.
「……うん」
ソフィア.
目.
大きい.
「本当?」
「ああ」
「カイから?」
「しつこい」
「大切です」
「分かったよ」
カイ.
笑う.
「婚姻準備がなくても」
少し.
照れ.
「一緒に出かけるくらいなら」
ソフィア.
胸.
痛い.
嬉しすぎて.
「……はい」
声.
小さい.
でも.
笑う.
「楽しみにしています」
「まだ日決めてないぞ」
「今からです」
「早いな」
二人.
笑う.
◇◇◇
やがてマリアたちが近づいてくる。
「お疲れ」
「団長」
「どうだった?」
カイ.
昔.
なら.
「異常なし」
答え.
でも.
今日.
「楽しかったです」
言う.
マリア.
一瞬.
驚く.
すぐ.
笑う.
「そうか」
「何です?」
「いや」
「また?」
「良いことだ」
ソフィア.
隣.
嬉しい.
「私も、とても楽しかったです」
「それは何より」
マリア.
見る.
二人.
まだ.
手.
繋いでる.
「……帰るぞ」
「あ」
カイ.
気づく.
周囲.
第四近衛.
でも.
もう.
恥ずかしい.
少し.
でも.
以前ほど.
慌てない.
「そろそろ離すか」
ソフィア.
少し.
寂しい.
「はい」
指.
ゆっくり.
離れる.
温もり.
残る.
カイ.
右手.
見る.
物足りない.
今.
自覚.
「……」
「カイ?」
「いや」
「何です?」
「離すと」
カイ.
少し.
迷う.
でも.
今日.
分かりやすく.
「変な感じする」
ソフィア.
目.
大きい.
「変?」
「さっきまでずっと繋いでたから」
カイ.
掌.
握る.
「ちょっと物足りない」
ソフィア.
胸.
いっぱい.
「カイ」
「何?」
「明日も」
「うん」
「二人きりになったら」
「うん」
「手を繋いでもいいですか?」
カイ.
少し.
笑う.
「いいよ」
即.
「本当?」
「ああ」
「理由がなくても?」
カイ.
考える.
そして.
「うん」
短い.
でも.
大きい.
「理由なくても」
ソフィア.
目.
潤む.
「泣くなよ」
「泣きません」
「本当に?」
「嬉しいだけです」
「それ、泣く前の言葉」
ソフィア.
笑う.
カイも.
笑う.
そして.
二人.
白銀宮.
戻る.
距離.
前より.
近い.
カイはまだ、自分がソフィアへ向ける感情に名前をつけていない。
それでも、一緒に過ごす時間が好きだとはっきり口にした。
婚姻準備がなくても、また二人で街へ出たいと思った。
手を離した後に、物足りなさまで覚えた。
それはもう、ただ長く仕えた主君へ抱く忠誠心だけでは説明できない。
だが。
そのことへ気づくには。
もう少しだけ。
時間が必要だった。
一方のソフィアは。
隣で歩くカイの横顔を見ながら。
何も急がない。
今日もまた。
昨日より一つ。
欲しかった言葉を受け取れた。
それだけで。
十分.
そう思っていた。




